第8話 長年の片想い

 昨日は夜遅くまで友達と恋話で盛り上がってしまった。


「――でね、その女子は男子に片想いなの!」


『本当に! それでっ!』


「でもね、理由があって告白できないんだけど、ずっと好きだったみたい。十年以上らしいよ」


『うぅー、長年の片思いか。でも、十年ってかなり長いよね』


「そうなの。ところが、その男子に急接近してきた女子登場!」


『ライバルだ! 早く告白しなくちゃ!』


「ところが、告白はできない! 急接近してきた女子は、かなりの女子力を持っていると思わるのです」


『そっかー。ところで、その男子はどっちの子も好きじゃないの?』


「うーん、そこがまだ分からない」


『これからだね、私はその長年の恋が実ってほしいなー』


「私もそう思うのですよ。でもね――」


 結局、恋話から最近出た新作のお菓子の話題に切り替わり、最終的に新学期までの課題がお互いに終わっていない事に絶望し、話は終わった。


 長年の恋、これって初恋でもあるから、叶わないらしいよ。

残念だけど、しょうがない。

布団にもぐりこみ、タンスの上に置かれた熊を眺める。


――


「ほら、誕生日だろ。これは俺から」


「お兄ちゃん、ありがとう! 葵、この熊大好きなの!」


「そっか、良かったな。大切にしろよ?」


「もちろん。今日から毎日一緒に寝るのっ」


 懐かしい。

もう何年前になるんだろ。

お兄からもらった熊のぬいぐるみ。

何回かほつれていた所を直している。


 お母さんに見せたら直してくれると言ってきたけど、自分で直したかった。

お母さんに縫い方教わって、自分で何回も直した。


 その愛くるしい瞳が、何となくお兄に似ている。

最近はその目で私を見てくれることは少なくなったけど、お兄は優しい。


 お兄。私、陽菜ちゃんと仲良くできるかな?

自分の心を騙しながら過ごす毎日が、ちょっと苦しいよ。

お兄。昔みたいに一緒に……。


 頬に温かい何かが流れるのを感じ、昔を思い出す。

ちょっとだけ、胸がチクチクする。



――


「葵っ! 朝だぞ! ほら、ご飯出来るぞ!」


 俺は葵のベッドに横に行き、声をかける。

しかし、ここまで来ても起きないのか。

随分寝坊助だな。


「んっ……。あ、さ?」


 葵が声を発する。

どうやら起きたらしい。

ん? なんだ、こいつも俺と同じか。


「葵、頬によだれの流れた跡が着いてるぞ。だらしないな」


「お兄、なんで部屋に?」


「ノックしても、電話しても反応ないからだよ。昨日夜更かししただろ?」


「そっか、あのまま寝ちゃったのか」


「ゲーム中の寝落ちは良くない。しっかりと寝ないと大きくならないぞ?」


「うるさいな。これでも十分に育ってますからっ」


 ベッドから起き上がり、俺の目の前に立つ葵。

どうやら背比べをしたいようだ。


「ほら、もうここまで来てる。そのうち、お兄と同じくらいには……」


 葵は向かい合って俺にくっ付き、自分の頭に置いた手のひらを、俺の首元に向けて軽くチョップする。

背の高さを計っているようだが、喉仏をピンポイントで攻撃するなよ。


「おい、痛いぞ」


 しかし、お腹辺りに少しだけ柔らかい何かが触れる。

ま、まさか……。こいつ、育ってやがる!

まな板じゃないのか!


「ほら、前より伸びてる」


「そ、そうか……。ほら、もう行くぞ。陽菜が待っている」


「陽菜ちゃん……。そうだね、行こうか」


 俺よりも先に部屋を出ていく葵。

なんだ、少し元気が無かった?

俺は葵の後を追い部屋を出る。


「おっはよー! 陽菜ちゃん、ごはんありがとう! お兄はちゃんと手伝った?」


 用意された朝ごはんを見ると、元気を取り戻した葵。

元気がないのは気のせいだったのか?


「はい、しっかりとお手伝いしてもらいました」


「それはそれは。お兄、陽菜ちゃんに迷惑かけないようにね」


「心配するな。大丈夫だ、ほら早く食べよう」


「「いただきます」」


 早速味噌汁に箸をつける。

一口飲むと、すぐにわかる。

母さんと味が違う。いつもの味噌汁じゃない!


「どうですか? お口に合います?」


「陽菜ちゃん、おいしいね。でも、ちょっと薄いかな?」


「母さんが作った味噌汁はもう少し濃い味だったな」


「そうですか、味噌足します?」


 うーん、どうだろう。

薄すぎではない、でももう少し濃くてもいいような気が……。


「私は陽菜ちゃんに合わせるよ! 少し薄味でも、野菜の味が出ているし」


「俺も。陽菜に合わせる」


「分かりました。でも、すぐに直せるのでこれからも色々と言ってくださいね」


「「はーい」」


 我が家に新しいお母さんが。

葵と二人っきりだったら不安もあったかもしれないが、陽菜のおかげで何とかなりそうだ。


「んー、鮭もおいしいねー」


「初日からしっかりとしたご飯が食べられるなんて……」


 うっすらと涙が出そうです。


「あの、葵ちゃん。良かったら今日、街の事を教えてほしいんだけど」


「いいよっ! 洗濯と掃除はお兄に任せて、案内するよ」


 え? 俺が?


「おい、俺は留守番か?」


「そうだよ? 家事よろしくね、お兄」


 可愛くポーズしながらウィンクしてくる。

くっそ、それなりに可愛く見えるから悔しい。


「わかったよ、やっておくよ。あ、もし行くんだったら、あれ買って来てくれ」


「おっけー、いつものね。二個?」


「二個。いや、今日は三個だな」


 今日の仕事が決まった。

洗濯と掃除はできる。どれ、今日からしっかりと頑張りますか!

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