002
俺達が通う
制服自由の理由は校長がとにかくユニークな人間だということに尽きる。自由な校風に惹かれて御十時に入学する生徒は多い。俺は、一番近い高校だったという点が大きかったのだけれど。
「休みの期間に行く学校というのは、なんだか不思議なものだね」
知らない教師に指示された業務をこなしながら、ヤツはにこやかに言った。
今、新入生に配布するプリント一式を、机の上に一つずつ置いていく作業をしている。この学校はとにかくデカいので、すぐに終わるような作業では無かった。
「前日に済ませとけば良かったのに、なんでこんな直前にやるんだよ。1学年15クラスもあるんだぞ」
「しかたないよ。昨日はセキュリティーの点検のせいで学校の中に入れなかったそうだから」
ちょうど前日に点検をやるとは、尚更タイミングが悪い。
「ボクらの安全のためさ。これに関しては仕方がない」
「そうだな」
「それにしても。……ねえ」
今いる教室のプリントを全て置き終えて、ヤツはこちらを振り向いた。ゆっくり俺の方に寄ってきて、少し顔を赤らめて、
「二人きり……だね?」
と、伏せがちな流し目を送ってくる。
「いきなりなんだ。まだ終わってない教室残ってるぞ」
「それは後でもできるよ。今は二人きりでしかできないことをしよう」
自らの唇を優しく撫でながら俺に近寄って、顔を少し上に傾けて目を閉じた。口先を軽く尖らせてやがる。
「アホか。早く次の教室行くぞ」
接近していた顔をプリントで小突き、できるだけ足早に教室を出た。コイツのいつものノリなので、特に気にすることでもないのだが、誰かに見られるとまずいと思っての行動だ。
俺とヤツ以外にも、大勢の生徒がボランティアでやってきてるんだからな。
最後の教室に置き終わり、集合場所に着くとちょうど新入生が訪れる時間帯になっていた。
教師の元に指示を仰ぐと、次の作業はヤツとは別の仕事を任されることになった。通学路で道案内の看板を持って突っ立っているのがヤツの仕事(『勃つものがないけれどいいのかな』などと言っていたが無視した)。一方で俺の仕事は校内で新入生を案内することだった。もちろん俺以外にも大勢生徒はいる。
とにもかくにも、ヤツとはここで離れることになった。
「D組の教室ですね、それならこちらです」
初々しい生徒達が続々と学校に集結してくる。去年の自分を重ね合わせるとなんだか励ましたくなって張り切って案内をした。やってみると充実した気持ちにさせてくれる。
案内をしてしっかりお礼を言う生徒も、軽く会釈するだけの生徒も、最初から最後まで何も言わない生徒もみんな緊張しているんだ。
そりゃあ、こんなデカい校舎に来るんだ。迷わないか心配だろう。
自分の校内把握もしっかりしていたので、言われた場所にはすぐに連れていくことができたし、次第に案内することに慣れていくと気持ちは相当楽になった。
しかしまあ、本当にこの学校は広い。新入生が案内中に「教室に着くまで結構かかるんですね」と漏らしていた言葉には俺も激しく同意した。
予備登校の開始時間が近づいていく中、俺は突然尿意に襲われた。
「すみません、ちょっとトイレに行きます」
他の案内係に事情を説明して、後を任せて手洗いに行くことにした。
用を足して、手を拭いているとさっきまでざわついていた校内は静かになっていた。どうやら、予備登校の日程が時間通りに始まったようだった。
(やべ、ハンカチ忘れた)
ポケットにはハンカチが入っていなかった。舞が毎回行く前に手渡してくれるので普段ならいつも持っているのだが、今日は忘れてしまった。
しかたなく、ハタハタと手を振りながらトイレを後にした。
「ん?」
出た途端、一人の少女がキョロキョロと周りを見渡しているところに遭遇した。
「あっ」
俺に気づいたらしく、急いでこちらに駆け寄ってきた。真新しいバッグからファイルを取り出して、その中からポストカードほどの紙を取り出した。おそらく新入生案内の紙であろう。
「あの、1-Bのクラスはどこでしょうか? さっき案内を聞いたのですが、いまいちよくわからなくて……」
と、彼女は小さな声で俺に言う。どうやら迷ってしまったようだ。案内役はどこに行ったんだろう。ちゃんと連れていけよ。
「B組の教室ですね、もう予定通り始まってるので焦らず静かについてきてください」
俺はまだ少し水気のある手のままに、彼女を案内した。
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