第42話 ここからが本当のはじまり?
○月○日
今日も学校休んじゃったな……
体調もメンタルも今弱ってるから、さっちゃん先輩に会いたい。
好きな人がそばにいてくれて、ぎゅーってしてくれるだけで幸せなのに。
でも、風邪移しちゃうのは悪いし……
はぁ……最近ストーキングもできてないし、ついてないなぁ……
――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。
☆ ☆ ☆
「やあ、沙友理ちゃん」
「あ、ナオくん……!」
沙友理がいつも通り教室の扉を開けようとすると、黒髪ショートのボーイッシュ少女――ナオくんが声をかけてきた。
相変わらずキラキラ輝いていて、直視できないくらいまぶしい。
しかし、なぜこうもナオくんはタイミングがいいのか。
ちょうどナオくんに相談したいことがあったのだ。
「なにか言いたそうな顔をしているね」
なんでもお見通しというわけか。
どうしてナオくんはこうも洞察力がするどいのだろう。
こうなってしまっては、沙友理に選択肢はない。
「じ、実は――」
「――なるほどね」
沙友理はナオくんに本当のことを明かした。
華緒がストーカー兼盗撮魔だったこと。そして沙友理も少しだけストーキングをしたこと。それでもお互いラブラブなこと。
「惚気かな?」
「ち、違うのです! た、確かにそんな感じに聞こえちゃうかもしれないのですけど……」
「で、沙友理ちゃんはどうしたいの?」
「ど、どう……なのですか……?」
どうしたいのかと言われても、すぐには答えられなかった。
華緒のことが大好きでストーキングしたいと思うけど、華緒のことを本当に好きなら、ストーキングなんてやめた方がいいのではとも思っているから。
そんな相反する気持ちがあって、自分で気持ちの整理がつけられないでいる。
だからこそナオくんに相談したのだが、そこまでは読めていないのだろうか。
「うーん……私がなにか言ったところで決めるのは沙友理ちゃん自身なんだし。まあ、私にできることがあればなんでもするからさ」
「そ、それは嬉しいのですけど……」
「……そうだよね。そんなに簡単に決められないよね。だったらさ――」
そういって、ナオくんがゆっくりと近づいてくる。
見慣れているはずのその顔が、なぜか知らない人のように見えて怖かった。
沙友理の知らない一面を見せられているようで……すごく不気味だ。
ナオくんは、一体なにをしようとしているのだろう。
背の高いナオくんと、背の低い沙友理。
そんな対象的な二人。なにかをするというのなら、ナオくんの方が圧倒的に有利だ。
「ナ、ナオくん……?」
かろうじてでた声は震えていた。
脚も震えていて、力が入らない。
思わず後ずさりするも、なにかにつまづいて転んでしまう。
なおもゆっくり近づいてくるナオくんに恐怖を感じ、沙友理は目を瞑った。
「――自分に正直になった方が楽しいんじゃないかな」
「……はぇ?」
ナオくんは優しく微笑みながら、沙友理に手を伸ばす。
その顔にはもう、なんとも言えない怖さはなかった。
いつもの人当たりのいい笑顔があるだけだ。
そんな変化についていけず、沙友理は困惑する。
しかも、優しい言葉までかけてくれた。
一体さっきの威圧感みたいなものはなんだったのか。
沙友理の気のせい、ということも有り得る。
「自分が本当に『これをしたい』って衝動に駆られてしまうこと、したらいいんじゃないかな。沙友理ちゃんはちょっと遠慮がちなところがあるみたいだからね。たまには本能のままに行動しちゃいなよ」
そう言い終えると、沙友理の手を引っ張って起こしてくれる。
ナオくんはいつになく真剣そうな表情をしていた。
沙友理もそれにつられて、真剣な顔を浮かべる。
「ありがとなのです、ナオくん。わたしはきっと、自分に蓋をしていたのですね……」
そう言うやいなや、すぐさま沙友理は駆けだす。
自分のすべきこと――したいことを見つけたから。
もうスピードで視界から消えていった沙友理を見つめていたナオくんは、
「……もし上手くいかなかったらどっちかを食べちゃおうかと思ってたんだけど……残念だなぁ」
そんな意味深な言葉をつぶやいた。
ナオくんの言葉を拾えるわけもなく、沙友理はただ必死に華緒の元へ走る。
沙友理は覚悟が決まった。
自分のためになにかしようと思ったのは、これがはじめてといっても過言ではないかもしれない。
……いや、理沙と仲直りした時は自分中心だった。
まあ、それはともかく……と沙友理は今のことに目を向ける。
自分がなにをしたいのか、沙友理は自分の気持ちに向き合うことにした。
「はぁ……はぁ……着いたのです」
もうしないだろうと思っていた無断欠席をしてしまい、少しだけ申し訳ない気持ちになってしまう。
だが、こんな衝動を止められるわけがない。
沙友理は――
「いっちゃんの全てを見て、全てを写真に残して、文字にもしていきたいのですね……」
いつの間にかヤンデレ思考に染まっていた沙友理。
しかし、自分ではそれに気づいていない。
気づいていたとしても、その思考を簡単に消すことはできないだろうが。
そんな時、華緒の家の中からおばあさんが出てきた。
「じゃあ、私は出かけるけど……また調子悪くなったら言うんだよ。ただの風邪みたいだけど……」
「わかってるよ。いってらっしゃい」
心配そうなおばあさんを、華緒は笑顔を浮かべながら送りだす。
おばあさんも華緒も沙友理には気づいていないようで、しばらく話し終えたあと、おばあさんは出かけて華緒は家に引っ込んでいく。
ここからが本番だ。
沙友理はスマホを取りだし、家の中が見えやすい位置に移動する。
ニヤリと笑って、シャッターを切った。
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