第4話 何かがおかしい?

 ○月○日


 今日はちょっとやばかったかも。

 綾ちゃんにバレそうだったけどなんとか隠し通せた……と思う。良かった……よね。多分。

 それにしても、さっちゃん先輩の好きなものを知れたのは嬉しかったなぁ……

 機会があればさっちゃん先輩の好きなものを作って渡したい。

 早速練習してみよう!


 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。


 ☆ ☆ ☆


 あれから早二週間。

 沙友理はすっかり元通りになり、何気ない毎日を過ごしていた。

 ――かと、思いきや……


「……あ、あのー……」

「んー? どうかしましたか?」


 スラッとした縦に長い体型に、肩まで伸びた艶のある綺麗な黒髪を靡かせる少女。

 清楚そうな印象を受けるが、中身はそうでもないらしい。


「へへ……そんなに見られると照れちゃいますね……」


 頬を赤く染め、照れくさそうに笑う。

 一瞬見惚れかけたが、沙友理はハッと我に返った。


「――じゃなくてっ! 何しに来たのですか……“綾ちゃん”」


 “四季彩綾しきさいあや”――華緒と同じクラスの少女。

 綾は沙友理と同じ、オシャレが好きな人種である。

 華緒をお昼ご飯に誘う時に出会い、今では化粧品や服装について語り合えるほどの仲になっていた。


「何って、決まってるじゃないですかぁ! 今日の私のカラコン、いつもと違うでしょう?」

「……んー? あ、ほんとなのです! 黄色っぽい鮮やかな色なのです!」


 沙友理がそれに気づくと、綾は得意げな顔つきになる。


「ふっふーん。沙友理先輩もカラコン入れてみませんかー?」


 このカラコンを相当気に入っているようで、沙友理に見せつけるかのように顔を近づける。

 だが、沙友理は申し訳なさそうに目を逸らす。


「あー……コンタクトって怖くてなかなか挑戦できないのですよ。それほど視力が悪い方でもないのですし、必要性を感じないと言いますか……」


 沙友理がそう言うと、綾はキュピーンと目を光らせた。


「はっはーん。さては沙友理先輩、ピアスとかも怖い人ですかー?」

「うぐ……ま、まあ、そんな感じなのですけど……」

「やっぱり! 怖がってたらだめですよ、沙友理先輩。オシャレ番長の名が廃れますよ!?」

「わたし、番長になった覚えはないのですけど……」


 唐突に叫び出した綾に、沙友理はどう対応すればいいかわからず狼狽える。

 沙友理たちは学校近くの公園にいるのだが、休日なのに人気がない。

 静かな時を過ごしたい人にとっては、いいスポットになっている。


「ところで沙友理先輩。お腹空いちゃったんですけど、何か奢ってくれませんかー?」


 ゴロゴロと猫なで声で懇願する綾。

 ちょうど今はお金に余裕があるため、断る理由がなかった。


「いいのですよ。だけどあまり高いものは奢れないのですよ?」

「わーい! じゃあファミレス行きません? 今ちょうどコラボやってるんですよー!」

「綾ちゃんの行きたいところに行くのです。どんなコラボなのですか?」

「よくぞ聞いてくれました! それがですね――」


 道行く間、綾は好きなものについてずっと語っていた。

 綾はゲームが好きで、よくゲーセンに行っているらしい。

 そして、いつでもゲームのことで頭がいっぱいなのだとか。


「――着いたのです」

「おー! ファミレスって謎の安心感ありますよねー!」


 早速二人が足を踏み入れた先には――


「あれ……さっちゃん先輩?」


 ――華緒がいた。

 沙友理も綾も、驚いた様子で華緒を見ている。


「華緒ちゃん……!? 奇遇なのです!」

「華緒ちゃんじゃん! どうしたのー?」

「いや……私はお昼ご飯食べに来ただけですけど……」


 訝しげな表情で、二人を交互に見回す華緒。

 綾はその様子に何かを察した。


「沙友理先輩とは公園で偶然出会っただけだよー。外出届出したんだけど、あんますることなくてさー」

「そう……」


 綾は沙友理たちと違い、寮に住んでいる。

 外出届を出さないと外に出られないのだが、暇つぶし程度に外に出てみたらしい。

 やることはあまりなかったようだが。


「だから心配しないでねー」

「……何も心配してないんだけど?」


 そんなような会話を交わし、三人は席に着く。

 そして、それぞれの注文した食べ物が届くと、すぐに食べ出した。


「ところで、さっちゃん先輩はオムライスが好きなんですか?」

「え? あー、そうなのですよ。卵のふわふわ感がたまらないのです」

「そうなんですね」


 沙友理と華緒のやり取りを、微笑ましそうに見ていた綾。

 口角を上げて、「ふーん、そういうことか」と何やらぼそっと呟いた。

 その呟きを耳ざとく拾った華緒は、迷惑そうな顔をしている。


 そんな華緒を知ってか知らでか、綾は箸を置く。

 そしてセルフサービスの水を飲むと、おもむろに席を立った。


「ごめん。私急用出来ちゃったー。後は二人でごゆっくり」

「え? まだ食べ始めたばかり――って、いつの間に食べ終わったのですか!?」

「じゃ、そういうことだから、は帰るねー」


 元気よく手を振って、本当に帰っていく綾。

 ちゃんと自分の分の会計を済ませて、風のように去っていった。

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