004
高校の近くに大型ショッピングモールがある。そこの待ち合わせスポットである
「おーい。こっちこっち」
「あっ、こ、こんにちは。お待たせしました」
入間は小さく息をあげながらこちらにやってきた。当たり前だが、私服だ。短い黒髪をなびかせて、水色のワンピース、可愛らしい肩掛けバッグ。とてもよく似合っていた。あまり気にしていなかったが、彼女はどうやら平均以上の胸をしているようで、服から大胆に盛り上がっている二つの山がそれを物語っていた。
「あの?」
不思議そうに入間は俺を窺う。俺はドキリとして、焦りつつ買い出しの紙を取り出した。
「ああ、すまん。それじゃあ行くか。えーっとまずはホームセンターで……」
ドギマギしてしまう自分が恥ずかしいし、最低だと思った。
「入間はこのあたりに住んでるのか?」
「はい。今日はこういう服だったので、歩いてきました」
涼しげなワンピースは、膝下まであった。これでは歩きづらいだろうし、なにより自転車は似合わない。とても女の子らしい理由であり、服装だ。
「奇遇だな。俺も歩いてきた」
「じゃあ、先輩もこの近くなんですか?」
「まあ、そうなるかな」
小さく頷いて、「なるほど」と呟くと、入間はハッとして、何故か口を噤んでしまった。何か会話をしないと間が持たない。
「一緒の係になったのも、何かの縁だ。買い出し頑張ろうな」
今できる精一杯のぎこちない笑顔をしてみる。彼女は小さく「はい」と答えた。
「これなんかどうでしょうか」
「うん、要望通りだな」
ホームセンターで、リストに書かれているものを買う。俺は一人で考えあぐねることを予想していたが、思った以上に入間は積極的に意見を出したり、商品を持って来たりした。
「でも費用を考えると、これだとちょっと高いんだよ」
「それじゃあもう一つ、小さい方が良いですね」
あたふたとしつつ、真剣な表情をしている入間の顔はいつもの不安そうな雰囲気は一切感じない。珍しいせいか、ついじっと見つめてしまう。
「な、なんですか?」
「いや、結構積極的に話してくれるから、スムーズだなって。…………なんか、嬉しいっつうかさ」
「わ、私のせいで、委員会の話し合いが静かになってましたから……買い出しくらいちゃんとやらなきゃと思って」
シュンとした顔になる入間。俺は慌てて弁解する。
「そんなことねえって。俺が会話するの下手だからダメなんだよ。あんまり話し手側ってわけじゃないからさ……」
いつも一緒にいるヤツが延々と喋っているし、それで成立していたから、自分は喋れるつもりになっていた。下級生にこんな思いをさせるとは、情けない。
「そうだったんですか? てっきり私が静かだから、話しづらいんだと思ってました……」
「もちろん話しづらかったってのもあるけど、多分凄く良い空気だったとしても話しかけられなかったと思う」
心の底では、気まずいと思いつつも、話さなくて良い雰囲気にホッとしている自分がいたのは否定できない。
「ごめんな、あんまり良い先輩じゃなくて」
なんだか、自分で言ってて悲しくなってしまうような言葉をこぼしてしまう。つい、口から滑った感じで。
「いえ、とっても素敵な先輩だと思います」
「え?」
どういうことだろう。気さくに話しかけて、上手くサポートしたりするような、よくできた先輩じゃないのに。
「教室を案内してくれた時から、とっても優しい人なんだなって」
「……案内?」
思考停止する。今、彼女は何と言った? 脳内の記憶をとにかくフル回転で巡らせる。急速に動かした脳内HDDから一つの答えが導き出された。
そして、
「あっ!!」
大きな声をあげた。
「も、もしかして、忘れてました? 私のこと……」
覚えている。覚えてはいるけれど、あの日、予備登校の日に案内した娘が、今目の前にいる彼女だったなんて、今言われて初めてわかった。
「そうですよね、先輩私のこと、あまりちゃんと見ていませんでしたし」
俺のだんまりを無言の返答と受け取ったらしい。
「悪かった! あの時は予備登校の始まりの時間が過ぎてて、慌てて案内したから……その、マジですまん!!」
「大丈夫です。案内したってことを覚えててくださっただけでも、嬉しいですから」
入間の優しさに余計気持ちが沈む。俺って、酷いやつだなあ。
「そ、それじゃあ、買い出しの続きをしましょう!」
続けて彼女は苦笑交じりに「次は何が必要なんですか?」と問いかけた。下級生に気を遣わせてしまうとは……ダブルで情けない。
「紙に書いてあるものは全部買いましたね」
色んな店を転々として買い出しを終えた後、入間は小さく息を吐いた。数時間ずっと歩いて、立ちっぱなしだったということもあり、相当疲れているみたいだ。俺も同様で、今は二人でモール内にあるベンチで休憩中だ。だが、残念なことにまだ全ての買い物は終了していない。
「いや、まだ残ってるんだ」
「え?」
紙を見直す。しかし、全ての項目にチェックはついているし、費用も残り数百円しかない。首を傾げて、入間は俺の方を見やった。
「バナナを買わないといけないんだ」
「ば、バナナ?!」
予想以上に驚く入間。去年ヤツに言ったときは、少し訝しげにしていただけだったのだが……。
「あ、いえ、ごめんなさい。あの、忘れてください、さっきの反応……」
顔を一瞬にして、朱に染めて、手で顔を覆った。一体、なんだってんだ。
しかし、この反応は正直に言って、可愛い。
バナナを購入して、俺は入間を家まで送ることにした。陽が傾き始め、あたりは薄暗くなり始めていた。
「ありがとうございます、先輩」
夕闇の中で、彼女はポツリと言った。
「何もしてないぞ、俺」
今日振り返ってみても、先輩らしいことは何一つしていない。ただ一緒に、買い出しをしただけだ。
「初めて会ったときは案内をしてくれましたし、そのあとも話しかけるのが苦手なのに、委員会の時も、それに今日だって、頑張って私に話しかけてくれましたよね? それだけでも、私としてはありがとうって感じなんです」
俺の方を向かずに、独り言のように続ける。
「私、本当はもっとおしゃべりで、元気だったんです。今は、過去形になっちゃいましたけど。私、小学校、中学校と同じだった友達が、高校に一人もいないんです。一人も、ですよ? 離れてから、なんだか自分を出すのがすっごく怖くて……『嫌われたらどうしよう』とか、『いじめられたらどうしよう』とか、『浮いちゃったらどうしよう』とか……どんどんネガティブなことばっかり考えちゃって……でも、今更どうしようもなくなっちゃって」
俺の方から見える横顔は、とても辛そうだった。小さく体を震わせ、見えない何かと、水面下で戦っているように思えた。
「今仲良くしている智ちゃんだって、先輩だって、私のことを嫌うかもしれない……そう思うと、辛くて……」
体の震えがさらに増す。見ているこちらが辛くなるほどに。
「だったら、受け入れてやるさ」
俺は知らぬ間に、彼女の肩を掴んで、
「誰も受け入れなくたって、俺は、絶対に受け入れるから。お前は、お前らしく振る舞え! 自分を殺して生きるなよ!」
こんなクサいことを、真顔で言い放っていた。我に返り、掴んだ肩を放してこほんと咳払いをした。
「わ、悪い、スゲー変なこと言っちまったな……すまん。でも、偽りの自分で居続けるなんて、お前にとっても、周りの人にとっても、嫌だと思うぞ。特に俺は、ありのままのお前でいて欲しいって思う」
俺みたいなダメな先輩を受け入れてくれたんだから。
俺だって、入間を受け止めてやりたい。
「……先輩」
下を向いていた入間がこちらを見上げる。その顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「本気に、しちゃいますよ?」
涙が伝う顔に似合わない、満面の笑みを浮かべた。何かに解放されたように、彼女は大きく伸びをする。
「絶対に引かないでくださいね? 私のこと」
「あ……ああ、もちろん」
少し引っかかる言い方をしたが、彼女はまた、ゆっくりと帰路を歩み始めた。さっきとはもう違う。その足取りはとても明朗だった。
「ねえ、先輩」
「ん、なんだ」
クルリと可愛らしくこちらを振り向いて、彼女は笑顔でこう言った。
「バナナはなんのプレイに使うんですか?」
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