第4話『中目黒公園』


 もしかして、周囲に人が居ないのはこの蔦が原因だろうか? いや、そう考えるのは早計だろう。見る限りにおいては危険は無さそうだ。俺は周囲を注意深く見渡しながら駒沢通りを西へと進んだ。


 どうやら車が道端に乗り捨てられた原因のほとんどはガス欠のようだ。どの車も運転席側の窓が割られ、サイドブレーキが解除されている。誰かが車を動かし道を空けたのだろう。

 と言う事は……、まだ走る車がどこかにいると言う証拠だ。


 一台の車の中で手ごろな大きさのブランケットを見つけた。コンビニで回収したビニールひもを使いショルダーバッグに縛り付けた。ついでにスティックシュガーを口へと含み水を飲んで渇きを癒す。


 また蔦の絡まった建物を見つけた……。何となく想像がついてきた。今度の場所は小さな公園に隣接している。どうやらあの蔦は土の地面から生えてきている。

 公園や空き地に過剰に栄養を与える物。恐らくそれは、この道路の上でまだ一つも見かけていないものが原因だろう。


「ふぅー」俺は思わず大きなため息をついた。

(どうしました)

「いや、ちょっと疲れただけだ……」力なく答える。


 恐らく誰かが疫病の蔓延を恐れて埋めたのだろう……。それは焼却で間に合わないほどの数があったことを意味している。

 ――これは色々と覚悟を決めないといけないな……。俺は結婚もしていなかったし恋人もいなかった、と言うのは少し救いだろう。まさかこんな日が来るとは思わなかったが……。



 俺は中目黒公園へ向けて歩みを進めた。

 目黒川まで歩き川に沿って南へ下る。すぐに半壊した共済病院が見えてきた。


(やはり何か妙です) 妙に神妙なリルカの声が頭に響く。

「何が?」

(近くに魔力の反応があります。注意してください)

「……」そんな事を言われても俺には魔法を使う生物に心当たりは丸で無い。強いてあげるとすれば、魔法使いが使うとされる黒猫やカラスくらいのものだろうか。確かに先程カラスはいたが……。だがそんな事を言っていたらおちおち宅配便も出せはしない。


 公園が見えてきた。フェンスの向こう側にちらちらとブルーシートが見えている。奥の方には人影もある。

「よし! やった」思わず声に出して呟いた。


「おーーーい!」俺は大声を出し手を振った。

 人影が気づきこちらへ向かってくる。ん? 確かに何か妙だ……。

(あ、あれはウオーカーです!) 突如リルカの叫び声が頭に響く。

 ――はあ? 何を言っている?

 俺は近づいて来る人影を目を凝らしてみた……。人? だよな……。


 人の形。血色は無く蝋燭の様に青白い。眼腔に目が無く穴が開いている。頬の肉が解け落ち骨がむき出しになっている。ボロボロになった服の袖から、指の骨を見せながら手を伸ばしこちらへと歩み寄って来る。ゆらゆらと生気無く……。そんな人たちが公園のあちこちから姿を見せた。


「な、何だ! これは……」

(夜の徘徊者、歩人ウオーカーです。逃げてください)


 ゾンビ……。そうとしか形容できない何かがこちらに群れを成し近づいて来ている。

 ――ここはもう俺の知っている日本じゃない。先刻もう承知していたはずだ。しかし……。


 その非現実的な光景に、足が動かない!!


(風よ、風よ、吹き飛ばせ!)


 突然の衝撃! 今度は何だ!

 何かが前方からぶつかって来て身体が弾き飛ばされた。俺は地面を転がった。


(早く起きて逃げて! ゆっきー!)リルカの叫び声。

「あ、ああ……」俺は地面から起き上がり、後ろを振り向いた。


 川土手の上流にも人影が見える。公園の中からも次々と現れる。下流の方にもフェンスを越えて近づいてきた。

 ――まずい、どうやら囲まれた。目覚めてからどうにも非現実的な事ばかり起きている。もう、俺の頭では理解が出来ない。


「くそったれ!」

 俺は一気に駆け出した。なぜか涙がにじみ出る。

(ウオーカーに掴まれないように気を付けてください)

「掴まれるとどうなる!」

(一気に魔力を吸われ意識を失います。そして食べられます)

 ――何なんだ、何なんだ、何なんだ。ちくしょうめ!


 川に橋が架かっているのが見えた。そこへ駆け寄る。

「駄目だ……」

 目の前の橋は欄干だけを残し落ちていた。


 ――どうする? ここを飛び越えるか? いや駄目だ。幅は五メートル位ある。今の自分では飛び越えられそうにない。川に飛び込む? いや駄目だ。向こう岸を登る間に掴まりそうだ。奴等の間をすり抜けるか……動きは遅いが数がいるので成功率は低い。どうする……。


(ゆっきー!)


 その間にも次々とウオーカー達が背後のフェンスを乗り越えて近づいてきた。良く見慣れた白いワイシャツにスラックス。薄いピンクのワンピース。変な英語の書かれたトレーナー。黄色い帽子の……。

 次々とウオーカー達が群れを成してこちらに近づいて来る! もう、すぐそこだ!

 ――これが今の現実だと言うのか? 本当はまだ夢を見ているのじゃないか? だが、今し方リルカに吹き飛ばされた時の腕の痛みが残ってる。しっかりしろ、俺! 前を見ろ!


(ゆっきー! しっかりしてください!)

「ああ、聞いてるよ」

(私が魔法を掛けます。その隙に橋を飛び越えてください)

「魔法?」

(説明は後! 行きます!)

「くそ! ままよ」

 俺は壊れた橋へと駆け出した!


(大気よ、包み込め! 重量軽減エアウオーク!)

 瞬時に体が軽くなる。勢いのまま飛び上がる。

 一瞬の浮遊感。水に浮かぶように持ち上げられて、俺は一気に川を飛び越えた。

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