第5話!
「……ただ、そろそろ夕の刻ですから、あまりゆっくりとお買い物は出来ませんの。飲食店以外のお店は夕の刻を過ぎると大体店じまいしてしまいますから」
「そうなの? なんで?」
「なぜって……夜の刻は家族と過ごすものでしょう?」
「……そ、そうなんだ?」
まあ、私も実家暮らしだけど……今日から三日間はゲームやるつもりだったからなぁ……。
そうか、この世界では夜は家族とまったり過ごすのが常識なのね。
「でもでもぉ、夜の王都も素敵ですよ〜! ちょっとくらい遅れてもユスフィーナ様ならお許しくださいますよ〜ぉ! お散歩して帰りましょ〜!」
「そうなの? ……夜の王都……」
そうエルファリーフを誘惑するナージャ。
んんんー? こいつさっきまでポロポロ泣いてなかった〜?
涙の跡も残ってないんだけど。
「って、ちょっと待って! 王都!? ここ王都なの!?」
「え? あ、はい」
「王都って、お城とかがある……!?」
「え? は、はい。お城に興味があるのですか?」
「だとしても今日はもう入れないですよぉ〜。『城壁』はともかく、お城の見学はお昼の刻までですからぁ。それに明日と明後日は土曜と日曜だから、開放されてないしぃ」
「……この世界にも普通に土日があるのね」
ちょっと意外!
なんかあんまりそういうのないイメージだったわ。
……でもそっかー、入れないのかぁ〜!
残念だなー、見てみたかった〜、リアルなお城!
お城に入って……うっかり道に迷ったら……偶然そこには王子様が……!
どうしました、と優しく声をかける王子様……。
道に迷ってしまって、としおらしく俯くエルファリーフに王子様は手を差し出して……!
「ミモリ様? あの、どうかなさいましたか?」
「ハッ! な、なんでもないわ」
いかんいかん、つい妄想の世界に浸ってしまったわ……。
だって、乙女ゲーで出会いって言えば必須イベントじゃない……!
「……月曜になったらご案内いたしますわ。わたくしも学校がありますから、朝のほんの少しの時間になるかとは思いますけれど……」
「エルファリーフって学生さんだったの!?」
「はい。来年卒業です」
「……お嬢様、お買い物に行かれるなら早くしないとぉ」
「そうでしたわ! ……参りましょう、ミモリ様」
「ええ、分かったわ。お世話になるわね」
「はい! なんでも仰ってください!」
うーーん。
ズッキューーーン!
エルファリーフの可愛さは、もはや……罪……!
と、内心身悶えなが、エルファリーフ、ナージャに付いて大通りへと繰り出した。
たくさんのお店が立ち並び、なんだかテレビで見るパリの町並み〜みたい!
つまり、お洒落!
看板一つ、町灯一つとってもかなり凝ったデザインだ。
それに、電柱もないから歩きやすい。
なにここ、表参道? 行った事ないけど……。
とか考えていたらエルファリーフは迷わず一軒の服屋さんのドアを開ける。
全てガラス張りでいかにも値が張りそうな……。
……無理無理無理無理!?
なにここ、ジャージの女が入る店じゃないよー!?
「うぶふっ! ……なに立ち止まってるのぉ? さっさと進んでよぉ〜」
「…………いや、だ、だって……こんな高そうなお店入った事ないし……」
「んもぉ〜、そんなの見れば分かるわよぉ〜。あんたどっからどうみても、ただの田舎者だもんね〜ぇ」
「……………………」
……う、薄々思っていたけど……ナ、ナージャ……この子……。
い、いや、このガキ……。
「あんた、エルファリーフの前と性格違わない……?」
「はあ? そんなの当たり前でしょお? あんたに媚び売ってなんの得があるのよ〜」
…………………………ドS騎士、ハーディバルの見立ては猛烈に正しかった……。
だ、騙されていたのは、私の方だった……!!
「は、はぁぁ!? じゃああんた、さっき泣いてたのは……!?」
「ミモリ様、ミモリ様、こちらのワンピースはいかがですか? 試着なさいませんか!?」
「うわぁ!?」
ドアがいきなり開く。
ワンピースを二着持ってきたエルファリーフが眩い笑顔を私へ向ける。
か、っ……可愛すぎる……!
ふ、服も。
わ、私にはとても似合わないわ!
「わぁ〜、素敵ですっ〜! きっとどちらもミモリ様にお似合いですよ〜! ナージャも早くご試着したミモリ様が見たいですぅ〜」
「!?」
振り返るとエルファリーフに負けないくらい満面の笑みのナージャ。
こ、このガキ……! エルファリーフが来た瞬間……!
「ミモリ様」
…………私はこの瞬間諦めた。
だって、エルファリーフがあまりにも可愛いんですもの……。
ナージャの事は後回し……。
「……貸して」
「はい!」
***
その後しばらく、お店が閉まる直前まで私は着せ替え人形よろしく総額いくらなのか知りたくもない服を何着も試着しまくり、これもそれもとエルファリーフがポンポン買っていくのをただただ眺めた。
まあ、いいの、だってエルファリーフがとても楽しそうだったんだもの。
下着も結構買ってもらって、その店の中で総着替えさせられるとは思わなかったけど……。
「ああ! とてもお可愛らしいですわミモリ様!」
「そ、そんな事ないわよ〜」
……ウップ……!
き、キツ……コ、コルセットってこんなにきつかったんだ……!
ヒールのあるパンプスも履き慣れてないからめちゃくちゃ歩きづらぁぁぁ!
洋風ドレスなんて着た事なかったけど、貴族のお嬢様って毎日こんなのつけて生活してるの!?
と、いうか……やっぱり私にこんなドレス似合わないってばぁー!
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
「あれ? 思わぬところで再会」
「ハクラ!?」
肩を震わせて恥ずかしがっていたら反対の道からハクラが現れた!
ほ、本当にまさかの再会!
こんなに早く再会するなんて、やっぱりこいつ攻略対象キャラなんじゃないの?
『ぱぱ、しりあい?』
「ああ、さっきちょっとね」
「?」
どこからともなく幼子の声が……?
ハクラがそれに答えて、肩へ指を伸ばす。
するとその指に擦り寄る白い蛇が……。
「きゃあああ! へ、蛇ーーー!」
「蛇?」
「まあ!」
だめよ、エルファリーフ! あなたはこんな危険で気持ち悪い生き物見ちゃダメ〜!
……と彼女の目元を隠そうとしたがそれよりも早くエルファリーフは満面の笑顔を浮かべた。
「ホワイトドラゴンの赤ちゃんですわね!? 可愛らしいですわ〜!」
「うん、ティルっていうんだ」
『こんばんわ、ティルだよ』
「しゃ、喋った……!?」
「ひいいぃ!? 蛇が喋っ……喋った〜!?」
ナージャすら驚く喋る蛇!
なんて恐ろしいもの肩に乗せてるのよありえなーい!
「凄いですわ、ミモリ様、ご覧になって! ホワイトドラゴンの赤ちゃんですわよ!」
「ちょ! 何持ってるのエルファリーフ! 危ないわよ!? 噛まれたらどうするの!? 毒でも持ってたら……!」
「大丈夫ですよぉ〜、ミモリ様。あれは蛇じゃなくドラゴンの赤ちゃんなんですからぁ。それに、体がホワイトって事はあの子は『光属性』ですぅ。毒なんて持ってるわけないですよぉ〜」
「……へ……ド、ドラゴン!?」
ドラゴンって、あのいろんなゲームや漫画に出てくる二次創作の大人気モンスター?
恐る恐る目を開いて、よーーーく観察する。
あれ、ほんとだ……蛇にしては頭に二本の角があるし、丸々とした胴体やそこからちょこんと生えた手があり、極め付けに翼があるではないか。
どっしりした両脚で、しっかりハクラの肩に乗っかっている……これは……まさか本当に……ドラゴン?
……思ってたより小さいな。
「え、ほ、ほんとにドラゴン? この世界ってドラゴンがいるの?」
「ええ、可愛いですね!」
か、可愛い……かなぁ?
まあ、そんなに大きいわけじゃないから逃げ出したいほど怖くはないけど……。
「……でもでもぉ、こんなに小さいのに喋るドラゴンなんてナージャ初めて見ましたぁ!」
「あー、まあ……珍しいよな。……その、たまたま俺が卵が孵った時に目が合っちゃって……俺の事親だと思ってるんだよ。だから、人の言葉とかも覚えたんだろうって」
「いやいや〜! ナージャ、これでもドラゴンに関しては結構詳しいですけどぉ〜……こんなに小さいのにお喋り出来るドラゴンなんて見た事も聞いた事もありませんよぉ〜!?」
「……………………」
出会って以来初めてハクラが居心地悪そうに目を逸らした。
ドラゴンを撫でるのに夢中なエルファリーフは気付いてないみたいだけど……へぇ、喋るドラゴンってそんなに珍しいんだぁ。
「…………こんなに小さいのにお喋り出来るなんて……突然変異ですかねぇ?」
「そ、そうかもな〜……」
「そんなに珍しいの? 喋るドラゴン」
「珍しいなんてものじゃないですよぉ。第一ぃ、喋るドラゴンそのものがちょ〜っレアなんですからぁ。『八竜帝王』に近しいかなり格の高い、永い年月を生きているドラゴンか〜、とんでもなく強い力を持っているドラゴンくらいです〜。こんなに幼いうちからお喋りするなんて、規格外ですよぉ」
「なに? はちりゅうていおうって」
なんかすごい名前ねー。
と、呑気に聞き返すとハクラから「え」っという短い驚きの声。
「……もしかして、まさかとは思うけど、この世界について何にも教わってないの?」
「え」
「あ……」
「あ……」
今更思い出した、とばかりにドラゴンから顔を離すエルファリーフ。
ナージャも顔が「しまった」と言っている。
しかし、よくよく考えると私の方こそ「しまった」と思った。
だってここはーーー異世界!
私の住んでいた世界とは色々違うはずなんだもの。
よくもまあ、なんにも教わろうともせず呑気に買い物に興じていたものだわ!
「あんなにこの世界のゲームしたいって大騒ぎしてたのに」
「わー! わー!」
今それ言うなーーー!
「も、申し訳ございません! わたくしったら……ミモリ様のお召し物の事ばかりに夢中になって、すっかり失念しておりましたわ……。そうですよね、ミモリ様はこの世界の事をほとんどなにもご存知ないのに……なんのご説明もしないで……」
「ミモリっていうんだ?」
「あ、そういえばあんたにも名乗ってなかったわね。……そうよ、私は水守みすず! ……まあ、さっきのドS騎士にも今度会えたらちゃんと名乗るわ。一応、お礼もね……」
なんだかんだ話をまとめてくれたのはあいつだし。
とんでもないドS野郎だったけど。
「ドS騎士ってハーディバルの事?」
「他に誰がいるのよ……」
「……まあ、確かにハーディバルはドSだけど……」
「やっぱりドSなのね……」
「……どえす?」
ハッ!
し、しまった、普通に純粋無垢なエルファリーフの前で下ネタギリギリ用語を……!
「どえすとはどういう意……」
「そ、それより! こ、この世界について教えてほしいな改めてー!」
「はっ! そ、そうですわね! えぇと、どこからご説明すればよろしいのでしょうか……」
「明日にしたら? 今日はもう陽も暮れたし……。最近、あんまりいい感じしないし」
『うん、はやくおうちにかえったほうがいいよ。じゃあくなけはいが、ちかづいているよ』
「……邪悪な気配……? ……それは、まさか魔獣ですの?」
『ちがうよ。でも、とてもつよいよ。……でも、ばらばらなんだ。たくさん、よぞらからおりてくるんだ』
「?」
「……なんか王都の辺りに集まってるみたいなんだ。騎士団も調査してるし、魔獣ならすぐに浄化されるとは思うけど……女の子だけで夜歩き回るのはオススメしないな〜」
……魔獣……?
なにそれ、ドラゴンとは別なの?
なんだか不吉な会話……。
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