第27話 修復するのは難しい?
○月○日
さっちゃん先輩に頭なでなでされちゃったぁ……
さっちゃん先輩の手、ちっちゃくて柔らかくて優しかったな……
なんか幸せすぎて怖いくらい。
さっちゃん先輩にとってもっと魅力的な自分でいたいから、自分磨き頑張ろう!
それでもっと好きになってもらうんだ!
――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。
☆ ☆ ☆
「うむむ……人間関係って難しいのですね……」
「何か悩み事ですか?」
「うひゃっ!? び、びっくりしたのです……」
登校しようと、玄関の扉を開けながら独り言を呟いた沙友理。
思わぬ声かけにビクッと飛び上がった。
まさかドアを開けた瞬間に彼女がいると思わなかったから。
もしかして、ずっと待ってくれていたのだろうか。
寒さのせいか、華緒の鼻が赤くなっている。
「あ、驚かせてしまってすみません……一緒に登校したいなと思いまして……」
華緒はもじもじと身体を揺らしながら、沙友理の様子を窺う。
彼女だし、向かう場所は一緒だから断る理由はなかった。
「いいのですよ。誰かと一緒にいたい気分でもあるのです」
「よかったぁ……じゃあ行きましょう!」
華緒はうきうきした様子で、ナチュラルに沙友理の手を取った。
距離感が縮まったからか、華緒は前よりもだいぶ積極的になっている気がする。
沙友理はそれに関して驚きはしたものの、嫌だとは思わなかった。
むしろ“恋人”になったのだから、それで当然だと思った。
「いっちゃんはほんとにわたしのこと好きなのですね〜」
「えっ!? と、当然じゃないですか! ずっとさっちゃん先輩を目で追いかけてましたから……!」
「ふふふ、嬉しいのです」
好きな人にすごく想われている、これ以上に幸福なことを沙友理は知らない。
だから浮かれて、気分が舞い上がって忘れてしまったのだと思われる。
昨日の理沙とのやり取りを。
「さっちゃん先輩はこうしてほしいとかありますか?」
「え? なんの話なのですか?」
しばらく二人で他愛もない話をしながら歩いていると、華緒が唐突に聞いてきた。
「せっかく恋人になれたので……して欲しいことがあれば出来る限り応えたいなと思っていて……」
「あー、なるほどなのです」
ちらちらと、何か期待するような目つきで沙友理の顔を見る華緒。
華緒は何かして欲しいことでもあるのだろうか。
しかし、沙友理は何も思いつかない。
「うーん……こうやって一緒にいられるだけでわたしは満足なのですよ」
だから、沙友理は思ったことを口にしてみた。
すると華緒は、目を大きく見開いて固まる。
「さっちゃん先輩はほんとすごいですね……尊敬します……」
「そ、そうなのですか……? わたしは両思いってだけでものすごく嬉しいのですけど……」
「そういうところですっ!!」
「え、な、なんで怒られてるのですか??」
華緒に怒られながらも、楽しそうにしている沙友理。
こういう何気ない日常も、華緒といるから楽しいのだと沙友理は思った。
好きな人に想われて、一緒にいられて、こんな風に笑い合う。
それだけで満足だった。
「でも……私はわがままなので……さっちゃん先輩に負担かけないか心配です……」
「そうなのですか? 全然そうは見えないのですけど……」
「あー……普段はそれなりに抑えているんですよ。毎日さっちゃん先輩のこと見れるだけでも嬉しいですし……」
「え? 毎日……?」
しかし、沙友理の戸惑いの声には答えず、華緒は続ける。
「でも、ずっと一緒にいることが当たり前になったら、今度は別の欲求とか願いとか出てきそうで怖いです……」
華緒がかつてないほど身体を震わせている。
本当に、沙友理に嫌われることを恐れているようだ。
それほどまで沙友理のことが好きらしい。
沙友理はにっこりと笑い、背伸びして、華緒の頭を優しく撫でる。
「そんなことないのですよ。わたしはどんないっちゃんでも大好きなのですから」
優しく包み込んでくれるような温かい言葉に、華緒はポロポロと涙を流した。
「えっ! ど、どうしたのですかいっちゃん! わたし、何か変なこと言ったのですか!?」
慌てふためく沙友理に対し、華緒は泣きながら口角を上げている。
その顔はとても美しく、可憐で、聖女のようだった。
「ありがとうございます、さっちゃん先輩」
そんな綺麗で思わず見とれるような笑顔を見ていて、沙友理はふと別の人のことを思い出した。
そういえば、朝から妹と顔を合わせていない。
このまま疎遠になってしまうのだろうか。
それだけは嫌だった。
沙友理は仲がいいと思っていたから、その関係が壊れてしまうのが嫌なのだ。
「なんとかしなくてはならないのですね……」
「え? 何か言いました?」
「んー? なんでもないのですよー」
「わわわ! 髪が乱れるのでそれ以上強くしないでくださいいい!」
華緒と少し激しめのスキンシップを堪能している時、遠くの方から理沙の視線を感じた。
それはすごく冷めていて、身体が凍りつくようだった。
それほどまで溝は深いらしい。
なぜこんなことになってしまったのかまだよく理解できていないが、早いうちになんとかしないと手遅れになってしまう。
「待っていなさいなのです、理沙」
きっと、いや絶対、また仲良し姉妹に戻ってみせる。
沙友理はそう決意しながら学校へ向かった。
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