第5話 おばあさんの場合 前編
「ねえーー、物干師さーーん、教えてよーーーー」
私は必殺の甘えた声で尋ねる。この前の不信感? やだわそんなものあるわけないじゃない。私は最初から物干師さんのこと信じてたわ。
今回は二度目の同行だ。しかし目的は別にある。私の目的は「惚れさせる干し方及び物干師フレグランスの入手」である。両方、いや最低でもどちらかを自分のものにできれば、彼氏を簡単に作ることができるはず。それで物干師さんに星井くんの顛末を聞いているのだ。
その想いが通じたのか、うれしそうな表情で物干師さんが私を見る。
「畑良さん」
「なあにーー? 教えてくれるのーー?」
ふっ、男なんてちょろいぜ。甘え声を続ける。
「すごいです、畑良さん」
「えーー? 何がーー?」
「物真似ですよ。それ、昨日やってたドラマのおばあさんの真似ですよね。すごく似ています。畑良さんは物真似得意だったんですね」
「物真似じゃあねえよ! しかもおばあさんって何だよ!」
クソが! 全然通じてないじゃん! しかもおばあさんの物真似ってマジか。あ、でも今度会社の友だちに披露してみようかな。もしかしたらウケるかも。うれしい、ひとネタ増えちゃった!
「結論から言います」物干師さんが唐突に話し出す。「おそらく畑良さんにはできません。なぜなら、タネも仕掛けもないからです。洗濯物は着る人が最も気持ちよく着てくれて、願いが少しでも叶えられるよう一生懸命干しているだけです。フレグランスも市販のものをいくつか調合しただけで、惚れ薬の類は入っていませんよ」
「え? でも星井くんは彼女ができたって、それも物干師さんのおかげだって言ってたわけでしょ?」
思わず疑問を口にする。
「はい。ですから畑良さんがこれをすればいい、という方法は伝えられないのです。自分でも説明できないのですから。私ができるのは洗濯物を干す指導だけです。ところがあるとき、私自身が洗濯物を干した場合に限り、それを着た人の願いが叶うことに気づきました」
「願いが、叶う?」
「そうです。腰痛持ちの主婦の方が、あなたが来てから腰痛がなくなった、と仰ってくれたのが始まりです。もちろん最初は偶然だと思いました。しかし、私が洗濯物を干して、その人の悩みを聞いたあとは、みんな解決していくんです。二人目は国家資格に合格したい中年の男性。半月後の試験に見事合格しました。三人目は遅刻をなくしたい新入社員の男性。その日以降遅刻をしなくなったそうです」
「それは、本当に物干師さんの干した服を着たからってことなの? たまたまじゃあなく?」
あとから思えば失礼な質問だったが、あまりのショックにそんなことに気を回す余裕はなかった。
物干師さんは表情を一切変えず答えた。
「たまたま、かもしれません。何より一生懸命干しているだけの私が一番そう思いました。そこでいくつか実験をしてみた時期があります」
歩きながら胸ポケットから一枚の紙を取り出し、私に見せた。
「それが実験した結果です」
用紙の左側には試した願いが書かれている。右側は結果だ。読んでいくと、あることに気づいた。
「これ、不幸にする願いは叶っていないってこと?」
頷く物干師さん。
「そうです。あの嫌いな上司が事故にあってほしいとか、あのクラスメイトに死んでもらいたいとかは叶っていません」
一呼吸おいて話は続く。
「他にも叶わないものがあります。世界征服や宝くじで三億円当てるなどという、おそらく自分でも薄々無理だとわかっているような大きすぎる願いも叶いません。小さな願いだけです」
右側の結果に赤でバツが付いているものは、見事に他の人の不幸になるものや新世界の神になるといった、現実味のない願いばかりだった。逆に言えば、それ以外の願いはすべて叶っている。
「たまたまでこの回数はさすがにありえないなあ。ホントなんだね」
半分程度読んだ用紙を物干師さんに返す。それを懐に戻しながら物干師さんはいう。
「小さな願いだけです。ですから畑良さんも私の洗濯物を着たあと部屋を掃除したのではありませんか?」
「あっ! した、確かに掃除した!」
「よかった。掃除していただけましたか。お母様のご依頼のひとつは洗濯物の干し方を通して、自分の部屋をキレイにすることでした」
言われてみれば私も願いが叶っていたんだ。まあ正確には母親の願いだけど。
「そしてご依頼のふたつ目も、今まさに叶っています」
「ええ。物干師さんに同行することだもんね」
「その通りです。ですからもう少し私を信じていただいていいんですからね。では次の依頼者の願いも叶えてしまいましょう」
「うん。物干師さんのこと信じるよ」
ちょっと不思議現象だし、なぜ願いが叶うのかわからない。けれど、きっと原因は一生わからないだろう。それよりも今後だ。物干師さんの力は凄い。冷静に考えればまた洗濯物を干してもらいさえすれば、彼氏ゲットできるじゃん!
今日の私は物干師さんに会った途端甘えたバージョンだったし、次に物干師さんの衝撃的な能力を聞いて焦ってしまっていた。
ここへきて私畑良久乃、ようやく落ち着いた気がする。
よって、突っ込んでおこう。
「物干師さん、背負っているの何?」
澄まし顔で物干師さんが答える。
「見てわかりますよね、物干し竿ですよ」
「わかるよそれは。じゃなくて何で物干し竿を背負ってるの、って聞いているの! それも何本も!」
「ああそういうことですか。簡単ですよ、本日の依頼で使うからです」
もう! なんていうかいつもこの人はこんな感じ。そしてときどき急にテンション上げてくる。唐突にテンションは上げないでほしい。
「畑良さん、先程読んだからご存知だと思いますが」私の倍はある物干し竿を鳴らしながら話しかけてくる。
その前置き、わかる。私にはわかる。絶対碌なことじゃあない。何かが警鐘を鳴らす。聞きたくない!
「願いを叶えることができるのは小さな願いと人を不幸にしない願いです。そしてもうひとつ。私が『最初に』干したときだけです。ひとりにつき最初の一回しか願いを叶えることはできません」
ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!おおおおおおおおあああああああああああああああああ!!!!!!
私の願いは掃除と同行で終わりか、終わりなのか。
私のテンションは下げないでほしい。
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