第12話

第十二回

手術室

白い手術室のような部屋の中でひとりの男が手術台のようなものの上に寝かされていた。その男は黄金のマスクを被っていた。その男の周りには二人の手術着を着た男が立っていてその黄金の仮面の男の顔をのぞき込んでいた。黄金の仮面をかぶった男は栗の木団地のそばにある雑木林で松村邦洋と滝沢秀明を襲った男だった。その時老僧に顔を打たれたため黄金の仮面はへこんで老僧の拳の後がはっきりとついていた。二人の白衣を着た男はその黄金の仮面かぶった人物の首筋のあたりをいじくっているとその黄金の仮面は顔から少しうきあがった。その浮き上がった仮面と顔のすき間に指を入れると白衣を着た着た男はその仮面を外した。仮面をはずした男の顔には肉片はなかった。あるのは金属製の管や電線をつなぐためのコネクター、フレキシブルプリント基板、特殊な合成樹脂で固められたIC類だった。二人の男のうち一人の方が言った。

「どうやら内部に損傷はないようだな。早速データを解析してみよう。」

そう言ってその男はその仮面の中に隠された機械類をまさぐっていた。一つの四角い立方体の箱を取りだした。

「早速この記録装置の中にインプットされた情報を調べてみよう。」

そう言うと二人の男はその記録装置と呼ばれる立方体の箱を持って来てその手術室のような部屋を出ていった。そしてガラス張りの塵一つないような白い清潔な部屋へ行くとその四角い箱を端末装置につないだ。二人がコンソールボックスの前に座りキーボードを叩くとブラウン管の緑の画面には文字が走り始めた。その緑色のブラウン管に下から上に流れていく文字を見ながら二人はびっくりしたような表情をしていた。

「何と言うことだ。われわれの戦闘用アンドロイドの五倍以上の戦闘能力を持っているではないか。一体、あんな老人のどこにこれほどの力が蓄えられているというのだ。」

「全く信じられません。」

「あの古寺でわれわれの戦闘用アンドロイドと戦った若い方の二倍近い戦闘能力を持っているようだな。普通なら年をとるにつれてその能力は衰えていくことが自然の摂理だというのにどんな医学的な理由からか、あいつらはあれだけの力を持つことができたのだろうか。」

「まったくです。ほかにも彼らの仲間がいるのでしょうか。」

「そうだ。もう一人いる。こちらの方はまだ未完成で大部戦闘能力は落ちるようだが油断はできない。」

「あのS高校に通っている奴ですか。」

「そうだ。」

そう言って背の高い方の人物は椅子に腰かけた。もうすでにデータの解析はすっかり終わっていた。

「われわれの送ったRー7号は。向こうに気付かれていないでしょうか。」

「多分大丈夫だろう。まだ気付かれていないだろう。しかし用心に用心を重ねることは決して無駄ではない。」

「やはり彼らは羅漢拳と呼ばれる集団の一員なのでしょうか。」

「そうだ。われわれも彼らの存在をはじめは信じてはいなかったがやはり実在していたんだ。彼らはわれわれの最大の敵となるだろう。彼らの本拠を総攻撃しなければならない時が来るだろう。」

「一体彼らはどこに住んでいるのですか。」

「いや、それはわからない。しかし羅漢拳の歴史は正式に日本に仏教が伝来するよりもさらに以前のことなのだ。日本には大乗仏教のみが伝来したということになっているが中国から道教思想に基づく宇宙のエネルギーや時間をひっくるめた真理、それを道というのだが個人がそれと一体になることを究極の目標にするという考え方、それにより一個人が全宇宙を自分のコントロール下におくことができるという考え方があるのだ。その思想をもとにし、自らの肉体と精神を修業によって超人と化したものたちの集団なのだ。しかしそんな考え方でその力の一端さえ自分の手にした人間を一人でも探し出すこともできなかった。そんな人間は見たこともない。しかし実在していたのだ。あの老僧が指導者なのかもしれない。」

そう言ってその人物はカップの中についであったコーヒーを飲みほした。

「われわれのアンドロイドをもってしてもあの老僧も倒すことはできないのでしょうか。」

「多分無理だろう。今のままの形状、形では積み込むことできる人工筋肉にも限界がある。あれでサイズを十倍にすれば力で対抗できるがスピード、補修の点で問題が生ずる。今のサイズで分子間力の結合力を十倍にすることのできる化学物質を見つけることができればあの老僧を倒すことができるだろう。」

「伝達物質の濃度を十倍にして出力を十倍にすることはできないのですか。」

「だめだ。伝達物質の濃度を十倍にしてあのサイズだったら表面温度が千度近くなり立ったままが溶け出してしまうだろう。またそれ以前の問題として液体ヘリウムで冷却してその問題を解決してもジェネレーターは強大な磁気を発するので人工自我収納庫が破壊される。」

「そのために遮蔽板の超合金の開発を急いでいたのですか。」

「そうだ。そのために遮蔽板の開発が必要だったのだ。何らかの方法で人工筋肉の出力を十倍に出来れば問題はないが。」

その時部屋の扉が開いてもう一人の部下が入ってきた。

「総統、調査の結果がわかりました。手短に結果だけ述べますとあの若い僧が古寺にやってきたのはわれわれが松田政男を殺したすぐ後のことです。」

「そうか分かった。その調査はあとでゆっくり目を通すことにする。下がってよろしい。」

そう言うとその男はその部屋を退いた。

やはりそうか松田政男を殺したことと羅漢拳には何か関係があるに違いない。

「閣下、人工筋肉の増強のことは何も分からないですか。」

「ああ、研究成果を失ってしまってその化学変化の時のポテンシャルエネルギーが何型になるのか。型を選ぶときの要因が分からないのだ。しかしそれらの問題をクリアーすればジェネレーターの出力も人工筋肉の出力も十倍にあげるられる。そしてそれらが自己修復機能さえ持ち始めるかも知れない。」

「その型は完成していないのですか。」

「いや、それに近いものはどこかで完成しているはずなのだ。ただ、今の所、われわれがそれを見付けることができないと言うことなのだ。」


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