第29話 愛は時に人を傷つける?

 ○月○日


 やっとさっちゃん先輩に打ち明けることができた。

 さっちゃん先輩も受け入れてくれたし、すごく嬉しい!

 ほんとに、さっちゃん先輩を好きになれてよかった。

 こんなにいい人なんだもん!

 じゃあ明日から……早速やっちゃおうかな……


 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。


 ☆ ☆ ☆


「……いっちゃん、話ってなんなのですか?」


 沙友理は華緒に呼ばれ、華緒の家の前まで来ていた。

 華緒は何やら神妙そうな面持ちをしている。

 どうやらよほど深刻な話らしい。

 ということは、まさか……


「もしかして、わたし振られるのですか……?」

「えっ!? そんなつもりは微塵もないですけど!?」

「そ、それならよかったのです……」


 沙友理が捨てられた子犬のような顔をすると、華緒は必死で誤解を解こうとする。

 その様子が本気っぽかったため、沙友理はほっと安堵する。

 しかし、それでないなら、一体どんな話なのだろうか。


「じゃあ、なんでわたしを呼んだのですか……?」

「……そ、それは……さっちゃん先輩には、話しておいた方がいいかと思いまして……」


 何か重要な話でもあるのだろうか。

 鈍感な沙友理にも、華緒が言いにくそうな話をしようとしていることは伝わっている。

 沙友理は、華緒が話してくれるのをじっと待った。

 やがてそんな雰囲気に耐えられなくなったのか、華緒が口を開いた。


「と、とりあえず私の家にあがってください。話はそれからしますので」


 華緒に促されるまま、沙友理は華緒の家にあがった。


「私の部屋に案内しますね……」


 華緒はそう言いながら、手を少し震わせている。

 よほど勇気がいる話らしい。

 沙友理は内心「頑張れ」と、華緒の頭を撫でた。


「大丈夫なのですよ。たくさん時間かかっても、わたしは待ってるのですから」

「さっちゃん先輩……」


 沙友理の優しさに、華緒の震えが弱まったようだ。

 割といつも通りな感じに戻った華緒は、落ち着いた様子で沙友理を案内する。

 華緒はいざという場面に弱いようである。

 そんな短所な部分も含めて、キュンと胸が苦しくなるような幸福感を覚えるのは、やはり華緒のことが好きだからだろうと思う。


「ここがいっちゃんの部屋なのですか……」


 家の外観からして『ザ・和風』という雰囲気が漂っていたが、中もそう変わらない。

 年季が入っているが、古臭くない。

 相当大事にされてきたのだろうと感じる。

 畳のいい匂いが漂っていくる。


「落ち着くのです……」

「そうですか? 私は洋風の方が好きなんですけど……さっちゃん先輩にそう言われて悪い気はしませんね……」


 沙友理は目を閉じて、空気をいっぱい吸い込みながら言う。

 そうすると、華緒は嬉しそうに赤面する。


「おおー、わたしが使ってる化粧品もたくさんあるのですね」

「あ、はい。さっちゃん先輩のことはよく知ってますから!」


 ふふんと手を腰に当てて自信満々な華緒を見て、沙友理は笑った。


「ふふふ、さすがいっちゃんなのです」

「えへへ……あ、そうだ。そろそろ本題について話しますね」

「わかったのです」


 華緒が適当に座ると、沙友理もそれに倣った。

 だんだんと華緒の表情が真剣になってきて、沙友理は身構える。

 何を言われても驚かないようにするため、ある程度のシミュレーションをしておく。

 沙友理が色々考えていると、華緒が口を開いた。


「あ、あの……実は私、その……加虐趣味があるといいますか……えっと、端的に言えばSってやつなんですけど……」

「ふむふむ、なるほどなのです」

「んと、それで……好きな人ほどいじめたくなるといいますか……さっちゃん先輩のこともいじめたくなるといいますか……」

「ふむふむ……え?」


 真剣に話を聞いていた沙友理だが、だいぶ気になる部分があり、そこを放っておくことが出来なかった。

 だから、ずっと縦に振っていた首が止まる。


「えっと……わたしをいじめたくなるっていうのは……どういう意味なのですか……?」

「そ、そのままの意味ですよ……さっちゃん先輩のこと痛めつけたりしたくなっちゃうんですよ……普段は抑えてますけど……」


 思ったよりも意味のわからない話をされて、沙友理は戸惑った。

 しかし、引くほどではない。それには沙友理自身も驚いた。

 だが、問題はそこではないのだ。


「痛めつけたりしたいって……具体的にはどんな……」

「そうですね……痛めつける行為そのものが好きというよりも、私は相手が痛がってる顔とか様子が好きなので……特にこれと言って具体的にはないですね……」

「そ、そうなのですか……」


 沙友理は悩む。

 華緒のことは好きだけど、痛いのは苦手だ。

 痛いのは苦手だけど、華緒のことは大好きだ。


 華緒が今まで我慢してきたというなら、今度は沙友理が妥協する番なのかもしれない。

 好きならば、それくらいはすべきだろう。

 沙友理はそう考え、腹を決める。


「いっちゃんがしたいなら、いいのですよ。痛いのは苦手なのですが……」

「ほ、ほんとですか!?」

「あ、でもほんと、お手柔らかにお願いしたいのですけど……」

「もちろんです! えへへ、嬉しいなぁ……」


 沙友理に受け入れてもらえて、華緒は心の底から嬉しそうな顔を浮かべた。

 それだけで、沙友理は満足する。

 華緒が幸せなら、沙友理も幸せなのだ。

 だから今は、それでいいのだ。


 その先にどんな苦痛が待っていても、華緒が望むならそれがいい。

 ……襖で仕切られたその奥に、大量の写真が眠っていることを知らずに、沙友理は呑気にそんなことを考えていた。

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