第5話 誤差と差異
セミナーハウスの前にいる。時刻は十五時である。先ほど中村教授経由で警察からセミナーハウスの調査が終わったので、翌日に測量機器など置きっぱなしになっている品々を引き取りに来て欲しいという旨連絡があった。
その後、椎橋さんから引き取りの段取りについて割振りの連絡がメールであり、自分を含め研究室のメンバーは了解という返信をした。
そのメールを受け取り、自宅からセミナーハウスまで向かったのだ。
あれを先に回収しておかなければいけない。露見しない可能性もあるが、ゼロではない。だから明日まで待ってからではその割合が高くなってしまう。だから、今日中に回数する必要がある。
セミナーハウスの中には警備員がいる。話は通じているだろうか?
「こんにちは」
「おう、大変だったな。警察は引き上げたようだよ。今日はどうした?」警備員の深津が警備室から顔を出す。
「はい、明日に中に残っている荷物を引き上げに来ますけれど、先にちょっと持っていきたいものがあるので、取ってきて大丈夫ですか?」
「大丈夫だろう。入りなよ」
「ありがとうございます」
施設内に入る。
目当てのものはすぐに見つかった。
その場にしゃがみこんで目的のものを回収する。
その時だった。
「おい」
身体から血の気が引いた。
声がした方向を見る。上だ。
セミナー棟入り口の庇の上に人が立っていた。
立っているのは事情聴取の時の刑事だ。確か寿といった。
「やっぱり取りに来たな。ランランちゃんの言う通りだ」
そういうと、廂から飛び降りた。自分の頭を飛び越え、アスファルトに着地する。
「ね、言ったでしょう?」
セミナー棟の入り口が開き、中から二人の女性が出てきた。
「本当だ」
ランランと舎人あかねだ。
「もういいだろう。話を聞かせてくれ」
次の瞬間、入り口に向かって走り出した。
「待て!」寿が追いかけてくる。
さらにその後ろから刑事たちが出てきた。
隠れていたのか。くそ。
しかし、こちらのほうが早い。
このまま逃げてこれを処分する。
セミナーハウス入り口に近づく。
「深津さん、捕まえてくれ」寿が叫ぶ。
あのおじさんに俺を捕まえることはできない。
申し訳ないが、突き飛ばしてやろう。
警備員が進行方向の正面に立ちふさがる。
すまんね、おじさん。
腕を折りたたんでタックルする格好になる。
次の瞬間、おじさんが消えた。
同時に目の前が空になった。
あれ?空に飛んだのだっけ?
そして体に衝撃が走った。
落ちたようだ。身体のそばに光る細い鉄棒が落ちた。
顔と足が痛いと思った。
そこに人が追いついてきて、体を抑え込まれた。
刑事たちの声がしたが、意識が無くなっていった。
「捕まえたぞ、板倉凌」
意識が無くなる前に板倉が聞いた言葉であった。
セミナーハウスでの容疑者逮捕から三日が経過した。
可士和市の喫茶店に寿と蘭そしてあかねが集まった。
計画研究室大学院生の板倉凌が逮捕されたことで、同研究室の学生に対する自宅待機が解け、晴れて研究室が再稼働していた。あの日、午前中に寿は中村教授を通じてセミナーハウス内に残っている測量機器を返却するので明日取りに来てほしいという連絡を研究室全体にしてもらっていた。その時に犯人が回収したいものがあるはずだから、必ずこの連絡以降にセミナーハウスに犯人が来るはずだと蘭は予想していた。その場合、セミナー棟に来るから、寿は入り口の庇に身をひそめ、その瞬間待っていた。
「深津さんって、何者だったのですか?」あかねはカフェオレに口をつけて言った。
「セミナーハウスの警備員だよ」寿が言った。
「いやいや、そういう意味ではなく。あんなに強かったのですね」
「深津さんはね、合気道の名人だよ。警備員になるくらいだから、それなりに武道もやっているでしょう。すべての警備員がそうではないと思うけど。ちなみに三木さんはシラットのマスターレベルって言っていたな」寿は言った。
「シ・・・シラット?」あかねが首を傾げる。
「東南アジア伝統の武術よ」蘭がレモンティーを飲みながら言った。
「何でも知っているのですか?」
「飲み会の時に古見澤君が話していたの。だから覚えているのね」
「シラットが話題に出るってどんな飲み会しているんだ」寿が言った。
あの日、逃走しようとした板倉の前に立ちふさがった深津警備員は、板倉からのタックルをサイドステップで躱し、左手で顔面への掌底と同時に左足で板倉の左足を跳ね上げた。その結果、板倉は勢いよく後方に回転して頭から地面へと激突した。動けなくなっている板倉を捜査員が取り押さえて、気を失ったまま連行されていったのだ。
その場は騒然として、寿も警察として業務を全うしていたため、蘭とあかねはこっそりと解散し、一度帰宅の後、寿からの連絡を受けて再度可士和市の喫茶店に集まった。
「前に来た時も思ったのですけど、ここ良いお店ですね」あかねが言った。
「そうね。私も可士和に遊びに来るけれどここは知らなかった」蘭も店内を見渡して言った。
「そうだろう。ここのマスターのコーヒーが美味しいんだよ」寿はカップを口に近づけて匂いを嗅いだ。
「でも、若干一名紅茶飲んでいるけれどね」ちらっと蘭を見る。
「あら?紅茶もおいしいわ。今度来た時はミルクティーも飲んでみますね」蘭はマスターに向けて言った。
余程の穴場なのか時間帯なのか不明だが、店内は三人以外に窓際に眼鏡をかけた男性が一人で座っていた。
「今日は、何の集まりなのかしら?」蘭が言った。
寿とあかねは顔を見合わせた。
「あの、ランランさん事件のことですよ」
「でも、もう終わったのでしょう?」蘭は両手で包むようにカップを持って言った。
「そうですね。もう終わっています。でも僕らはよくわかってない」
「犯人の自供を待てば良いのではないですか?今は黙秘かもしれませんが、待っていれば勝手に喋ってくれるでしょう」
寿とあかねは目を見合わせた。
「ランランさん・・・教えてください」あかねは蘭のカーディガンの袖を引っ張りながら上目遣いに言った。
蘭は顔を赤くしてカップを口に運んだ。
「何がお聞きになりたいですか?」蘭は寿を見た。
「切り替え速いな」寿は言った。
「では、そうですね。今回の事件の班員の条件って何だと思いますか?まず一つ上げてみてください」蘭は右手の人差し指を立てる。
「犯人の条件?」寿が聞き返す。
「はい、何だと思います?まず必要なことですね」
「ちょっと、思いつきません」寿が言った。
あかねも思案しているようであった。それを蘭は確認した。
「まず、第一に死亡推定時刻の時間帯で殺害現場にいることが出来る人物です」
「それはどういうこと?」寿は身を乗り出す。
「男子宿泊棟や女子宿泊棟は午前零時に施錠されます。入口のドアを壊さない限り、施錠されたらドアから外部に出ることはできません」蘭は言った。
「そう言えばそうですね。殺害現場に行くことが出来なければ殺害することはできませんね」あかねが言う。
「同時に被害者もどうやって殺害現場に行くことが出来たのか、ということも問題になります」
「確かにそうだな。でも工藤由利はどうしてセミナー棟に行ったのかな?」寿が言った。
「呼び出されたと思います。携帯電話が無くなっていましたよね。履歴を調べられるのを恐れて犯人が持って行ったのだと思います」
寿は頷く。
「被害者が殺害現場にどうやって行ったかということですが、恐らく窓から出入りしたのだと思います」蘭が言った。
「窓ですか?」あかねが言う。
「あの日は十一時くらいからロビーに椎橋さんがいたでしょう?椎橋さんが工藤さんを見たという証言はなかったわね。それより前に出るのは私達とお風呂で一緒だったから無理なので、玄関から出られなかったと考える方が自然でしょう」
「窓から出たことは納得しましたが、セミナー棟は鍵が掛けられてありましたよね?それはどうしたんですか?」あかねが言った。
「もちろん鍵を開けて入ったのよ」蘭は言った。
「鍵って、男子宿泊棟の事務室外の壁に掛けてあった鍵ですか?宿泊棟の施錠後、事務室の金庫に入っているはずでは?」寿が言う。
「そうですね。鍵を確認して金庫に入れてありますね」あかねは言った。
「だから、その前に鍵をすり替えておいたのです」
「いつですか?でもそれって可能ですか?」あかねは矢継ぎ早に質問した。
「鍵と言っても、あの鍵束は使わなければ事務室脇に引っ掛けてあるでしょう?初日のセミナー棟使用後から私たちが女子宿泊棟に帰るまでの間になるわね。正確にいつかはわからないけれど。飲み会の最中にトイレに行くふりして一階の事務室に向かうことも可能だしね」あかねはレモンティーを飲む。
「あの鍵束についている鍵って、カラビナに通してあるでしょう?だからカラビナから外して、代わりに研究室の鍵でも通しておいたのよ。大学の施設だからね。鍵のタイプが同じだったわ」
「整理すると、その日のセミナー棟の使用が終わった後、時間を見計らって事務室前の鍵をすり替えて、女子宿泊棟へ戻った工藤由利は、呼び出された時間に間に合うように宿泊棟を出ようと思ったが、ロビーに椎橋美香がいたから宿泊棟のドアから出ることが不可能だったため、自室の窓からセミナー棟に向かったっていうことだね」寿がまとめる。
「はいそうです」蘭は言った。
「じゃあ、板倉はどうやってセミナー棟まで行ったんだ?」寿は言った。
「それなのですが」蘭はカップを置く。
「工藤さんを殺害したのは、板倉君ではありません」
寿はカップを持ち上げたまま固まっている。
あかねは横に座っていた蘭の顔を見て、同じように固まっている。
「工藤さんを殺したのは板倉ではない?」寿は繰り返した。
「ちょっとどういうことかわからないのですけど」
「そのままの意味よ。工藤さんを殺害したのは板倉君ではありません」
「じゃあ誰が殺したの?」寿が前のめりになっていった。
「それは森田君です」蘭はさらっと言った。
「森田雄介?それは食堂で亡くなった森田雄介のこと?」
「もちろんです。私たちが良く知っている森田雄介です」
「なぜそうなるのですか?」
「では、あまり無意味だけれど、アリバイの方から見てみましょうか?あかねちゃんが聞いてきた守屋君と鈴木君の話からね」
あかねは思い返していた。
「二人で午前二時まで部屋で飲んでいたのよね?あと午前一時くらいに小川さんがうるさくて守屋さんが乗り込んで行ったって言っていましたね」
「そう。あと中村先生は椎橋さんと一晩中・・・で、脇坂先生は仕事のメールを送っていたっていうことで、部屋のLANしか使用できなかったということなので外されます」蘭は寿を見た。
「ここで工藤さんの死亡推定時刻までに生きている人で、アリバイが判明していない人は、我々を外せば板倉君、中村君、そして森田君だけですね」
「そうですね。板倉さんが捕まりましたけど、中村さんも犯人の可能性はあったのではないですか?」あかねが言う。
「いえ、それはないわ」
「え?なんで?どこにいたか不明なのですよ?」あかねは途中タメ口になったが、気付かずに言った。
「中村君が工藤さんを殺害した場合は男子宿泊棟に戻って来ることが出来ないもの」蘭は言った。
「戻って来ることが出来ない?」寿は言った。
「仮に彼が工藤さんを殺害した犯人としましょう。その場合、まずセミナー棟へ向かう必要があります。その時に正面玄関から向かう方法と食堂の北側のガラス戸から、建物の裏側を通って向かう方法があるわ。でも、彼は確実に正面玄関からセミナー棟へ向かっているはずなのよ。そして殺害後、男子宿泊棟に戻ってこなければいけませんが、それができないの」
まだあかねと寿はピンと来ていない様子であった。
「なぜなら、中村君は草アレルギーなの」
あ、とあかねが声を上げた。飲み会の準備の時に本人がそれを言っていたからだ。
「セミナーハウス内の各施設の裏側は夏草が生い茂っていたわよね?これから殺人現場に向かう人間がアレルギーを発症するような行き方をするとは、私は思えないわ。殺人を犯した後も戻ってくるときに食堂のルートを使って戻ることは考えられないわよね」
寿が唸った。
「そうか。確かにそうかもしれないな。けれど、それでも板倉だって残るじゃないか。板倉が捕まっている以上、工藤由利と森田雄介殺しの犯人として良いのではないのか?」
「そもそも、ピンポールを遺体に突き刺している目的って何だったか覚えていますか?」蘭は言った。
「それは・・・通り魔の犯行に見せかけるためだったはずですよね?でも、ピンポール状の鉄杭ではなく、ピンポールを使っている以上、通り魔に見せかけることについては失敗しているって」あかねは言った。
「ではなぜピンポールを使ったのかしら?わざわざ突き刺した以上、前もって準備していたはずでしょう?だったら、あの形状の鉄杭なんて準備できるはずでしょう」
あかねは頸を傾げる。蘭は続ける。
「それはね、通り魔がピンポール状の鉄杭を使っているっていうことを知らなかったからよ」
事件直後にファミレスで話していた内容であった。
「あの時に写真を見ていない人物は、小川さん、守屋君、そして森田君だけ。小川さんはそもそも翌日の研究室で通り魔事件の話をしていたときにもいなかったってあかねちゃん言っていたから候補から外れるわ。そして、守屋君は、死亡推定時刻に鈴木君と一緒に居たことが小川さんからも証言が得られているからこれも無い。よってあのピンポールを使ってしまうのは、森田君だけになるわ」
寿とあかねともども黙ってしまった。頭の中で考えを反芻しているのかもしれない。
「森田君があの夜にどうしていたか、予測も交えて話すと、まず工藤さんをメールか何かで呼び出します。場所はセミナー棟で時間は施設の施錠後だったはずね。森田君は飲み会の後、自室に戻るように一階に向かった。でも自室には戻らずに食堂に向かって、北側のガラス戸から宿泊棟の外に出たの。食堂に入る前にロビーに置いてあるピンポールを回収してね。その後は施設の後ろを通ってセミナー棟まで着いたのだけど、まだその時には工藤さんはセミナー棟に到着していなかったのね。戻るわけにもいかないし、ここに居てもいずれ警備員が来てしまうから、セミナー棟入り口の庇の上に寝そべって待機していたのよ。板倉君を捕まえた時に寿さんが隠れていたようにね」
そこまで言うと蘭は紅茶をおかわりした。おかわりが届くまで蘭は続きを話さなかった。その間、寿とあかねは各々考えごとをしていた。紅茶のおかわりが届いて、一口飲んでから続きを話し始めた。
「さて、廂の上で待機していると、森田君の携帯にメールが届いた」
「中村先生からのメールですか?」あかねは言った。
「そう。実際にはそのメールに書いてある内容は実行されなかったのだけどね。そのメールに返信をしていたら、工藤さんがやってきた。工藤さんは鍵を開けて中に入る。それを確認した森田君は廂から降りて、セミナー棟の中に入る。待ち合わせ場所の第二セミナー室に入ってからは、何があったかはわかりません。死亡推定時刻を見ても、入ってすぐに殺したわけではないと思うし。ただ、セミナー棟に着く前か着いてからかわかりませんが、工藤さんは板倉さんにメールを送っているはずです」
「なぜですか?」
「二人は付き合っていたのだと思う。知らないところでね」
「え?では実習中の口喧嘩も」あかねは実習中の二人の様子を思い出す。
「今となってはね。ただの痴話喧嘩だったのでしょうね」
蘭はそう言って続ける。
「森田君が工藤さんを呼び出したのは、これも推測するしかないのだけど、あかねちゃんが守屋君から聞いた話だと彼女のことで森田君は悩んでいたのでしょう?でも、実際、工藤さんは板倉君と付き合っていた。だからおそらく森田君は工藤さんをストーキングしていたのではないかと思うの」
「えー森田さんストーカーだったのですか?そんな風に見えなかったですけれど」
「見た目で判断なんてできないでしょう?」
「工藤由利はなぜ森田雄介の誘いに乗ったんだ?」
「わかりませんよ。これ以上の推測なんて無意味でしょう?」
「んーあえて言うと?」寿は食い下がる。
蘭はうんざりした様子で話し始める。
「決着を着けに行こうとでも思ったのではないですか?板倉君も呼び出して付き合っていると言って諦めてもらおうとしたのかもしれませんね」
「工藤由利が板倉凌を呼び出したのはわかったが、板倉はどうやってセミナー棟に入ったんだ?」
「板倉君は森田君と同じように食堂の北側ガラス戸から外に出て、セミナー棟に向かいました。でも、正面玄関は閉じられていたと思います。たぶん森田君が鍵を閉めたのでしょう。だから板倉君は裏手に回ってセミナー室のガラス戸が開いていないか確認したのです。そこで第六セミナー室のガラス戸が開いていたのでそこを入っていったっていうことだと思います」
「ああ、セミナー棟をランランちゃんと調べに行った時に、窓を確認していたのはそういう意味か」
「はい、一階の部屋を確認したところ、第六セミナー室、つまり私とあかねちゃんが作業した部屋のガラス戸の鍵が開いていたのです」蘭はあかねをちらっと見る。
「ああ、鍵閉め忘れた」あかねは頭を抱えている。
「やってしまったことはしょうがないわよ」蘭はあかねの手に自分の手を重ねる。
「そうして板倉君はセミナー棟に入りました。そこから第二セミナー室には入らずに、二階へ向かって第二セミナー室内を通る渡り廊下に行きました。恐らくそこから中を覗き見たのだと思います」
「工藤由利を殺害している場面か」寿は声のトーンを落として言った。
「正確には工藤さんにピンポールを刺している場面だと思います」
「それはどうしてですか?」あかねが泣きそうな声で言った。
「これから殺そうとしている場合は絶対に板倉君は止めているだろうから」蘭は言った。
しばらくテーブルは静まり返った。
「遺体のピンポールが森田君と工藤さんとで異なっていた問題ですが」蘭の言葉が空間を振動させた。
「これは今回ピンポールが突き刺された方法に起因しています」
「そうそう、どうやってピンポールを突き刺したんだ?」
「はい。これは」と言ってあかねを見る。
「あかねちゃんの課題がヒントになりました」蘭はニコッと笑う。
「課題?NATM工法ですか?」
「そう。NATM工法で地山に吹付けコンクリートを吹いた後、ロックボルトを打込むときがあるでしょう?ロックボルトは先端がドリルになっているわけではないから、あらかじめ掘削して穴をあける必要があるのよ」
「あらかじめ穴をあけるのですか?今回も同じようなことをしたということですか?」あかねは言う。
「ああ、それで板倉は自転車のところに来たのだね」寿は近くで見ていたからか気付いた。
「そうです。ピンポールより細い、先端を鋭利にした鉄棒を用意して、殺害した遺体に刺します。先端が鋭利である分ピンポールよりは確実に刺しやすいでしょう。一度細い穴が開いてしまえば、後はその穴にピンポールを挿入れば良いのです」蘭は言った。
「え?自転車っていうのは?」あかねが聞く。
「そんな鋭利な鉄棒を持ち込むわけにはいかないし、警察が来た時に所持品を調べられる可能性もある。だから、森田君は自転車のスポークの一本を細工したの」蘭は言った。
あかねは口を開けたままである。
「三台あった自転車の内、中村君の自前の自転車はホイールカバー?が車輪全体に取り付けられていたから、外すことはできません。だから計画研の二台のうち片方の前輪に取り付けてあったのね」
「後輪はチェーンがある分取り外しづらいからな。でもそんな簡単に取り外せるのか?」
「通常の場合はわかりませんが、簡単に外せるように細工していたでしょうね。もともと古かったから多少変な音とかしても気が付かなかったでしょうし」
「工藤由利と森田雄介のピンポールの突き刺し方の違いはどういうことなのかな?」
「恐らく、板倉君は工藤さんの殺害後にセミナー棟二階の渡り廊下に着いたのだと思います。自分の彼女がされていることをそこから眺めることは想像し難いものがあります。板倉君は森田君に同じ方法で復讐しようと考えたのだと思います。ピンポールを突き刺す方法を確認して、板倉君は森田君より先に第六セミナー室から男子宿泊棟に帰ってきました。そうして食堂で待ち伏せしていたのでしょう。しばらくして森田君が食堂の北側ガラス戸から入ってきたときに襲って、柱に頭を殴打して殺害しました。その後は、自転車の所まで鉄棒を取りに行って同じようにピンポールを突き刺しました。でも、上から見ていただけでは森田君がピンポールをどこまで刺したかなんてわかりません。まさか実際は背中の方まで突き刺していなかったとは思っていなかったでしょうね。板倉君自身は寿さんが最初に研究室を訪れた時、事件の詳細を聞いていますからね。ピンポールを使うことには違和感はあったでしょうが、工藤さんの方と統一性が無くなるため、同じ物を使うことにしたのでしょう」
そこまで話し終えると、蘭は二敗目の紅茶を飲み干した。店内に客は三人以外誰もいなくなっており、もう西日が差し込んできていた。
「まる測量みたいですね」あかねが言う。
「そうね。トラバース測量のような構造を持つ事件だったわね」蘭が言った。
蘭がさらに付け加える。
「測量と同じだとしたら、わずかな観測誤差が最終的にとても大きな誤差になるから」
いずれ誰かが気付いたでしょうね、とあかねを見て言った。
「どちらにせよ、板倉君が自白すればすべてわかることですから」
私の妄想っていうことでお願いします、と蘭は寿に言った。
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