第26話 お父さんがやばい?

 ○月○日


 へぇ、ちょっと妹さんとの距離が離れてきたみたいだね。

 さっちゃん先輩は嫌だろうけど私は嬉しい!

 さっちゃん先輩は私だけのものなんだから。

 それにしても、あの子はさっちゃん先輩が好きだったんじゃ……?

 まあ、ライバルが減ったのはいいことだよね。


 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。


 ☆ ☆ ☆


「ただいまなのですー!」


 沙友理はとてもいい笑顔を浮かべながら、帰ってきたことを報告する。

 今日は自分の気持ちに気づけて、華緒との仲を急速に縮ませることができたのだから。

 すごく気分がよかった。


「お、おかえり。なんか嬉しそうだね?」


 沙友理が頬を緩めっぱなしでいると、エプロンをつけたお父さんが出迎えに来た。

 いつもと違う娘の様子に目ざとく気づくお父さん。

 そんなお父さんの問いかけに耐えきれず、沙友理は花を咲かすような笑顔で笑顔の理由を語った。


「わたし、やっと“好き”がわかったのですよ」


 その言葉を聞いたお父さんの目付きが、一瞬にして変わる。


「……もしや、お前に彼氏が……?」

「彼氏ではないのですよ?」

「え?」

「え?」


 沙友理とお父さんは、お互い困惑して固まってしまう。

 しかし、勘のいいお父さんはすぐに察した。


「昔告白されたのも女の子だって言ってたし……まさか!?」

「そうなのです。素敵な彼女ができたのですよ」


 沙友理が無意識に惚気けるのを聞いて、お父さんはあまりの尊さに膝から崩れ落ちた。

 結構大柄でガシッとしているせいか、地震かと疑うほどの揺れを生み出す。


「そうか……百合はいいものだな……もっと言えば理沙とくっついてほしかったが……それは仕方ない……」

「今なんかとんでもないことを聞いてしまった気がするのです……」


 なぜか涙を流しながら呟くお父さんを、沙友理は引いた目で見る。

 自分たちがそういう目で見られていたことに驚きを隠せない。

 しかし、もっと驚くようなことがお父さんの口から漏れた。


「でも、さすが姉妹……なのかな。理沙も親友に告白されて付き合うことにしたって言ってたし……」

「え、そうなのですか!?」


 それは驚きだ。

 タイミングがよすぎやしないだろうか。


「――そうだよ」


 沙友理が驚いていると、部屋から理沙が出てきた。

 その目はいつも沙友理に向けているものよりも、はるかに冷たかった。

 理沙はその目のまま口を開く。


「親友とはそういう関係になってもいいかなって思ってたし。……まあ、いいタイミングかやって」

「そ、そうなのですか……理沙はその子のこと“好き”なのですね」

「……そんなのはどうだっていいだろ」

「え……?」


 二人のやり取りが少し不穏になってきたところで、お父さんが話を変える。


「そ、そうだ二人とも。今日はパンケーキを焼いてみたんだ。上手くできてるか見てくれないか?」


 お父さんは二人の背中を押し、リビングへと連れていく。

 その間、二人が目を合わせることはなかった。

 沙友理は気まずそうに、理沙は不機嫌そうにしていた。


「さあさ、存分にお食べ」

「おばあさん口調をとーちゃんがやるときもいんだけど」

「きも……!?」


 理沙の言葉にお父さんが静かに傷ついていると、理沙の表情が少し明るくなる。

 その様子を見て、沙友理も嬉しくなる。

 理沙がなぜ不機嫌そうだったのかはわからないままだが、今は聞かないことにした。

 触れられたくないこともあるだろうから。


「お、うま……!」

「美味しいのです!」


 二人はほぼ同時に声を上げた。

 ふわふわした食感になめらかな口どけ、ほんのりとした甘みが口いっぱいに広がる。


「とーちゃんが料理上手なのは知ってたけど……菓子もこんな美味く作れるんだな……」

「すごいのです! お父さんのこと尊敬するのです!」


 娘二人にべた褒めされたお父さんは、天を仰ぐような格好で固まった。

 そして、「おお、神よ……」となぜか神様を崇め奉っている。


 沙友理と理沙は目を合わせ、そして二人で笑い合った。

 さっきまでのことがなかったかのように、いつものような微笑ましい光景が生み出される。

 しかし、お父さんはそれに気づいていないのか、まだ同じポーズのまま動かない。

 二人は石像と化したお父さんを放置し、二人で黙々とパンケーキを食べ続けた。


「はー、美味かった……」

「おなかいっぱいで夜ご飯入らないかもなのです……」


 理沙は満面の笑みを浮かべ、沙友理はお腹を押さえて呟く。

 いつものような雰囲気が戻ってきたと感じたところで、沙友理は我慢しきれず勇気をだして訊いてみた。


「あ、あの……理沙、何かあったのですか……? すごく変だったのです……」


 そう言われた理沙は、申し訳なさそうに下を向く。

 何かを我慢しているように、肩を震わせている。


「ねーちゃん。ねーちゃんがあの人を選んだのなら、もうあたしはねーちゃんと仲良くすることはできねーよ」

「な、なんでなのですか!? 理沙もいっちゃんと仲良くしてたじゃ――」

「誰かを選ぶってことは! 誰かを選ばないってことなんだよ!」


 理沙はそれだけ叫ぶと、困惑している沙友理を置いて自分の部屋へ戻っていった。

 沙友理はわけがわからず、石像のお父さんと一緒の空間に取り残されることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る