第18話

第十八回

怪病院

竹林の間を走っている細道を抜け、大きな川を渡る鉄橋を渡った。村上弘明は東京にいるときはばりばりの、大阪に飛ばされてからはそれなりの、業界人だったから車は外車、ルノーに乗っている。前の座席には松村邦洋が道案内を兼ねて乗っている。後ろの座席にはひとみと滝沢秀明が乗っていた。

「ひとみの頼みだからって兄は君たちみたいな高校生を取材に連れて行くのは反対なんだからな。そのことは一応、釘をさしておくよ。」

「兄貴、私たちがいたほうが何かと便利でしょう。松村くんはここいらの地理に詳しいし、松村くんがいなかったら兄貴は地図を身ながら行かなければならないんだから。それにただで働いてあげるんだから。」

「分かったよ。ひとみ。その代わり兄の言うことはみんな何でも聞くんだぞ。」

「お兄さん、そこを曲がってください。」

松村邦洋が早速、道案内の役目を果たした。橋を渡りきると乾いて耕さなくなった田圃の一角に廃屋となつた農家があった。その道のさらに先の方に小高い丘があって丘の半分は削り取られている。丘の登り口のあたりに分譲住宅が何軒も建っている。丘の登り口を上がって行く道があってその上の方にK病院があった。丘の頂上に立つK病院は曇り空を背景にして建っていて妖気をただ酔わせていた。

「あそこがK病院です。」

助手席に座っている松村邦洋が指をさして言った。

「K病院ってとにかく変な病院ですよ。病院の活動自体のことはよくわからないのやけどまず建物の形が変なのや。まるで中世の要塞みたいな形をしているのや。長四角の箱みたいの建物の両端に丸い筒を半分に切ったような建物がくっついていて、半分に切った丸い筒がくっついている片一方の方に隔離病棟だと思うやけど小さな建物がくっついているのや。回りは雑木林で何もないし、近くにあるものと言えば逆さの木葬儀場という焼き場だけなんや。そしてK病院の中は真ん中が中庭のようになっていて病院の中に入っていける経路というのがまた変わっているのや。病院の入り口は半円の筒のさきっぽのところにあるんやけどそこから入っていくと階段で下りて行って病院の中庭に立っている変な建物に出るのや。そこから病院の病棟の方に中庭から入っていくのや。そんな変な事を何故したと思う、あの病院の主な目的が精神病院なんやからなんや。夜中に病人が徘徊して病院を抜け出さないようにという目的でそんな変な建物を建てたって話やで。そのくせ結構あの病院の中は出入りが出来て泥棒騒ぎとかがよく起こるという話や。」

松村邦洋はこの栗の木市に住んでいるためK病院の噂話はよく知っていた。しかしそれはうわさ話であり、どこまで本当かははっきりとしない。丘の登り口のところまで行って村上弘明はルノーをとめた。この取材を始めたときそのきっかけとなったゴミの集積場が丘の登り口のところにあったからだ。村上弘明は車から降りるとそのゴミの集積場の写真を撮った。今は弘明の興味は完全にゴミ問題から松田政男の殺人事件に移っているが。ゴミの集積場の中を見回してもK病院の中のごみはないようだった。他の三人は弘明がゴミの集積場の写真を撮っているのを車から顔を乗り出して見ていた。車の中にいる三人はゴミの集積場の前に立っている村上弘明の方を誰かが見ているのを見つけた。

「誰かが、あそこで君の兄さんが写真を撮っているのを見ているやないか。」

「どこどこ、あれ、あれ、」

松村邦洋が指さす方を見ると彼女の兄の向こうの方に若い男が立っている。村上弘明がゴミ捨て場の写真を撮っているのを見て興味を持って近寄って来ているのか。さもなければその男自身もこのゴミ問題に興味を持っていて自分の仲間だと判断して近寄ってきたのか。ひとみたちが見ているとその若い男は村上弘明の方に近寄って行った。そして彼と何か話している。くぬぎの雑木林を背景にして立っているその男の姿は妖術を身につけた狐の生まれ変わりのようだった。木の葉を見せてお札だと言うのかも知れない。しばらく村上弘明と立ち話をしているようだったがそこを立ち去った。村上弘明はカメラを片手に抱えて戻って来た。

「兄貴、あそこで誰か若い人と立ち話をしていたじゃないの。知り合い。」

車の後部座席からハンドルを握っている弘明にひとみは話しかけた。「いや、知り合いじゃないよ。この近所に住んでいる若者らしい。僕がカメラを持ってゴミ捨て場の写真を撮っているから興味を持って話しかけてきたんだよ。何か青白い感じで白蛇みたいな感じの若者だったよ。」

「いくつぐらいの人。」

「そうだなあ、二十一、二というくらいだったかな。」

村上弘明はシートベルトをかけ終わった。

「よし、行こうか。」

弘明のルノーは病院のある丘の頂上へと向かった。K病院は小学校の体育館ぐらいの大きさがある。建物自体はイタリヤの中世の都市で建てられたようなあるいは明治時代の日本の軍艦のような形をしていた。それが灰色コンクリートで建てられ、建物の周りも白い高い壁で覆われている。ちょうど入り口の門は開いていたので弘明はそのままルノーをその中に入れ駐車場の屋根の下に留めた。四人がそのまま車から降りようとすると白衣を着た人物が立っていた。

「私は日芸テレビの吉澤といいます。電話を差し上げましたが、この病院で不審な死に方をした松田政男さんのことで番組を作ろうと思いまして。ここにいるのは私の助手です。」

白衣を着た人物はうさんくさそうな目をしてひとみたちをみつめた。

男は六十才ぐらい、やせ形で頭が大きく、少しはげている。外見と違って声は可愛らしかった。

「電話は何と言う人間がとりましたか。」

「城草さんという人でした。その人に頼んでおいたんですが、今日、取材させてくださいと。日芸テレビのものです。吉澤といいます。」

「ああ、吉澤さん、吉澤さん、聞いています。聞いています。日芸テレビの人ね。」

白衣を着た火星人は何物をも了解したようだった。村上弘明はほっと胸をなでおろした。とにかく病院の中に入らなければ何もできないのだ。何の取材材料も得ることができない。そうでなければ元患者とか出入り業者から話しを聞くことしかできない。

「とにかく病院の中に入らせて貰えますか。」

「ええ、いいでしょう。そのかわり、私が案内するということで。」

ひとみたちもお互いに顔を見合わせて安心した。ひとみや滝沢秀明は村上弘明から持たされたテープレコーダーやデジィタルカメラを持っている。S高校の新聞部の取材ではとてもこんな機材は使うことがないだろう。もっともらしい機材を持っているので火星人も信用しているようだった。

「私はここで事務関係の責任者をしている小沼といいます。」

事務、つまり経理関係の責任者と聞いただけで村上弘明は福原豪の市当局とからんだ不正融資のことが連想された。彼自身が持っている建設会社、恵比寿建設が市の税金を使って自分の病院を建てるというからくりから大部、私財をこやしたという話は聞いたことがある。そして現在もそのことを調べているのだが少し証拠を得る端緒もつかんでいる。そして現在、この病院でやられていること、つまり病院に対する助成金をうまいことをやって自分のふところに福原豪が入れているのではないかと疑っているのだが、まだ、そちらの方は調査中だ。病院建設のときのからくりをこの経理長は知らないかも知れない。しかし現在やられていることならわかるだろう。そう思うとこの頭ばかり大きながりがりの火星人が今度作る報道番組のシナリオのようにも思えてくるのだった。

「ここから、入ってください。」

小沼は重そうな灰色の鉄製のドアをあけた。

「なんか、気味わるいわ。」

「そうね。」

松村邦洋が小声でそう言うと吉澤ひとみも相づちを打った。二人の話し声は村上弘明にも小沼にも聞こえないようだった。村上弘明は時代遅れの感じのする精神病院だと思った。

「本当は。」

先頭を歩いている小沼がぽつりと言った。

「えっ。」

村上弘明が聞き直した。

「何と、おっしゃいましたっけ、そう、吉澤さんでしたね。さっき、この市内では唯一の精神病院だからここの施設の紹介をテレビですると吉澤さんはおっしゃいましたが、本当はこの病院がゴミ捨て場に勝手に病院のゴミを捨てているので付近の住民から苦情が来てそのことで番組を作りに来たんでしょう。」

村上弘明は耳を疑った。滝沢秀明も振り返った小沼の顔を見ると気味が悪かった。小沼が後ろを振り返ったとき薄気味悪くにやりとほほえんだからである。頭の川がはがれて血まみれになった頭蓋骨が飛び出してくるかもしれない。

「確かに近所の住民からそういう苦情は上がっているようですが、病院関係者である小沼さんのところにもそういう声は届いているのですか。」

今度は小沼は前を向いたままだった。

「でも、本当はあなた方がここにやって来た目的はまた違う。半年ぐらい前にここに入院していた患者が一人不審な死を遂げた。その調査でやってきたのでしょう。と言うより、そういう事件があったことをこの病院を調べていくうちに知った。それでそちらの方に興味が移って来た。そしてこの病院の経営者、福原豪のことを調べていくうちにこいつが悪徳地方名士の全ての要素を持っている、それでさらに犯罪のにおいを感じた。これは放送で取り上げるほかない。そう思われたのでしょう。実際、この病院はひどいものですよ。いつでもどんな人間もこの病院の中を出入りできる。そしてこの病院の中で好きなことをして出ていける。そんなお粗末な管理体制の中で運営されているんです。もっとも福原豪の悪事を解明できるような重要に書類は厳重に保管されていますけどね。」

意外な人物から意外な言葉がするすると出て来るので四人は驚いた。相変わらず小沼は無言で歩いている。

「あっ、あの、」

村上弘明は思わずどもった。

「あの、小沼さんは自分の勤めている病院なのに何故そんなことを言うのですか。少なくとも小沼さんは雇われている身でしょう。そんなことが経営者の福原豪氏に知られたら困るのではありませんか。」

「いいんですよ。もうすぐ、私はこの病院をやめる身ですから。何を言ってもいいんです。それに退職金もくれないって言うし。」

小沼は相変わらず前を向いたまますたすたと歩いて行く。

「死んだ松田政男さんの捜査で警察がやって来たときもっと警察にいろんなことをぶちたまけておけばよかったと今になって思いますよ。松田政男が殺されたのも不思議じゃありませんよ。だってここに入ろうと思えば昼だって夜だって誰でも入れるんですからね。」

「松田政男さんと言いましたよね。」

吉澤ひとみが前を歩いている火星人に話しかけた。

「松田政男さんをよく知っているんですか。」

「もちろんですよ。ここで殺されたんですから。一部の人間はあれが自殺だなどと言っていますがあれは殺されたに違いありません。

自殺などするもんですか。」

「松田政男さんの弟で松田努くんという高校生がいるんですが、私たちの同級生なんです。彼は今、病気で入院しているんです。彼のためにも松田政男さんの不慮の死の原因を究明したいんです。」

吉澤ひとみは小沼に声が届いているかどうかわからないがとにかく言ってみた。

「そうでしょう。だから、あなたたちを松田政男氏が入れられていた病室に案内しようと思っているんです。」

小沼は幽霊のような声で答えた。

「松田政男氏は特別病室というところに入っていたんです。ここの建物を非常廊下でつながっている部屋です。」

小沼はこの建物のはじまで来ていた。建物のはじにはやはり灰色の鉄製の扉がついていてその上には停電のときに点灯する照明がスイッチの具合が悪いのか、つきっぱなしになっている。小沼はその灰色の鉄製の扉をあけた。動物園の裏などに動物を移送するとき通り抜けるようにしている通路があるが、ちょうどそんな感じだった。ただ救いは通路の両側には鉄格子がはまっているが窓がついていることだった。窓も開いているので窓からは針金細工のような雑木林の木の枝が見える。小沼は通路を通り越してさらに奥の部屋の突き当たりまでやって来た。

「ここが松田政男氏が入院していた部屋です。そして松田氏が殺された部屋でもあります。」

そう言って小沼はドアのノブに手をかけた。扉があけられると真四角な空間がそこにあった。

「写真を撮ってもいいですか。」

「どうぞ。」

滝沢秀明はシャッターを何度も押した。部屋の中は色彩のないビジネスホテルのようだった。ただし、掃除のされていない。部屋の中にはキャビネットとそれに付属している椅子、鉄パイプ製のベット、しかしそのベットには布団はなく、シマウマ模様のマットレスが無造作におかれ、そのマットレスの隅はすり切れている。ここに血痕はなく事件が起こってからすぐに掃除されたのだろう。しかしその後に掃除をされた形跡はなくほこりがずいぶんと積もっている。滝沢秀明はまたカメラのシャッターを何度も切った。

「ここで松田政男氏は殺されていたんですか。」

村上弘明はごくりとつばを飲みながら言った。

「警察は犯人が見つからないもんだからこのキャビネットの上に乗って自分から飛び降りたんだろうなどと言っていましたが、そんな自殺の仕方がありますか。たとえ事故だとしてもそんなことで命を落とすなんてことはありませんよ。」

「松田氏はここで死んでいたんですか。」

「ええ、ここのコンクリートの床の上に頭を打ち付けて血だらけになって死んでいました。」

何故かこの部屋の床はコンクリートの地肌が剥きだしのままになっていたが冬だったら寒いと思われる、しかし空調が入っているので寒くないのかも知れない。また夏は夏で空調のために涼しくすごせるのかもない。

「何故、警察は自殺かも知れないと判断したのですか。」

「この部屋を見ればわかるでしょう。入り口から見て左右に窓がついています。今、窓が開いている状態なので分かると思いますが窓の外には鉄格子がはめこまれていて窓をとおして外側から部屋の中に入ることはできないんですよ。もちろん中の人間が外に出ることもできませんし、それに松田氏の死体を最初に発見したのは看護婦なんですがその看護婦がいうことにはドアの鍵は確かにかかっていたという話だからですよ。」

松田政男が倒れていた場所の血痕はもう少しも残っていない。ひとみたちも固唾を飲んで小沼の話を聞いていた。

「でもですね。」

小沼は三人の方を振り向くとにやりと笑った。

「たとえ、松田政男氏が部屋の中に入っていて外側から誰かが部屋がしまっている状態でやってきて自分の持っている鍵であけて中で殺人を犯してまた鍵を閉めた状態にしておく、もしくは最初から鍵は開いた状態だったが松田政男氏を殺してまた鍵をしめておく。そうなら松田政男氏を殺した人物はすぐに特定できるわけですね。常識で考えればその部屋の鍵を持っている人間が何らかの形でこの事件に拘わっていると。」

「そういうことですね。あなたはその鍵を持っている人間のことを知っているのでしょうか。」

立ち止まってこちらを向いている小沼に向かって村上弘明は内心気味が悪いと思いながらも聞いた。そんな吉澤の感情が他の三人にも伝わっているのか、いつもならもっとおしゃべりな松村邦洋も黙っていた。すると小沼は急にポケットの中から鍵を取りだした。

「これが何の鍵かわかりますか。」

小沼は薄気味悪くにやりと笑った。

「この別棟に来る途中の横についている鉄扉があったでしょう。その鉄扉の扉の鍵なんです。その鉄扉をあけて下へ降りていくと死体の冷暗所があります。死体がくさらないように冷凍保存しておく部屋です。この市の中ではこんな立派な死体の保存所があるのはこの病院だけじゃないでしょうか。気味悪がらないでください。そんな部屋があったって、そこに死体があるというわけじゃないんですから。一体何があると思いますか。驚かないでください。ワインなんですよ。死体安置所の温度や湿度がワインを貯蔵するのにちょうどいいんですよ。そして私はその部屋の鍵を持っている。別にこの病院の施設の管理を任されているわけでもない私がですよ。単なる経理課長の私がですよ。ここの鍵の管理なんてこんなものなんですよ。誰だって松田政男氏の入っていた部屋の鍵なんてどうにもなるんですよ。」

「じゃあ、なんですか。松田政男氏を殺害する可能性のある人間はこの病院の中にはいくらでもいるということですか。」

「そうですよ。この問題点をあなたの番組でとりあげて頂けるように切にお願いしますよ。本当に理事長以下この病院の連中は最低の連中なんですから。」

小沼のK病院に関する批判はとどまるところを知らなかった。

「でも、なんでそんな病院に松田政男さんは入れられたんですか。」

今まで黙っていた吉澤ひとみが小沼に尋ねた。

「みんな理事長の福原豪の差し金ですよ。」

ちょっと言い過ぎたと思ったのか小沼は黙った。

「理事長の差し金と言うと。」

「よくあるじゃないですか。金を持っている親戚をその親戚たちが共謀してきちがいに仕立て上げて精神病院に入れてその人間の財産を自由にするというような。」

確かにそういう話は週刊誌などで出ることもある。しかし一昔前の話のような気もするが。

「じゃあ、松田政男さんが精神病の人に仕立て上げられてその持っている財産を誰かに奪われたということなんですか。」

吉澤ひとみが目をくりくりさせて小沼に尋ねた。滝沢秀明は半信半疑のような顔をしていた。小沼はその表情に少し不満げだった。

確かに松田政男氏は化学上の発見で特許を取って大金を持っていたということを全日芸新聞の人から聞いた。その特許を大金である製薬会社に売りつけたというようなことを言っていた。

「それですよ。」

小沼は相づちをうつだけでなく村上弘明の方を指で指し示した。この離れに抜ける方の廊下から何人もの人間が早足で歩いて来る音が聞こえる。

「その人を捕まえてください。逃がさないように。」

その言葉は小沼から発せられたのではなかった。小沼は明らかに狼狽していた。男二人に女が二人やって来た。この四人は白い白衣を着ている。明らかにこちらの方が小沼より医者のように見える。

「沼田さん、こんなところで何をしているんですか。あなた達は誰ですか。うちの患者さんをあまり刺激させないでください。」

男二人は医者のようだった。他の二人は看護婦のようだった。

「ベット患者は沼田さんしかいないようだし、あなた方はどの患者さんのご家族ですか。」

すでに二人の医師は沼田と呼ばれている小沼を捕まえている。

「あの、ちょっと待ってください。この人は沼田さんと言ってこの病院の経理を担当している人じゃないんですか。」

「あはははは、またこの人がそんなことを言いましたか。まあ、いいでしょう。くだらない。とにかく沼田さんを刺激してもなんだから、浅川くん、春日さんたちと一緒に沼田さんをつれて行ってくれる。」

もう一人の若い医師と二人の看護婦は沼田と呼ばれている小沼をつれて行こうとした。小沼は吉澤たちの方を向いてあかんべーをした。この新しい登場者の方が本当のことを言っているらしい。沼田は三人に抱きかかえられるようにして離れの廊下を今来た道の方を戻っていった。

「ここの事務長だと言っていませんでしたか。知らない人が来るといつもそうなんです。少し麻薬中毒が進行してああなってしまったんです。」

「ところで、あなた方は。失礼しました。ここで主任医師を務めている山本と言います。」

「あの人の案内でここまで来てしまったんですが、私は日芸テレビの村上弘明と言います。この三人は取材の助手です。」

三人は山本に向かって軽く会釈した。

「その日芸テレビさんが何故ここに。私はあなた方が来られるということは聞いていませんでしたが。」

「事前に連絡はしなかったんですが数ヶ月前にこの病院で殺人事件がありましたね。松田政男というここの患者が不審な死を遂げたという、その事件のことを調べるために訪問させてもらったんですが。」

村上弘明は本来のこの病院のゴミの不当投棄問題でなく違う問題が口から出たことが自分でも意外だった。建前としてはこの市の唯一の精神病院である病院の取材に来たと言おうと思っていたのだが。

最初からその問題のことを取り上げると、ことがスムーズにいかないと自分でも判断したのか黙っていることにした。しかしその方に何故自分の興味が強く行っているのか自分でも判断できなかった。それはここの主任医師の山本の方も同じようだった。

「松田さんの事件、あれはもう終わっているんでしょう。警察からもその後なんとも言ってきませんよ。」

山本は明らかに迷惑そうな顔をした。

「とにかく少し待ってください。」

山本は携帯電話を取り出すと片手で電話をかけた。

「もしもし、理事長ですか。今、日芸テレビの方が取材に来ているんですが、ここで亡くなった松田政男さんのことで取材に来ているそうです。あの、なんですか。ええ、ああ、そうです。ええ、ええ、ああ、わかりました。」山本はさかんに相づちを打っていた。電話を耳から離すとまたポケットの中に入れた。

「電話の様子でたぶん察しがついたと思いますが取材は勘弁してくれという話です。」

「今のは誰ですか。」

「理事長です。うちの病院の責任者である理事長がそう申しておりますのでとにかくお帰り願いますか。」

そう言われれば帰るしかなかった。警察のように捜査令状を持っているというわけではない。

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