第19話 おすすめのお店で



「ここか?」

「そうです。このお店がおすすめと言っていました」


 外から見てもわかる、この店で扱っている服はおしゃれだ。

葵の選択は間違っていない。きっと、陽菜にこの店の服を着せたいんだな。

ここは兄妹、会話がなくとも以心伝心、はいオッケー。

ここは兄が何とかしましょう。任せてください。



「よし、じゃぁ入るか」

「え? でも、この店の服は……」

「いからいいから、ほら早く行こうぜ」


 陽菜の手を取り店の中に入る。

近春のラインナップが展示されており、春っぽいディスプレイが並んでいる。


 しばらく陽菜と一緒に店内をうろつく。

さて、何をどうしようか……。


 陽菜に合いそうな服を適当に見繕って、かごに入れていく。

春っぽく、合わせやすい服。でもって、着やすそうな服だな。

ついてにアクセサリーも買っておこう。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


 ショップの店員さんが陽菜に声をかけてきた。


「えっと、あの、その……」


 陽菜は言葉に詰まっているようで、うろたえている。


「あ、ちょうどよかった。このかごのもの、合わせてもらえますか?」

「え? あ、ちょっと――」

「はい、かしこまりましたっ」


 店員さんは陽菜の返事を待たず、笑顔で陽菜の手を握り店の奥に消えていく。

陽菜の好みもあるかもしれないけど、あとは店員さんが何とかしてくれるだろう。


 陽菜が店員さんにと試着室に消えてから数十分。

俺も店員さんに呼ばれ試着室前に通された。

カーテンの中では陽菜が着替えているらしい。


「かわいい彼女さんですね」


 彼女さん。

どう返事をしたらいいのか。


「ま、まぁ……」

「あ、そろそろ終わりそうですよ」


 カーテンがゆっくりと開く。


 目の前には女の子っぽい服装をした陽菜が立っている。

淡い色のロングスカートに、薄い水色のカーデ。

それに長い髪を大き目のリボンで着飾っている。


「どう、かな? 変じゃない?」


 言葉に詰まる。

どう、返していいのかわからない。


「えっと、かわいいよ……」


 そんな一言しか言えなかった。


「あ、りがとう……」


 頬を赤くし、少しだけ笑みを浮かべる。

きっと、今までこんな服を着たことがなかったんだろう。


「髪は長ったので、私がまとめてみました。いかがでしょうか?」


 帽子に突っ込まれていた長い髪は、店員さんの力により、きれいに編まれている。

髪型一つで変わるもんなんだな……。


「はい、大丈夫です」


 陽菜は立ったまま俺をジーっと見ている。

はて、何か言いたそうな……。


「じゃ、これ全部お会計でお願いします。着てきた服は袋に入れてもらえますか?」

「はい。では、こちらに」


 陽菜の手を取り、レジに進む。


「卓也さん、あの、これは……」

「引っ越し祝いってことでプレゼントするよ」

「でも……」

「いいの、いいの。ほら、葵もこうなる事を予想していると思うしさ。気にするなって」


 そんなやり取りをしている陰で、二人の少女が卓也と陽菜を覗き込んでいる。


「あ、あのさ葵ちゃん?」

「ん? どうしたの?」

「何、しているのかな?」

「買い物」

「そ、そうなんだ……。なんで、あの二人を陰からぞのいているのかな?」

「んー、お兄ぃと陽菜ちゃんが心配だから」

「……」


 紙袋を持って店を出る卓也。

反対の手は陽菜の手をしっかりと握りしめ、歩き始める。


「その靴、歩きにくくないか?」

「この、ヒールが少し……」


 少しだけゆっくりと歩き、陽菜に合わせて歩幅も変える。


「時間もあるし、ゆっくり行こうぜ。おすすめのパスタって、どの店なんだ?」

「えっと……」


 陽菜に案内され、葵のおススメパスタ店を目標に歩き始める。


 はたから見たら恋人同士に見えるかもしれない。

でも、二人は恋人同士ではない。

兄妹でもなければ血のつながった家族でもない。ただの同居人だ。


「あっ」


 陽菜が少しだけ体勢を崩す。


「おっと」


 すかさず卓也のフォローが入り、転ぶことはなかった。


「あ、ありがとうございます」

「うーん。靴、戻すか?」

「大丈夫です。このままで。こういう靴にも慣れていかないと……」

「そっか。でも、本当に痛かったり、辛かったら言ってくれ」

「わかりました。その時は遠慮なく言いますね」

「あぁ、言ってくれ。絶対だぞ? 我慢するなよ?」


 笑顔で答える陽菜。

卓也にだったら嫌なことも素直に話してもいいのだろうか、そう考えてしまう。

嫌われたくない、自分を拒否しないでほしい。


 少しだけそう思ってしまう自分が少しだけ嫌だ。

たった数日なのに、そんな感情が芽生えてしまうなんて。


 でも、少しだけ心地よく感じるのは確か。

もう少しだけ感情に流されてもいいのかな……。


「はいっ。その時は遠慮なく言いますね」

「おう」


 異性と手をつないで歩く。

買い物をする。食事をする。映画を見る。

もう少しだけ、この初めての事を楽しんでもいいのかもしれない。


 もう二度とすることがないのかもしれないのだから……。

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冴えない彼女が普通の俺と一緒に暮らす事になった件について 紅狐(べにきつね) @Deep_redfox

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