第5話『目黒区某所』
それから、どうなったのかは俺はよく覚えていない。
中目黒公園からただ南へ。あいつらを避ける様にして細い路地を選んでひた走った。この辺りの地理には全然詳しくないので良く判らないが、まだ目黒区だろう。
しっかりと建っている四階建てのマンションを見つけ、階段から梯子を上り屋上へ出た。
そこで、倒れ込むように気を失った。次に気が付いた時にはすでに夜になっていた。
相変わらず空は厚い雲に覆われ、外気は凍える程寒い。
「リルカ、奴等近くに来てるか」
(いえ、大丈夫です。うまく誘導しておきました)
「誘導?」
(はい、ウオーカーは生者の匂いに惹かれて寄って来るので、私が風で別方向へ向かう様に誘い出しました)
「そっか、ありがとう……」俺は力なく答える。
リルカには心から感謝をしている。こいつが居なければ俺は絶対に助かっていないだろう。魔法云々よりも先ず心が付いていけなかった。大人としては情けない限りだ。
俺はバッグから雑誌を取り出しお腹へ入れてジャンパーを着こんだ。その上からレインコートを羽織り、さらにブランケットを頭からかぶり、給水塔の下で膝を抱えて丸くなった。取り敢えずこれで寒さはしのげる。
スティックシュガーを何本か取り出し口に含んで水を飲む。流石にこの暗闇の中で食料探しをする気にはなれない。今はこれで空腹を紛らわしておく。
「なあ、リルカ。あのウオーカーって言うのは何だ」俺は声を潜め呟くように聞いてみた。
(ウオーカーは死霊術で操られた動く死体です)
「死霊術?」
(死霊術というのは、闇の精霊の使う黒魔法を人間が使えるようにしたものです)
「な?……と言う事は、あれを操っている人間が居るのか!」思わず声を荒げてしまった。
(いえ、そうとは限らないです。ウオーカーは噛み付く事で刻印を転写して自己増殖しますから。それにアーヴでは森や廃墟によくあれが放置されていました)
そう言う事か……。向こうの世界からたまたまやって来てこちらの世界で勝手に増殖したと言う事か。
「それであいつの弱点は何だ」
(光の精霊の使う白魔法と人間の使う神聖術ですね。どちらにも闇属性を打ち消す解呪があります)
それはまずい。どちらもこの地球には無い代物だ。
「それ以外に倒す方法は無いのか」
(いえ、後は刻印のある頭蓋骨の裏側……後頭部を破壊するか、首を斬り落とせば止められると思います)
成る程、知ってしまえば結構簡単な方法で止められる。だが、掴まれば気を失ってしまう相手ではリーチの短い武器では危険だ。やはり銃が必要になって来る。増殖する前に誰かが気が付いて駆除していれば何とかなったのかもしれない。
恐らくその誰かが気が付く前に、避難が始まったと言うところだろう。誰だって二足歩行をするモンスターの相手はしたくないものな……。生理的嫌悪感が強すぎる。
「リルカはあれを倒せるのか」
(一体二体なら弓矢を使えばなんとかです。でも普通は逃げます。何せ妖精の本体は精神体なので魔力を吸われると致命的です)
「なあ、その魔力って一体何なんだ」
(えーと、魔力と言うのは……簡単に言えば事象を曲げる生命エネルギーの一種ですかね……)
「事象を曲げる?」
(はい、全ての物はいつか壊れるのですが、生き物は怪我をして治りますよね。そう言った風に事象を曲げる力が魔力と言う物です)
「そう聞くとこの世界にも魔力があるように聞こえるが」
(勿論あります。かなり微弱ですけど……。これは私の勘ですが、この世界には管理者が居ないので生命の数が飽和状態になっているのかと……)
「だが、その生命エネルギーで死体が歩くのはおかしくないか」
(ウオーカーの場合は、細胞の中に蓄えられている魔力を消費して動いているんですよ。人体は理想的な魔力貯蔵庫ですから)
そう言えばあいつらの肉は解けていた。それはきっと魔力を消費しているせいなのだろう。そうすると人を襲って食べるのも捕食行為ではなくエネルギー補給と言う事なのかもしれない。そのついでに刻印を転写する。良く出来た仕組みだ。
「だとすると、あの肉体を使い果たすと動けなくなるのか」
(はい、いずれは動けなくなって朽ちてしまいます)
「何だか、えらく合理的な代物なんだな……」そして、結構エコな代物……。
(はい、ウオーカーというのはアーヴでは歴史の古い戦略兵器ですから)
――戦略兵器だと。確かに相手を倒して自己増殖するなら兵器として優秀だろう。この世界の細菌兵器と変わりない。だがその所為で今こちらの世界は大変な事になっている。
「全くなんてことをやってくれたんだ……」俺は思わずつぶやいた。
そこへリルカが言葉を返す。
(……アーヴの世界でも今、未知の病気が蔓延して、国が次々と滅んでいます。私の身体も病に侵され動けなく……)
「なに……それはこちらの世界の病気なのか」
(はい、恐らく。最早私達では対処しきれません。なので大精霊シルフィーネス様を見つけ出しお帰り頂かないといけないのです)
「そうか……」――お互い様と言う訳か……。これが世界が繋がると言う事なのだろう。
「済まない、俺は少し眠るよ……」
まだ体が疲れ切っていて自然と瞼が落ちて来る。給水塔の柱に寄りかかり俺は目をつぶった。
(はい、おやすみなさい、ゆっきー)
今日は目覚めてから色々とあった。街が崩壊して、人が居なくなって、化け物に追われた。色々あり過ぎて正直頭と心が付いて行かない。
それでも……俺はこの終末後の世界を生き抜かなくてはいけないようだ……。
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