第6話!


「……そうですわね……ミモリ様もお疲れでしょうし……申し訳ありません、気が回らず……」

「あ、ううん。ねぇ、魔獣ってなに? 危ないものなの……?」

「はい、魔獣は危険なものですわ。人間のように邪な思いを持つ生き物が、その邪な感情を撒き散らしたり溜め込んでしまうと生まれるものですの。魔獣は人や生き物を襲い、その命や心を喰らい、成長していきます。魔獣同士が喰らい合えば、より邪気が増し、圧縮され……恐ろしく強い怪物と成り果てるそうです」

「そういう事だから割と人の多い場所に現れる。王都は一番大きい町だから、夜は危ないよ」

「そ、そんな怖い生き物がいるのね……」

「まあ、ほとんどはレベル1の時に騎士団とか勇士とか傭兵が倒しちゃうんだけどな〜」


 ……レ、レベルがあるの……?

 まあ、最初からファンタジーチックだったもの、その辺りは驚かないわ。

 もしかして夕方に早々店じまいして夜は家族と過ごす……って、魔獣対策?

 そうよね、家族バラバラよりずっと心強いものね。


「まあ、全然何にも知らない状態で一気に知識を詰め込むのって結構大変だって聞くし……ゆっくりでいいんじゃない? 魔石や魔力の使い方とかは早めに教えてあげたほうがいいと思うけど」

「は、はい、そうですわね!」

「うん、じゃあ気をつけて帰りなよ〜」


 ばいばーい、とゆるい感じで手を振って去っていくハクラ。

 え、おい、ちょっと……。


「ハクラ、あんたも帰るのよね? いくら男の子だって、危ないって言ったのあんたじゃない」

「俺は強いからヘーキ〜」

「……え……えええ……」


 ヒョロいし、全然弱そうなんだけど……。

 小さいけどドラゴンがいるからなのかしらあの自信……。

 というか、自分で強いなんていうなら女子を家まで送るくらいの甲斐性を見せなさいよ。


「……ハクラ・シンバルバの心配するなんて、ミモリ様ってほんとバッ…………お優しいんですねっ」

「ナージャ、あんた今「バカ」って言いかけなかった?」

「嫌ですねぇ〜、そんな事言ってませんよぉ〜」


 ……だったら私の顔をしっかり見て言えやぁ〜っ!


「ええ、本当に……ミモリ様はお優しいんですね……。ですがハクラ様なら大丈夫ですわ。あの方はこの国で唯一『魔銃竜騎士』の称号をお持ちの方! 騎士団には所属してらっしゃらないそうですが……フレデリック殿下やアルバート陛下も実力を認めておられるお方なんですの」

「まじゅうりゅうきし? 随分大層な称号ねぇ……? まじゅうって、さっき言ってた魔獣の事?」

「魔法銃の事ですよぅ」

「魔法銃……?」

「はい、魔力を弾丸として使う銃の事ですわ。扱いが非常に難しく、魔法に長けていなければ魔力を弾丸として打ち出す事も出来ない難易度の高い武器です。それ故にあまり一般的ではなく、使いこなせる方はほんの一握り……。ハクラ様は、その魔銃に加えてドラゴンとも心を通わせ、そのお力をお借りする事が出来る竜騎士の才までお持ちなんですの」

「へ、へぇ〜……?」


 え、えええ?

 ちょ、なにそれ、めちゃくちゃ凄いやつじゃんあいつ……。

 冒険家とか言ってたけど……実は騎士でもあったの?

 それでドS騎士と一緒にいたのかしら。


「ひ、人は見かけによらないのね……」


 今更だけど。

 ……ナージャ含め、この世界の人間って外側と中身が一いたしないのかしら。

 エルファリーフは除くとして。


「ミモリ様は見た目通りですよねぇ〜」

「はああ?」

「ふふふ。さあ、ハクラ様に言われた通り帰りましょう」


 と、エルファリーフがカバンから取り出したのは赤い六角形の宝石だ。

 うわぁ、綺麗。


「エルファリーフ、それなに?」

「転移魔石ですわ。これは我が家のゲートに繋がっていますの。一瞬で屋敷に帰る事の出来る道具ですのよ」

「へ……」


 一瞬で屋敷に帰る……?

 あ、もしかして魔法の一種なのかしら。

 お、おおお……なんかものすごく異世界っぽい事になってきたわ……!

 ……さっき服を買ったお店でも、持ちきれない袋は転送するとか言っていたけど……。


「こちらへおいでください。すぐに我が家ですわ」


 エルファリーフに言われた通り、彼女の側へ近づく。

 するとエルファリーフが私の手を掴む。

 あああ、なんて細い指なの!?

 ドギマギしていると、足元に光が浮かぶ。

 魔方陣ってやつだ。

 ハッとした瞬間、魔方陣は私たちの体を通過していった。

 そして気がつくと、目の前にはシンプルだけど豪華な部屋。

 シャンデリアと絵画。

 そして、ドア。

 しかし部屋の自体の装飾がなかなかに美しい。

 ……ほ、本当に一瞬で別な場所に……。

 すごい、これが魔法なのね……!


「ようこそ、ユスフィアーデ邸へ。お部屋へご案内いたしますわ」

「お嬢様、まさか本邸のお部屋を?」

「ええ。先程お買い物の最中にレナにお願いしておいたの。きっとすぐに使える状態にしてくれたはずよ」

「あ、そ、そうなんですかぁ……レ、レナメイド長に…………ははは……」


 なんという愛想笑い。

 私に対する変り身とは違う、ナージャの微妙な笑みにエルファリーフは全く気付かずにっこり微笑んだ。

 ほほう、どうやらナージャの苦手な人物みたいね。


「こちらへどうぞ、ミモリ様」

「あ、ありがとう」


 ドアを開けて廊下へ。

 うう、パンプス歩きづらい……。

 そろそろ踵が限界なんだけど……。

 もうすぐ部屋みたいだし、がんばるのよ、私!


「……え……ひ、広くない?」


 広い廊下はかなり奥まで続いている。

 左右には絵画だけでなく装飾品や壺やら鎧やら彫刻品やらがずらり!

 上品な赤の絨毯がそんなだだっ広い廊下の奥の奥までびっしり敷き詰めてあり、天井には全て別なシャンデリアが吊るされていた。

 ……や、そ、総額が恐ろしい……。


「はい、わたくしと姉と常駐のメイドと使用人だけではとても広くて……。ですが、父の残した屋敷ですので取り壊してしまうのは憚られまして……」

「そ、そうなのぉ……」


 そういう事じゃないんだけどねぇ〜〜!?


「ですから、ミモリ様が来てくださって嬉しいですわ。……あ! し、失礼いたしました! ミモリ様は来たくてこの世界にいらした訳ではないのに……わたくしったら……なんて心無い事を……」

「え!? あ、いいのいいの!? そういう意味じゃないんでしょ!? 大丈夫、ちゃんと分かってるよ!?」

「……ミモリ様……。……お気遣いありがとうございます……」


 っくう……! やっぱり可愛い……!

 笑ったエルファリーフは最強に可愛い!


「こちらが階段です。二階は寝室と食堂と書斎、渡り廊下を渡ると書庫がありますの」


 ああ、あの魔導書があったという噂の書庫か。

 ん? 書庫、渡り廊下の先!?


「それって書庫が独立した建物って事?」

「はい。祖父が本好きで、本邸の横に建てたそうですわ」


 た、建てたそうですわ、ってそんなさらりと……!

 ひ、ひえええぇ〜! エルファリーフって、ユスフィアーデ家って……私の想像を遥かに超えるお金持ち〜!?


「お風呂は一階にございます。お手洗いは寝室についておりますので……」

「あ! お嬢様、お手洗いで思い出しました!」

「?」

「魔石ですよ! このオン……ミモリ様は魔石が使えないんですよぉ〜!」

「え、ええ!?」


 魔石……あ!

 それで思い出した。

 ハクラも言っていたけれど、魔石の使い方!


「それでさっきお店の中でトイレが流せないってナージャに泣きついてきたんですぅ」

「うっ」


 エルファリーフには恥ずかしくてすぐに言い出せなかったけれど、服屋にいた時、私は流石に催した。

 人間だもの、無理ないでしょ?

 だから服を選ぶのに夢中なエルファリーフが気づかないうちにこっそりトイレを借りた。

 しかし、用が済んだ時事件は起きたの。

 トイレが流せないのよ!

 見慣れた形のトイレにすっかり油断していたけど、どこを探そうともトイレには流す機能が見当たらない!

 オロオロしていると私がいつまでも戻ってこない事に先に気付いたナージャがドアをノックして声をかけた。

 癪と思いつつも緊急事態だもの、仕方なしにドア越しに事情を話すと、ナージャは「えー、あんた魔石使えないわけぇ?」と怪訝な声を出しながらドアを開けろと催促して来たのだ。

 背に腹は変えられない。

 ドアを開けると、ナージャはトイレの真上についていた水色の六角形の石に手を置いた。

 するとトイレがジャー、っと流れていく。

 あれ? さっき私が触った時は何も起きなかったのに……。

 そう呟くと深々とした溜息。

 こいつぅ、さっきまでドS騎士とハクラにわんわん泣いて謝ってたくせに!


「んもぉ〜、魔石が使えないなんて、あんたこれからどうやって生活していく気よぉ〜。トイレの度に使用人に流してもらうつもりぃ? 冗談じゃないんだけどぉ〜?」

「そ、そんな事言われても……」

「仕方ないなぁ……あとでお嬢様に相談してよねぇ。魔石が使えないと、あんたこの世界で生活していけないわよぉ〜」

「え、ええ!?」


 …………………………という事があったのよ。


「そうでしたのね。……魔石が使えないなんて、困りましたわね」

「まるで亡命者みたいですよねぇ」

「亡命者?」


 それって国から逃げてる人の事?

 な、なんでそんなもんに例えられたのかわからないけど、とりあえずバカにされたようなか気がする……!


「異世界……ミモリ様の世界はもしや魔力や魔石がないのですか?」

「え、ええ。ないわ」

「ではアバロンの民と同じですのね……」

「アバロン?」


 それってアーサー王の伝説で出てくる幻の島の事かしら?

 はっ! まさかこの世界ってアーサー王物語の!?

 ……ん? でもさっき王様の名前は全然違ってたような……?

 王子の名前もフレデリックだったし?


「アバロンはここ、バルニアン大陸より彼方にある隣大陸の事ですわ。わたくしたちの大陸とは異なり、ドラゴンや幻獣がおらず……人間だけで生活を成り立たせていると聞き及んでおります」

「? ドラゴンやげんじゅうがいない?」


 いやいや、普通そんなもんいないわよ?

 ……ドラゴンはさっき見たけど、幻獣……モンスター的なものかしら?

 人間だけで生活してるって……つまり私の世界とおんなじ感じって事?


「はい。その為、アバロン大陸では人は魔法を使う事ができず、科学力を発展させているそうです。科学力が進歩した事で人はより魔法から離れてしまったそうですわ。ですから、アバロンから亡命して来た方は魔法を使えない方がほとんどですの」

「そうなんだ……私と同じなのね」


 さっきはちょっとバカにされたと思ったけど、本当に同じなのね。

 ……確かに科学の進歩した世界から魔法が浸透してる場所にくると苦労しそう……。

 ……トイレの意味で。

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