第3話 こういうのが好き?

 ○月○日


 よかった。ちゃんと見つかった。データもそのまま残っててホッとしてる。

 誰にも触られてなかったようだなぁ……すごく安心した。

 これでまたさっちゃん先輩を尾行することが出来るぞ!

 あー、そろそろハードディスクもいっぱいになってきたし、新しいハードディスク買い足さなきゃ。

 思い切って高いやつ買おうかなぁ!


 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より


 ☆ ☆ ☆


「ねーちゃん、どったの?」

「え? あー……それが、今日帰る時に見つけたものがまだ少し気になっているのですよ」

「見つけたもの?」


 沙友理が何やら難しそうな顔をしていると、妹の理沙が心配そうに沙友理の机に駆け寄ってきた。

 妹の心配を無下には出来ず、わけを話す。


「わたしが写ってる写真が収められた一眼レフなのですけどね」

「なるほどなるほど。――って、それはどういうことだ!?」


 一瞬普通に聞き流そうとしていたが、無視できなかったようだ。

 沙友理の言っていることが本当だとしたら、それはもはや犯罪である。

 理沙は固定電話の方へ向かって走る。そして受話器を取ろうと――


「な、何してるのですか!?」

「決まってんだろ! そいつを通報するんだよ! ってか離せよ、ねーちゃん!」


 ――していたのだが。

 沙友理によって止められてしまった。

 小学生の理沙では、高校生の沙友理の力にはどうしても勝てない。

 理沙は早々に諦め、沙友理の話を聞くことにした。


「……ふぅ。で、それがどうしたんだ?」

「あー……それなのですがね、その……なんと言いますか……」


 モジモジと指を絡めて、なかなか打ち明けられない沙友理。

 そんな沙友理に嫌気がさし、理沙はため息をついて棚にある漫画を漁り始める。


「えーっと、まだ読んでないやつあったかな〜」

「あ、その、ちゃんと話すからちゃんと聞いてほしいのです……!」

「わかってるって。ねーちゃんは大事なこと話すの苦手だもんな〜」

「うう……反論出来ないのです……」


 話したいのに上手く話せない。

 それは、今に始まったことではない。

 から、沙友理は何一つ変わっていない。


「もしかしてあれか? そのストーカーにちょっと惚れたとか?」


 ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべ、理沙が言う。

 理沙は冗談のつもりで言ったのだが、沙友理はそれを本気で言ったと受け止めたようだ。


「それだけでストーカーって決めつけるのも……ちょっと違う気がするのですが……」

「え、どう考えてもストーカーでしょ。それ以外なくね?」


 沙友理は人とは少しズレた所がある。

 理沙もそれをわかっているが、ここまでとは思わなかったようだ。

 そんな理沙の気づきを知らず、沙友理はまたしても突拍子もないことを言う。


「その、惚れたと言いますか……少し、いいなって……思ってしまったのですよ」

「――は?」

「だ、だから……もし私を撮った人に出会ったら、お礼ぐらいは言いたいなって思うのです」


 沙友理は恥ずかしそうに顔を赤らめながら笑みを浮かべるも、理沙はと言うと――


「……ねーちゃん、まじかよ……」


 ドン引きしていた。過去最高にドン引きしていた。

 開いた口が塞がらないらしく、口を開けたまま固まっている。


「え? 何がなのですか?」


 流石に理沙の様子を見て、沙友理は少し不安そうな様子になった。

 笑顔が少し崩れ、眉が下がる。

 理沙は沙友理に構っていられないのか、ついにずっと思っていたことを口走ってしまう。


「あ、ありえねー……ストーカーのどこがいいんだよ。あたしだったらとっくに通報してんぞ。ねーちゃんの考えにはついていけねーなー」

「そ、そこまで言わなくたって……」


 沙友理もそこまで言われて、引き下がれなくなったのだろう。

 弱々しいが、ちゃんと反論している。


「初めてなのです」

「――え、何がだよ」


 いつも飽きるほど聞いている声なのに、いつもとは少し違って感じられた。

 だから理沙は、少し訝しげな顔になる。

 顔を上げた沙友理の表情は、今まで見たことがないほどに柔らかく、そして優しかった。


「初めてなのですよ。あんなにいっぱい、たくさんの私の姿をカメラに収めてくれた人。こんな私を、魅力的に撮ってくれた人。だから……」

「……ん? 急にどうしたんだよ」


 急に言葉を切って俯きだした沙友理。

 それを妙に思った理沙は、沙友理の顔を覗き込む。

 すると、言葉を失った。


「ねーちゃん……」


 沙友理は、大粒の涙を流して泣いていたのだ。

 突然のことに、困惑することしか出来ない理沙。


「な、なんで泣いて――」

「ごめんなさいなのです。大丈夫なのです」


 自分でも気づいていなかったのか、沙友理は自分の手で強引に涙を拭う。


「他人を魅力的に撮れる人なんて……そうそういないと思うのですよ。それが出来るのって、その人のことが“好き”――ということなのだと思うのです」


 拭っても拭っても、沙友理の目から涙がこぼれ落ちる。

 それは、沙友理の知らない感情だから。

 下手をすると、その人までも傷つけてしまうかもしれない。

 と同じ過ちを繰り返すことなんて、もうしたくないのだ。


「ねーちゃん……」


 唯一事情を知っている理沙は、沙友理に近づき、沙友理の華奢な身体を強く抱きしめた。

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