第6話 おばあさんの場合 後編

 気分の落ち込んでいる私と物干師さんがやってきたのは、広いけど築五十年は優に越えていそうな木造の平屋だ。玄関の扉はキキキィと音を鳴らし、壁紙はところどころ黒ずんでいる。それなのに床には塵ひとつ落ちておらず、棚や荷物も整頓されている。住人がこの家をどれだけ大切にしているのかが一目でわかった。


 住んでいるのはおばあさんだけだった。あとはヘルパーさんや近所に住む娘さんが週に一度来てくれるそうだ。おばあさんは家野直子さん、というらしい。花火職人だった夫に先立たれて以降、一年ほどひとりで暮らしている。物干師さんは世間話を前回よりあっさり切り上げ、依頼の確認に入った。


 そして肝心の依頼内容に私の頭は疑問符で一杯になった。


「じゃあ庭の物干し台の修理と物干し竿の交換、お願いしますね」

「お任せください。物干し台はおじい様との思い出の品ですから、完璧に修理致します」


 今回洗濯物干さないの? さっきまで小さな願いを叶えるみたいな流れだったのに? 修理? 交換?

『「その通りです。ですからもう少し私を信じていただいていいんですからね。では次の依頼者の願いも叶えてしまいましょう」キリッ。

「うん。物干師さんのこと信じるよ」キュン』

 みたいな会話をさっきしたばかりだよね?


「あのう、物干師さん。今回洗濯物を干したりはしないってこと?」

 おそるおそる尋ねる。

「そうですね、家野さんがお使いになっている物干し竿が古いタイプで錆びているのでそれの交換、あとは物干し台の補修をするだけになります」

「普通にDIYだと思うんだけど」

「ですね」


 それって私が同行する意味あるのかなって思っちゃう。






「物干師さん、そこにあるアルミフックを取ってくれる?」

「わかりました。しかし畑良さん、こういうの得意だったのですね」


 結果的に言うと同行する意味あった。前回よりめっちゃ活躍したよ私。


 DIYの苦手な物干師さんに代わって、物干し台の支柱を入れ替えたり、錆びたフックを取り外したり、おばあさんにちょうどいい高さでアルミ製のフックを取り付けたり。物干師さんはほぼ私に言われたものを持ってくるだけ。そんな時間だった。


 おばあさんは完成した物干し台を見て、新品のようだと喜んでくれた。まあ半分以上新しいものと取り替えてしまったので、大体は新品なんだけど。スタンド部分や錆びていない支柱も磨いたし、かなり綺麗になった自信はある。


「DIYに目覚めたかも」

「もしかしたら畑良さん向いているかもしれませんね」

「今度自分でも作ってみようかな」

「いいですね、何を作りたいんですか?」

「んー、何がいいかな。寝ながらスマホを観られるようなスタンドとかがいいかも」

「畑良さんの好きなNetflix見放題ですね」


 世間話をしていると、おばあさんがお茶とお菓子を持ってやってきた。

「本当にありがとうね。こんなに綺麗になって。本当に助かったわあ。ささ、お食べください」

 いただきます、と言いながらお茶をもらう。おいしい。


「この物干し台、おじいさんと結婚したときからずっと使ってるのよ。娘は買い換えちゃいなよ、なんて言うんですけどね、なんかもったいなくて。でも最近は腰が痛くて高いところに干すのが億劫でねえ、これでダメなら買い換えよう、と思ってたんです。それを高さまで調節してくれたんだもの。何から何までありがとうございました」

「いえいえ、大したことはしていませんから」

 物干師さんが答える。今回、物干師さんは本当に大したことしていない。


「そんなことないわよ、前回は娘との仲を取り持ってくれたし」

「え? ええ? 家野さん、物干師さんに依頼するの初めてじゃあないんですか?」

「はい、家野さんのご依頼は二度目ですね」

 どうりで世間話が短かったわけだ。ふたりはすでに顔見知りだったのだ。


「前はね、娘は近いのにちっとも私の家に来なかったの。おじいさんもいなくなったばかりでね。そんなとき物干師さんに洗濯物を干してもらった服を着て娘に会いに行ったのよ。そしたら『もう! しわしわの服ばっかり着て! 見てられないわ。これからちょこちょこお母さんの家行くから!』って」

 物干師さんが恥ずかしそうに頭を掻く。当然だが、物干師さんの干し方は超一流だ。きっと敢えてしわになるような干し方をしたに違いない。物干師さんの叶える願いは決して不思議な現象だけじゃあなく、心遣いも入っているのだろう。


 しばらく話し込んだ後、私たちはおばあさんの家を後にした。帰りがけにお土産をもらった。

「ちゃんと保管していたから湿気ってないはず。おじいさんが作ったものよ。若い人たちで遊んでちょうだい」


 見ると、たくさんの花火が入っていた。


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