第28話 誰かは一人じゃなきゃいけないの?
○月○日
さっちゃん先輩、ものすごいスピードで帰っていったな……
私が声をかける暇もないくらいに。
何か急用でもあったのかな。
まあ、今日は私もバイトあるからどうせ一緒に帰れないけど……
うーん……せめて「また明日」くらいは言い合いたかったなぁ。
――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。
☆ ☆ ☆
「ねーちゃん……」
「理沙……」
沙友理は、今理沙に迫っている。
鬼気迫る表情で、何か大きなものを望むように。
有無を言わさぬ態度で、理沙を壁際に追い詰める。
「わたしは、理沙と仲直りがしたいのです!」
両手で壁をドンッと叩き、逃げ場をなくす。
逃げ道を全て塞がれてしまった理沙は、ただ沙友理の顔を見ることしかできない。
理沙の顔からは、恐怖感と少しの期待が感じられた。
それは、沙友理の願望から来るものだったのかもしれない。
でも、それでも、一縷でも望みがあるのなら――
「理沙は、このままでいいのですか!?」
「うっ……そんなの……あたしだってわかんねーよ……」
沙友理がそう叫ぶと、理沙は小さな声でぽつりと零した。
眉間に皺が寄っていて、本気で悩んでいることが窺える。
「あたしはねーちゃんと華緒さんが仲良くしているのを見てると胸が苦しくなるし、近づいたら引き離しそうになりそうで……そんなことしたくないから、つい意地張っちゃって……」
どうやら沙友理が思っていた以上に、理沙は沙友理のことを大事に思っているらしい。
妹に我慢を強いるなんて、姉失格だ。
沙友理は自分を責め、代わりに理沙の頭を優しく撫でる。
「気づかなくてごめんなさいなのです。あと、わたしのこと気にしてくれてありがとうなのです」
「え……いや、感謝されるほどじゃ……」
沙友理の呟きに、理沙が顔を大きく変化させて叫ぶ。
最初はなぜ理沙がそんなに大きな反応を取るのかわからなかったが、どうやら言葉が足りなかったらしい。
「あ、もちろんみんなで付き合おうってわけじゃないのですよ??」
「だ、だよな……びっくりしたよ……」
沙友理が言葉を付け足すと、理沙が肩をなでおろした。
やはりそこで誤解を生んだらしい。
沙友理は再び反省する。
そして、言いたかったことを今度こそ正確に伝えた。
「わたしは、みんなと仲良くしたいのですよ。いっちゃんとは恋人として、理沙とは姉妹として。それじゃあ、だめなのですかね……?」
最後は不安になったのか、理沙に問いかけるようにして言う。
そんな不安そうな沙友理の様子を察した理沙は、諦めたように笑う。
「ねーちゃんはほんといじわるだな」
どこかで聞いたようなセリフを吐いて、沙友理の頬を軽くつんつんする。
これは以前、華緒に言われたセリフだ。
沙友理はつんつんされながら、そのことをぼーっと振り返っていた。
「そんなこと言われたら、仲良くするしかねーじゃんか」
「そ、それじゃあ……!」
「……あぁ。これからもよろしくな、ねーちゃん」
理沙はつんつんするのをやめ、軽く自分の頬をかいて言う。
やっと自分の願いが叶い、沙友理は思わず理沙を抱きしめた。
「よかった……ほんとによかったのです……」
「うぐ……苦しいからやめろよ……せっかく諦めようとしてんのに……」
不満そうな言葉を口にしているものの、どこか嬉しそうでもある。
沙友理の背中をぽんぽんと優しく叩き、遠くを見つめるような目で呟いた。
「いつまでも過去に囚われてるのは、あいつにも申し訳ないしな……」
沙友理は関係が戻ったと思っているが、理沙は関係が戻ったと思っているが、理沙は関係が変わって前進できたと思っている。
これでもう、お互い傷つけることはないだろう。
二人が安心していると、そっと二人を見守る影が揺らめいた。
「あー……そろそろ大丈夫そうかな?」
「お父さん! もう大丈夫なのですよ!」
「てか見てたのかよ……」
その影は二人のお父さんだった。
お父さんは娘たちが抱き合っているのを見て、安堵したような表情をしている。
……いや、若干息があがって興奮しているようにも見えるが。
「そりゃよかった。二人がぎくしゃくしてるのはなんとなく知ってたからどうしたもんかと思ってたけど……ほんとよかった……ところで記念に写真撮らないか? 二人はそのままのポーズでいてもらっていいからさ」
「……おい、それとーちゃんの願望だろ……」
「ありゃ、バレちゃったか」
「とーちゃんの好みは嫌でもわかっちゃったからな」
「ほほう。それだけお父さんのことが好きなんだなー。いい娘だ」
「しばくぞ、とーちゃん」
終始楽しそうなお父さんと終始殺気を漂わせている妹を見ていて、沙友理はいつもの日常が戻ってきたと思って微笑んだ。
最近色々なことがあったけど、家族とは円満なままでいたい。
沙友理はそんな小さくて、でも途方もないような……そんな願いをずっと叶え続けていこうと思った。
「――じゃ、仲直り記念にケーキでも焼くか!」
「えー、市販の方がいいなー」
「酷くないか!?」
「せっかく手作りしようと思ったのに……」とぼやいているお父さんに、「はよケーキ屋連れてけ」と続いていく理沙。
それを見ているだけでも、沙友理は胸が暖かくなった。
これが日常で。
失いたくなくて。
だから、これでいいと思っていた。
『さっちゃん先輩、お話があります』
華緒の話を、聞くまでは。
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