第41話 ストーキングのよさを知る?

 ○月○日


 さっちゃん先輩に愛されているのはわかってるけど、やっぱり他の子を見てほしくないな。

 さっちゃん先輩が好きなのは私だけ。

 それは、わかってる。わかってるけど……目の前で楽しそうにされると……ね。

 やっぱり嫉妬とか、ちょっとしちゃうよね。

 あ、やばい。また調子悪くなってきたかも。ストレス溜めるのはよくないね……


 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。


 ☆ ☆ ☆


 帰り道でも、華緒と恋人繋ぎをしながら歩く。

 女の子同士ならこういったスキンシップも、女の子は距離が近いからで片付けられて変な視線を感じずに済む。

 ……まあ、実際の二人はそんな言葉で片付けられるような間柄ではないのだけど。


「今日は怒られるのを覚悟で学校に行ったんですけど……大事になってなくてよかったですね……」

「そうなのですよね。先生から『次はしないように』っていわれただけだったのでほんとに助かったのです」


 無断欠席をしてしまった二人は怒られるのを覚悟で学校に向かったのだが、幸いそれほど怒られずに済んだ。

 普段の行いのおかげだろう。

 多分この先もうやらないから安心だ。……多分。


 それはいいとして、華緒はまだ少し元気がないようだった。

 時々ふらつくし、笑顔にも力が入っていないようだから。

 まだ休んでいた方がいいのではないかと思っていたのだが、「さっちゃん先輩と少しでも長く一緒にいたいので!」といわれてしまって、沙友理はもうなにもいえなかった。


「ふぅ……今日も無事に終わってほっとしたので――あ」

「ん? どうしたんですか?」

「ふふっ、こんなすぐ簡単に再会できるものなのですか……」

「え、だからどうしたんです?」


 沙友理が突然吹きだすと、華緒はわけがわからず混乱する。

 沙友理の目に映っているのは、紫髪の少女。

 道に迷っているのか、やたらとキョロキョロしている。


「美久里ちゃん……!」

「え? あ、沙友理さん……!」


 声をかけてみると、やはり沙友理が思っていた通りの人物だった。

 その人物は、ゆるキャラのようなほわほわした猫のイラストが描かれた、白色のパーカーを着ている。

 パーカー好きの沙友理としては、それをどこで買ったのかぜひとも訊いてみたいところだ。

 だが、隣には小首を傾げている華緒がいるから、説明をしなくてはならない。


「あ、紹介するのです。この子は美久里ちゃん。いっちゃんのカメラを届けに来てくれた子なのですよ」

「なるほど。えっと、美久里さん? ありがとうございます」

「あ、いえ、いいんです……お礼なんて……」


 相変わらず、咄嗟に謙遜してしまうようだ。

 わたわたと慌てふためくから、こっちが悪いことをしているみたいだ。

 美久里も悪いことをしていないけれど。


「で、さっちゃん先輩はどうして笑ってたんです?」

「え? あー、それは……こんなすぐに再会できるなんて思ってなかったので……つい」

「ふーん……」

「ん? いっちゃんどうしたのですか? なんだか顔が怖いような……」

「……別に。なんでもないです」


 なんでもありそうな表情だ。

 明らかに不機嫌になっている。

 唇をとがらせ、眉根をよせて、沙友理から目をそらす。


 これは多分、拗ねているサインだろう。

 こんな時は、華緒にどうしたらいいか。

 沙友理はわかっているつもりだ。


「いっちゃん、大丈夫なのですよ。わたしはいっちゃんしか好きじゃないのですから」


 そういって、華緒の頭を優しく撫でる。

 途端に華緒の表情が柔らかくなる。

 どうやら正解だったようだ。

 華緒は猫のようにごろごろ喉を鳴らし、すりすりと擦り寄ってきた。


「あ、えと、仲良いんですね……」


 美久里は少し引きつったような笑みを浮かべている。

 突然イチャつきだした沙友理たちに引いているように見えた。


「あ、なんかごめんなさいなのです……こんな近くで見せられたら戸惑っちゃうのですよね……」

「ふぇ? え、あ、その……本当に仲がいいんだなって……羨ましくて……まあ、確かにちょっと戸惑いましたけど……」

「羨ましい……のですか?」


 羨ましいだなんて、今まで一度もいわれたことがなかった。

 星花女子学園には女の子同士のカップルがそこらじゅうにいるから、みんなそれが普通になっているのかもしれない。

 べたべたイチャついているカップルの方が多いし。


 むしろそれが当たり前だと、一種の錯覚のようなものを感じていた。

 だが、目の前の女の子はそんな世界で生きているわけではない、ごく“普通”の――


「はい。私もいつか、そんなふうに仲よくできるような相手を見つけたいなって思いまし――」

「あ、いたー! どこ行ってたの、おねえ!」


 美久里がいいおわらぬうちに、何者かがこちらに近づいてきた。

 その人物は、美久里と同じ紫色の髪を持っている。

 だが、美久里よりも長く、ゆるくふわっとカールしている。

 目付きが少しするどい。


「あ、美奈……」

「おねえ、また道に迷ったの? ほんと子どもみたいなんだから」

「え、ごめん……なんか似たような建物が多くて……」

「ほら、こっちだから早く行くよ!」

「え、あ、ちょっ……!」


 そんなこんなで、美久里とお別れした。一方的に。

 なんだか自分たちのイチャイチャを見せつけただけで終わって、沙友理は少し申し訳ない気持ちになった。


 だけど、沙友理は少し収穫があった。

 美久里は多分、“こっち側”の人間であると確信できたから。

 美久里なら、“そういった相手”をすぐに見つけられるだろうと思ったから。


「ただの勘、なのですけどね」

「ん? なにかいいましたか?」

「なにも。さ、帰るのです」

「え、あ、はい……?」


 沙友理はどこか得をした気分で、うきうきしながら家に帰った。

 沙友理は上機嫌だったが、華緒はどうだっただろう。

 こういうことがあったからなのか関係ないのかわからないが、この日を境に華緒は学校を休みがちになった。

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