003
「お突かれのようだね」
「変換で遊ぶな」
俺の前に颯爽と現れたのは小さな体躯に似合わぬ看板を手に持ったヤツだった。もう片方の手は腰にあてている。どうやら仕事が終わって帰ってきたらしい。別に俺はコイツのことを待っていたわけではない。
いいか、断じてない。
予備登校が行われている教室をヤツは扉の小窓から軽く背伸びをして覗いた。
「懐かしいね、予備登校」
「あんまり覚えてないけどな」
「ふふ、それは残念」
背伸びをやめて、普通の立つ。元が小さいので、背伸びしていようが俺からの印象はさして変わらない。
「そういえば、君は今年も?」
「ん、なんだ」
「学園祭実行委員。今回も新学期早々に決めるだろうから」
始業式の日に委員などはまとめて決めるので、春休みが終われば有無を言わさずやってくる。
去年務めてみて、学園祭実行委員は確かに忙しかった。それでも楽しかったし、達成感はあった。今年もやってみるのも良いかもしれない。
「お前は何になるつもりだ」
「ボクは去年同様、美化委員だよ。高校生活をきらびやかで最高の一時にするための最高にして至上、至高、至極の委員会だよ……」
「美化委員を美化するな」
小さくため息をついて、俺は教師にもう一度指示を仰いだ。どうやら仕事はこれで終了のようだ。支給される昼ご飯を食べて、午後には後片付けをするらしい。
「二年生、か」
奴が小さく呟いた。
「また、同じクラスになれるかな」
「……さあな」
この会話を交わした後の帰り道、いつもより口数が減ったような気がする。
二年生のクラスは、四月にならないとわからない。そして、俺とヤツが一緒になるかなんてのは、その日になるまでわかるはずもないことなのだ。
そんな心配は始業式が始まると同時に空の彼方に吹き飛んでいったのだった。
「やあ、また一緒だね」
クラスを告げる掲示を見て、ヤツは俺にそう言った。ガヤガヤとしている生徒たちが集まる掲示板で、俺は自分の名前とヤツの名前が、同じ列にあることを確認した。どうやら、同じクラスのようだ。
「ああ。これで中学から五年連続か」
「五年か……凄いね」
中学の頃、コイツが引っ越して来てから、高校二年生になった今も同じクラスであることが決定した。妹からは『運命』と言われちまった(不本意)。
奇妙な縁ってのは続くもんだ。
始業式終了後、新たな教室に移動する。教室の場所が変わっただけでなく、感覚的に何かが違う。違うクラスだった生徒もかなりいる。雰囲気は大分変わっていたが、担任は変わりなかった。ちょっとだけ安心している自分がいた。
担任の自己紹介と生徒の自己紹介が終わり、早速委員会を決めることになった。俺は学園祭実行委員をすることを既に決めていたということもあり、別段悩むことも無かった。
俺以外に立候補する者は無く、すぐに俺は文化祭実行委員に決まったのだった。
「今年も実行委員?」
一つにまとめた髪を揺らしながら、舞が夕食のハンバーグを焼いている。美味しそうに焼ける音とほのかに香る匂いが、家中に立ち込める。ただこのハンバーグ、数がおかしい。もうこれで二桁目だ。しかも、これは俺一人の分である。
「去年の経験もあるし、楽しかったからさ」
「ふうん」
舞は充分に焼けたハンバーグを乗せた。その皿には、さっき乗せたハンバーグを一部とする山と化していた。子どもが見れば夢のような、非日常な光景だろうが、俺には既にオールウェイズ日常だ。
「いいんじゃない? 去年もよく頑張ってたもんねお兄ちゃん」
満面の笑みで妹は食卓に山積みハンバーグを持ってきた。
「でも、新入生の相手、ちゃんとしなきゃダメだよ?」
「どういうことだよ」
舞はわざとらしく肩を竦めて、ため息を吐いた。これだからお兄ちゃんは、と言いたげだ。
「お兄ちゃん年下苦手でしょ? 知ってるんだから」
「え、そ、そうなのかー!?」
俺は大袈裟にわざとらしく驚いてみた。ジトッとした目で睨まれたので、すぐにやめた。
でも、舞の言い分はわからないでもない。俺は確かに、年下が苦手かもしれない。理由はわからない。ただ、なんとなく苦手なのだ。
帰宅部だったこともあって、下に後輩がいたことがない。扱い方がわからないっていう気持ちが、少なからずあった。
「頼りになる先輩にならなきゃダメだよ?」
妹は人差し指をピンと立てて、髪を大きく揺らした。
「ああ、わかったよ」
可愛い妹の注意をしっかりと重んじるのは、兄の務めだ。俺は大きく頷きながら、ハンバーグの山を少しずつ減らすことに夢中になった。
「あ、でもでも」
「なんだ?」
「お兄ちゃん、私は苦手じゃないもんね? だから大丈夫なんじゃない?」
……仰る通りだ。
新入生がチラホラと見受けられるようになり、少しずつ
無論実行委員の集まりが始まる。去年変わらず招集された会議室よりも一回り大きい場所が借りられていた。初々しい一年生達がソワソワしながら外で待っている。まだ二・三年生が来ていないようで、中に入っていいのかわからない様子だった。この光景を見て、俺は妹から言われた言葉を思い出した。会議室の鍵が開いていることを確認したあと、一年生達にぎこちなく言った。
「中、入っても平気だよ」
俺の言葉が聞き、おずおずとみんな会議室の中に入っていった。ホッと心の中で一息吐いて、俺も中に入った。
俺が部屋に入ったと同時にやってきた上級生が入ってきた。学年ごとに座るようにと指示した。よく見てみると、机に学年とクラスが書かれたテープが貼られていた。指示通り、自分の学年とクラスが書かれた席に座る。隣にはもう一人、クラスの女子が座った。言い忘れていたが、今年の実行委員はクラスから二人選出されることになったのだ。
委員会の全メンバーが座ったのを確認すると、一人の上級生が教壇へと向かった。
「それでは、第一回、学園祭実行委員会会議を初めます。まず最初に、今回は去年の反省を踏まえて、グループを作ろうと思う」
今回も生徒会が主導でやるらしく、『副会長』という腕章を付けた三年生が、開口一番そう唱えた。
「昨年は、一人ひとりに様々な仕事をさせてしまい、新入生には随分と大変な思いをさせてしまったと思う。本当に申し訳ない。そこで、今回はグループに分かれて、各位係の仕事を行ってもらいたい」
そう言うと、黒板にまるで活字のような綺麗な字で、今回のグループを書き出した。
「あと、実行委員の経験のある二・三年生はできるだけバラけてもらえると嬉しい。去年の経験を活かすためにも、前回の係には率先して加わってもらえると助かる」
と、副会長は付け足した。ならばと俺は去年も務めた買い出し係に立候補した。
「宮澤くん、早速立候補ありがとう。それじゃあ……あと二人、一年生から。誰かいないかな? ……おや。それじゃあ、そこの二人に頼むよ」
後ろを振り向くと、小さく手を挙げていた一年生二人組を見つけた。二人とも女の子だ。
「どんどん係を決めていきたいので、一年生は素直な気持ちで、やりたい係に手を挙げてくれると嬉しい」
副会長が優しげな微笑みを浮かべた。その後、副会長の言葉通りに事は進み、テキパキと係は決まっていったのだった。
「買い出し係の二人、こっちに来てくれー」
全ての係決めが終了し、グループ毎に分かれて話し合う場が持たれることになった。俺の元にやってきたのは、先程も言っていた通り、一年生の二人だ。二人を集めて近くの席に座らせた。
「えーっと、まず、自己紹介から始めた方がいいのかな」
俺は頭を軽く掻きながら、同じ係になった一年生達にそう話を切り出した。
「俺は二年C組の
学園祭実行委員の仕事において、買い出しはいわゆる『事前準備』にあたる。その後は各係の手伝いや雑用がメインになるので、当日の学園祭での達成感の無さでいえば右に出る係はないかもしれない。
「それはホッとしたです」
一年生の一人が、ボソリと呟いた。眠たそうな目に無の表情。短く二つに結ばれた髪に、顔立ちは丸く、少し幼い印象がある。おまけに背丈も小さい。中二の妹と同じくらいだ。
「一年B組の
細い腕を気怠そう挙げて、速やかに自己紹介した。隣にいるもう一人を脇腹を肘で小突いた。その行動に焦らされつつ、下を向いていたもう一人の新入生が、恥ずかしそうに上目遣いをして、口を開いた。
「同じ一年B組の
頭を小さく下げると、彼女はすぐに俯いてしまった。どうやら話すのは苦手なように見えた。
「二人は同じクラスだよな。お互いに連絡は取りやすそうだな」
「基本は先輩さんに任せる感じでいいです?」
聞き慣れない呼ばれ方をしたが、駒井の言う『先輩さん』というのはきっと俺のことで間違いないだろう。
「まあ、な。一応携帯の番号教えてくれるか? 買い出しとかの連絡するためにさ」
小さなメモ帳を取り出して、名前と電話番号を書く。それを渡して、登録するように促した。二人は慣れた手つきで登録を済ませて、次に俺のメモ帳に自分たちの名前と電話番号を書いた。
「あ、あとこれ。文化祭実行委員の腕章。基本的に文化祭の時にしか使わないから、俺が持っておこうと思うんだけど、いいか?」
さっき副会長から、係の代表に配布された腕章を見せた。駒井はうんうんと頷いて、
「そっちの方がありがたいです。忘れると困るです」
「じゃあ、そうするよ」
俺は腕章をバッグに入れて、メモ帳に書いてある一年生二人の電話番号を携帯に登録したのだった。
委員会が終了し、教室を出ると、そこには見慣れたヤツの姿があった。
「来ちゃった☆」
ヤケにテンションが高いように見える。しかし何か理由があるわけではなく、コイツはその時その時で自分の機嫌に関係なく、こういった言葉を発するのだ。
「教室で待ってても良かったんだぞ」
「教室に一人でいると、ついつい机の角で催したくなるからね」
指を舐めるようなフリをして、ハァハァと息を荒げさせている。こういう変態な言動はいつもの調子なので今回はツッコまずにいく。
「それで、会議は終わったのかい?」
「ああ」
「ふふ、話は帰り道で聞かせてくれ。それじゃあ行こう」
ヤツに促されて、俺とヤツは廊下を歩き出す。ふいに後ろを見ると、さっきの一年生二人が教室から出ているシーンに遭遇した。その一人、入間と目が合ったので手を振ろうかと思ったが、今回はやめることにした。もう少し打ち解けてからにしよう。
買い出し係というものは、買い出しを行うまでにすることはほとんどない。話し合うこともない。そのため、会議で集まっても話すことはないのだ。基本的には雑談でもして時間を潰そうと考えていたのだが、一年生二人とも口数が少なく、とにかく自分から話を切り出すようなことはなかった。上級生にあたる俺が声をかけざるを得ない状況になっているわけだ。
しかし、この状況はおそらく最悪最低だった。消極的な相手に会話をする時ってのは、話が広がらないものである。とにかく色んな質問をしてみるが、どうも話は続かず、結局他の係が真剣に話し合っているのを遠目で眺めている時間が圧倒的に多かったのだった。俺にもっとコミュニケーション能力があればと悔やむばかりだ。
「それでは、これで第二回の委員会は終了とします」
副会長の高らかな宣言により、会議は終了した。
「宮澤くん、ちょっといいかな」
「はい?」
いきなり副会長からの名指しに少々戸惑いつつ、俺は応対した。
「早速なのだけれど、買い出し係に買ってきてほしいものが各係であらかた決まったみたいなんだ。そこで、週末に買ってきてもらいたいのだけれど」
「ああ、はい。わかりました」
「それと、前回もお願いしたのだけれど」
副会長は両手を合わせて、非常に申し訳なさそうな顔をした。
「バナナですね。了解です」
「すまない、宮澤くん」
副会長はどんよりと肩を落として、軽く嘆息した。
去年も、バナナは買わされた。しかし、これは学園祭に必要だからではない。生徒会長が所望しているからだそうだ。ちなみに、俺はだいぶ前まで副会長が会長だと思っていたのだが、どうやら違うらしい。しっかりしているのになあ。
それにしても、学園祭の費用で会長の個人的な物を買うのは、良いかどうかは甚だ疑問だ。
「残念です。ヒジョーーに残念です」
短い二つ結びの髪を揺らして、
「その日の土日どちらも空いてないです」
手を前に出して、駒井はきっぱりと買い出しを断ってきた。
「何か用事でもあるのか?」
「女の子にそんなこと聞くもんじゃないです」
ジトリとした目で睨まれ、「これ以上追及するな」と威嚇された。仕方なく、入間に視線をやる。ビクっと体を震わせて、一呼吸おいた後、
「私は……平気です」
「それじゃあ俺と二人で行こう」
「……はい」
ふと、言ったあとに気づく。これはつまり、買い出しとは言っても男女二人で出かけることになる。すんなりと言った後に、俺は物凄い後悔と申し訳無さが入り混じった感情に襲われた。
「えーっと……それでいいか?」
「は、…………はい」
入間は一生懸命に笑おうとしていたが、それは驚くほど引き攣ったような顔だった。無理しなくてもいいんだぞ。
「じゃあよろしくするです。買い忘れないようにお願いするです」
まるで立場が逆転したかのような口ぶりで言うと、駒井はこちらに小さくピースをしながら颯爽と教室を出ていった。少し遅れて、俺に一礼した後、入間も出ていった。
「……個性的だな、二人とも」
俺は小さく肩を竦めて、呟いた。
結局、あのあとも一年とはまったく会話が生まれなかった。話しかけてはいるけれど、上手く意思疎通できてない感じがしていた。委員会を重ねていけばどんどん会話が増えていくものなのだけれど、なかなか難しい。
せめて、買い出しの時くらいは、入間ともう少しだけ話せるようになりたい。
そのためには、俺が話を切り出さなくては。
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