第2話 こんなのはありえない?
○月○日
ありえない。ありえない!
さっちゃん先輩を追いかけている時の必需品をどこかに落としてしまった!
あれがないとだめなのに。
さっちゃん先輩を写真に収めることが出来なくなってしまう。
今日は追いかけるのはやめて、あれを探すことに専念することにした。
――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より
☆ ☆ ☆
「ふむぅ……今日は何も感じないのです」
下校時、沙友理はそんなことを呟いた。
ここ最近ずっと感じていた視線を感じなくなって、ホッとするどころか、少し不安になっている。
見られることが好きなわけではないが、何もなくなるとそれはそれで寂しくなるのだ。
ストーキングされているからと言って、実害があるわけではないため、ずっと放っておいた。
それなのに、どうして。
「んー、体調が悪くなったのですかねぇ……?」
少し気味が悪いと思っていた視線も、毎日続けば慣れてくるものだ。
裏を返せば、毎日続いていたものが急に途切れると、なんだかモヤモヤしてしまう。
「ここまで慣れちゃってる自分が怖いのです……」
苦笑しながら、沙友理は歩を進める。
すると、目の前に何か見覚えのないものが落ちているのが目につく。
なんだろうと思って近づくと、一眼レフのようだった。
「なんでこんなものがここに……?」
沙友理は無意識にキョロキョロと辺りを見回してしまう。
交番に届けるべきか、中身を確認するべきか。
「す、少しなら……いいのですよね?」
自分に言い聞かせるように言うと、起動ボタンを押す。
恐る恐る画面を見てみると、そこにはありとあらゆる沙友理が写っていた。
登校時の眠そうな沙友理、通学路で楽しそうに野良猫と戯れている沙友理、下校時に地元の小学生を見て顔を顰めている沙友理……などなど。
様々な表情の沙友理がそこに収まっていた。
「こ、これは……っ!」
沙友理は驚愕し、目を見開く。
だが、次の瞬間には――
「め、めちゃくちゃいいのです……!」
目を輝かせた沙友理がいた。
自分にあまり自信が持てなかった沙友理でも、この写真の中ではすごく輝いて見えるのだ。
この写真を撮る人はきっと、人をよく観察する力があるのだろう。
「……っと、少し魅入ってしまったのです。持ち主がここを探しに来るかもなので、元の場所に置いておくのです」
沙友理は上機嫌になりながら、家に帰った。
「ねーちゃーん! おっかー!」
「ただいまなのです、
沙友理が家のドアを開けると、真っ先に妹が飛びついてきた。
妹――理沙は、現在小学四年生。年齢が二桁になったばかりである。
子供嫌いの沙友理が唯一平常心でいられるのは、この理沙だけだろう。
「ねーちゃん、ドッジボールしようぜ!」
沙友理と同じ茶色の髪を揺らし、そんなことを提案する。
だけど、沙友理はというと。
「ドッジボールは一対一でやる球技じゃないのですよ?」
笑いながら冷静に言う。
理沙も本気でドッジボールをしようと言い出したわけではないようで「ちぇっ、つまんね」と言いながら部屋に戻っていく。
同じ部屋なのだから先に入らなくてもいいのに。
「ちょっと待つのです〜」
「お、沙友理。帰ったか」
理沙を追いかけようとした時、ちょうどお父さんが出てくる。
どうやら洗濯物を取り込んでいたようだ。
「ただいまなのです、お父さん」
沙友理は朗らかな笑みを浮かべ、帰ってきたことを報告する。
「そういえば、理沙がドッジボールしたいって言ってたのですけど」
「おー、そうか。なら相手になってやるか」
「わたしはもうツッコまないのですよ」
沙友理が呆れながら言うと、お父さんは理沙と同じく「ちぇっ、つまんね」と発した。
やはり親子である。
そう考えると、沙友理はこの二人と血が繋がっていないことになってしまうが。
「ま、お前が理沙の面倒見てくれてて嬉しいよ。背丈は同じぐらいなのにな」
「……どういう意味なのですか?」
答え次第では、父親だろうと容赦はしない。
そんな殺意を滲ませて穏やかな笑顔を浮かべる。
それに恐れをなしたお父さんはそそくさと逃げてゆく。
「ふぅ……まあ、確かに子供は嫌いなのですけど……」
沙友理が子供を嫌いなのは、デリカシーがないというか……
以前、理沙と公園で遊んでいた時に「お前どこ小だ?」と小学生の男の子に声をかけられたのがショックだったのだ。
そんな時、理沙がそいつに言ってくれた。
「てめー、さては頭悪いな?」
その後殴り合いの喧嘩に発展して、沙友理が必死に止めたのだが。
あの一言は嬉しかった。
他にも、理沙は沙友理を庇ってくれることが多かった。
だからこそ、理沙とは良好な関係を築けている。
これからも、そうしていきたいと思っている。
「出来るかは……わかんないのですけどね……」
理沙が部屋の扉を開けて沙友理をじーっと見ている。
「早く来い」というサインだ。
おそらく、ゲームを一緒にしたいのだと思われる。
「今行くのです〜!」
声を躍らせて、沙友理は自分の部屋へと急いだ。
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