第2話『地下鉄』


「まずいなエスカレーターは使えそうにない」


 エスカレーターへ積もった瓦礫の山。高さとしては一メートル程なのでよじ登れないことは無いだろうが、その周囲には遺体が散乱している。それらを踏みつけて上に上るのはさすがに心が痛む。さらに言えばここは地下五階である。この様子ではあと数回同じようにエスカレーターを上らなくてはいけないだろう。


「なあ、リルカ。地上の様子はどうなっていた」

(さあ、私この世界にやって来てからは、ずっとこのダンジョンを彷徨っていましたから知りません)

 ――ダンジョンって地下鉄の事か?「それってどっちだ」

(向こうです)

 リルカが風を送り示したのは副都心線の方向だった。


「あっちはどうだった」

(こことあまり変わりありません。ああ、そう言えば水が溜まってるところもありましたね)

 ――浸水してるのか、それは危険だな。そうなると向かう方向は決まって来る。

 俺はホームから電車と逆側の線路に降りた。そして代官山方面へと歩き出す。

 積もった瓦礫の山をよじ登り、這う様にして前へと進む。ここから約一・五キロほど線路を進めば代官山から地上へ出れる。


 ――それにしても、妙だな……。

 線路に落ちている瓦礫は大きなもので一メートルから三メートル位のサイズになっている。崩落したにしては破片が小さい気がする。普通地震の崩落は裂け目が出来て一気に土砂が崩れるイメージなのだが……。そう言えば、あの時の地震も何か妙だった。最初に電車の窓が割れ空気が唸るように震えていた。これも世界衝突の所為なのだろうか。まあ今は良いか。先に知りたいことはいっぱいある。



「なあリルカ。俺と結んだ契約って何なんだ」

(ご心配なく、所謂、精霊契約の様なものでは無いですよ。私、妖精なんで。貴方に掛かった結界を私が引き受ける代わりに、貴方の身体を動けるようにしただけです)


 ――その言い方だと精霊契約と言うのは危険なものに聞こえる。それに「それだとお前の方にメリットが無いじゃないか……」

(いえ、そんな事はありません。精神体だと石ころ一つ動かすのにも魔法が必要ですし、ここの地理にもですから)


 何だかタクシーみたいな扱いだな。

「それで、地理を知ってどうする。行きたい場所でもあるのか」

(え~と、行きたい場所と言うより、私は御主人様を探しています)

「御主人様?」

(はい、私の主である風の大精霊シルフィーネス様です)

「もしかして事態を収束させる方法と言うのはその事か」

(はい、シルフィーネス様を見つけアーヴにお帰り頂く事です)


 ――ん? 言っている事に何か違和感があるが、こいつは気が付いていないのだろうか……。向こうの世界で事態を収める事が出来るなら、わざわざこちらの世界に来る必要はないのだが……。まあ、こいつの能力は使えそうだ、今は黙っておくとしよう。

「よし、わかった。俺もその人探しに協力する。その代わりお前も俺に協力しろよ」

(はい、わかりました。よろしくお願いしますね、ゆっきー)

「おう……」多少の罪悪感はあるが今は生き残ることが優先だ。

 俺は瓦礫から飛び降り線路の上を歩いた。



(あのー、ところでゆっきーのクラスは何です)今度はリルカの方から話しかけてきた。

 こいつは自分の事を上級戦士と言っていた。恐らくクラスと言うのは職業と階級の事だろう。

「只の公務員だ」

(公務員? 公務員て何ですか)

「区役所の防災課に勤めてた」


 そう俺は防災課で防災施設や設備の管理をする仕事をやっていた。本来であれば真っ先に出動し避難所の設置と避難誘導にあたらなければいけなかったのだ。


(ほへ、役所と言えばお城勤め。もしかして貴族の方ですか)

「何でそうなる」

(いえ、私達の世界では妖精や精霊と話が出来るのは高位神官だけでしたから……)

 ああそう言えば精霊と契約できる人間は稀だと言っていた。どうやら向こうの世界ではそう言った人間は位が高くなる傾向があるのだろう。

「残念だが只の一般市民だ」

(そうですか)



 僅かに明かりが見えてきた。少し寒い風が吹き込んでくる。

 地震があったのは確か四月十日。リルカ言った通り五百日後なら九月の終わりのはずだが……。


 もしかすると、これは 〝隕石の冬〟 だろうか。隕石の冬と言うのは隕石の衝突時の衝撃で巻き起こされた砂塵や煙などで太陽が遮られて起こる寒冷化現象のことである。六千六百万年前のメキシコ湾で起きたチクシュルーブ・インパクトは恐竜絶滅を起こした一因とも言われている。世界衝突で世界中に地震が同時に起こったとすれば、巻き上げられた砂塵で同じような事態が引き起こされた可能性はある。


「まずいなこれは……」

 俺は歩きながらMA1のジャンパーのポケットに手を突っ込みスマホを取り出した。――ちっ、やっぱり電源は落ちている。

 本を買いに来ただけのつもりだったので肩から下げたショルダーバッグの中身にも大した物はない。使えそうなものは筆記用具とウエンガーの十徳ナイフだけだ。


(はー、やっと外へ出れる)リルカが声を上げた。

 出口付近に積もった瓦礫の山。その上から外の光が差し込んでくる。


「お前いったい何時から地下に居たんだ」

(日が出て無いので時間は判らないです。でもこちらの世界に来てからはずっと彷徨っていました)

「他にも出口あっただろ」

(ある事はあったのですが、何か不穏な気配があったので安全に出れそうなところを探していました)

「不穏な気配?」

(はい、なにかこう……蠢くような……)

「蠢く……?」一体何だろう? こいつの元の身体のサイズを考えるとゴキブリとかネズミの事だろうか。


 俺は瓦礫の山をよじ登り、この地下鉄の出口である代官山へと向かった。

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