第3話『代官山』
「何だこれは……」
地下鉄の外へと出た俺は思わず声を失った。
――大惨事にはなっていると思っていたが……。線路自体が低い位置にあるので見渡せる範囲は限られているのだが、見えるとこだけでも多くの建物が崩壊している。
どんよりと暗く立ち込める厚い雲。今にも雪が降ってきそうな気温と空だ。
確かこの場所からでも背の高い建物がいくつかは見えていたはずである。しかし今は空に暗くよどんだ雲以外は何も見えない。
そして、見える範囲内に人の影は無く、肌寒い風が吹きつけて来る。
リルカの話が本当なら世界衝突から一年以上は経っているはずだ……。復旧工事は進んでいないのだろうか。逆に重要施設の多い都心の方へと出た方が良かったのかもしれない。
まさか生き残ったのは俺一人? などと考えながら、俺は代官山駅へと向けて歩いた。
ホームにあった屋根も落ち駅舎も完全につぶれている。
周囲に見える建物を含め、どうにもこの壊れ方は妙だ。地震の揺れで崩れたと言うより何かによって破壊されたように見える。複数の砲弾や隕石で壊されたような破壊痕である。やはり世界衝突の衝撃波的な物によって壊されたのだろうか。もしこの衝撃を建物で無く人が直接受けたとしたら……恐らく生きてはいないだろう。これでは精霊結界が無ければ俺もどうなっていたか判らない。
俺はホームの端へ手を掛け瓦礫と化した駅舎へと進んだ。
(ここは何の施設ですか)リルカが問いかけて来る。
「駅だ」
(なるほど)
「知ってるのか」
(はい、アーヴにも大量輸送のための交通手段として蒸気機関や魔導エンジンがありましたから)
先程のお城や貴族と言った言葉からアーヴの世界は中世のイメージを持っていたが、どうやら文明的には明治か大正時代くらいになる様だ。それにしても魔導エンジンと言うのは少し気になる。
俺は瓦礫の上を歩きながら、せめて水だけでもあればと思い、隙間を探した。しかし、何も見つけることは出来なかった。
仕方ないか……。俺は代官山駅を後にし、近くを通っていたはずの県道へ向けて歩いた。
駅を離れてすぐに緑の看板のコンビニを見つけた。
幸い建物の一部は倒壊しているがすぐには崩れそうにもない。粉々に砕け散ったショーウインドウを跨ぎ店内へと入った。
床に散乱している雑誌にレジ袋。商品棚も壊されて店内にはほとんど何も残されていなかった。
「よし!」
(何が嬉しんですか。ゆっきー)
「商品が何も残っていないと言う事は生存者がいた証拠だ」
(でも周囲に人の気配はないですよ)
「恐らく避難所に集まってるんだろう」
この近くの避難所と言えば中目黒公園辺りだろう、あそこには航空自衛隊の敷地もある。そこまで行けばきっと人に会える。俺は引き続きコンビニの中を捜索した。
レジカウンターのレジ袋。防水性があり軽くてかさばらない有能な運搬道具だ。水だって運ぶことが出来る。未使用のレジ袋をショルダーバックに束ごと仕舞った。プラスチック製の先割れスプーンもいくつかいただく。さらにレジ横で2Lサイズの紺のレインコートを見つけた。これは防水防風に優れた防寒着になる。
レジカウンターからバックヤードへ入る。見事に何も残されていない。空き箱だけが散乱している。空になったペットボトルが落ちていた。俺はそれを手に一縷の望みをかけて蛇口をひねった。
勢い良くとはいかないが水が出た。恐らくこの建物の水道管に残された最後の水だろう。ペットボトルの口を簡単に洗い水を受けた。時間が経っているので少し心配だが雨水を飲むよりははるかに安心できる。そして水を手で掬い口にした。
「取り敢えず人心地付いた……」
(これからどうします)リルカが尋ねてくる。
「そうだな、先ずは人を探して情報を仕入れないとな」
(そうですか)
「何かあるのか」
(いえ、少し離れたところに妙な気配がしたものですから……)
「妙な気配? さっきの風の探知か」
(いえ、魔力の乱れです)
「ここら辺に魔法を使う生き物は居ないはずだが」
(だったら、気のせいですね)
引き続き店内を捜索する。レジ横のキッチンでスティックシュガーの袋と三百グラムの塩を見つけた。後はタオルにトイレットペーパー。店舗の方で荷張り用のビニールひもとライターと週刊誌も回収しておく。
「他は人と合流してからだな……」俺はそう言い残し駅前のコンビニを後にした。
駒沢通り――。渋谷橋交差点から世田谷区の玉川まで約十キロの道路である。
片側三車線の広い幹線道路。あちこちで建物が倒れ瓦礫と化している。何台もの車が道路の脇に寄せて放置されている。通りの向こうの街路樹にカラスの群れが居るのを見つけた。だが、相変わらず人気は無い。
――どう言う事だろう? 災害からすでに一年以上経っているのだ、復旧作業と行かないまでも何かしら生活の痕跡があっても良いはずなのに……。何らかの事情でこの場所は放棄されたと言うのだろうか。
俺は瓦礫を避けながら駒沢通りを西へと進んだ。
「ん? 何だ……」
一つの大きなビルが見たことも無い真っ赤な色の蔦に覆われている。蔦と言ってもその幹は直径三十センチ位ありそれが建物を締め付ける様に縦横無尽に這っている。いや、この建物だけでない、通りの向こうの方にも蔦に覆われたビルが見える。無機質なコンクリートの壁面を這う赤い帯はまるでクリスマスのデコレーションの様にも見える。
(これは、節蔦ですね)
「節蔦?」
(はい、知りませんか。深い森の奥で過栄養化した土壌に生える植物で、節ごとに生長点があり一晩で人の背丈ほども成長すると言われています)
成る程、日本で言えば竹の様な植物か。確かに蔦の所々に根の生えた瘤がある。それが恐らく節だろう。だが……。
「どうしてそんなものがここに生えている」
(たぶん世界衝突の際にこちらの世界へと種が飛ばされてきたのです)
その時、俺の胸の内に言い知れぬ不安がよぎった。
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