第5話 お互いの呼び方


「しかし、あまり旨くないな、このカレー……」


 初めて作ったカレーだが、何ともまぁ、いつものカレーと違う。

母さんの作ったカレーとなんで違うんだろうか。

材料は同じはずなのに。


 葵は無言で食べているが、何だか少し悲しそうな表情をしている。


「あ、あの……」


「どうした?」


 一口しか食べていない彼女は、スプーンを皿にのせたまま、こっちを見ている。


「台所、少し借りてもいいでしょうか?」


「いいぞ。それから、冷蔵庫とか棚に入っている物も勝手に使ってもいいけど、何かあったのか?」


 もしかして、味も変なのか?

彼女は席を立ち、冷蔵庫を漁り始めた。

そして、棚の中から何かを取り出し、台所に立つ。


「何するの?」


 葵が気になって彼女を覗きに行ってしまった。


「カレーだけだと寂しいから、何かすぐに作れそうな物無いかなって」


 鍋を火にかけ、玉ねぎを刻み始める。

玉ねぎを刻む音色が、何とも心地よい。


「切るの上手いねっ! お母さんみたい!」


「家では少しだけ自炊していたから……」


 いい匂いがしてきた。あっという間に出来上がったらしい。


「これ、良かったら」


 出てきたのはコンソメスープにサラダ。

この短時間で作れるものなのか。


「おいしい! お兄、おいしいよ!」


 葵がはしゃいでいる。どれ、俺も一口。

……うまい。


「うまいな。すごいな、短時間でこんなうまいスープ作れるんだ」


 彼女を見ると、少しだけ微笑んでいるような気がする。


「良かった。作ってもらうだけだと、悪いと思って」


 そして、彼女はうまくもないカレーを口に運ぶ。


「悪かったな、うまくないカレーで」


「そんな事無い。ありがとう」


「お兄、もしかしたら私達、助かったかもしれない!」 


「どういうことだ?」


「教わろう。料理を教われば、きっとおいしいご飯が毎日食べられるよっ!」


 ま、そうなりますよね。

俺と葵の視線が彼女に集まる。


「わ、私で良ければ……」


「ありがとうっ! えっと、これからなんて呼べばいいのかな?」


 そういえば、これから一緒に生活するんだ。

お互いの呼び方位決めておいた方が良いだろう。


「私は何でもいいけど……」


「分かった! 陽菜ちゃんって呼ぶね! 私の事は葵でいいよ!」


「じゃぁ、私は葵ちゃんでいいかな?」


「うん! これからよろしくね!」


 すっかり仲良くなった女子二人。

やっぱり、男の俺は入りにくいな。


「あー、俺の事は好きなように呼んでくれ。俺は杜都さんでいいかな?」


「私は大丈夫です。えっと、松島さんって呼びますね」


 お互いが苗字で呼び合う。

ま、それが無難だよな。


「固いよ二人共。一緒に暮らすんだよ? せめて名前で呼び合おうよ!」


 いきなりハードルを上げてきたな。

女子を名前で呼ぶとか、俺にはハードル高いぞ?


「た、卓也さん……。で、いいですか?」


「そうそう、お兄は?」


 こいつ、ニヤニヤしながらこっちを見るな。

分かったよ。


「陽菜さん? でいいのか?」


「お兄、違うよ。陽菜でいいよね!」


 グイグイ来ますね。ま、こいつはもともとこんな性格だしな。

でも、彼女は嫌がっていないか?


「いい、のか? 陽菜って呼んでも」


 少し頬を赤くしながら、彼女は無言で頷く。


「分かった。これからよろしくな、陽菜」


「はい、よろしくお願いします。卓也さん」


「陽菜ちゃん! このサラダもおいしいね!」


「ありがとう」


 カレーの味はともかく、俺達の初めての歓迎会は終わる。

何となく初めはきついと思ったけど、話せば分かる奴なのかもしれない。

学校が始まるまでに、もう少し仲良くしておいた方がいいよね?


――


 食事も終わり、あとかたずけ。

葵は先に風呂に入っている。

その時間を使って俺は洗い物をする。


 洗って、すすいで、カゴに移動。

洗って、すすいで、カゴに移動。


「洗い物も楽じゃないな……」


 一人、ぶつぶつ言いながら作業をしていると、隣に気配を感じる。


「手伝いますか?」


 陽菜だ。

さっき部屋に戻ったと思ったのに、わざわざ来たのか?


「いや、大丈夫。すぐに終わる」


 カゴに入った食器を拭き始めた。


「手伝いますね。ご飯、ありがとうございました。明日から、私も何か手伝いますよ」


 それはありがたい! 正直なところ、朝昼晩とご飯が一番悩むんです!


「良いのか?」


「一緒に生活する以上、出来る事はしたいので」


 いい子じゃないか。

涙が出そうです。


「そっか、それは助かるよ。だったら明日の朝、一緒に朝食を作ろうか」


「はい」


 何となく陽菜と距離が近くなった気がする。

全く会話が無いわけではない。何か話す必要があれば、普通に会話はできる。

この先真っ暗だと思ったけど、もしかしたら普通なのかもしれない。


 洗い物も終わり、お互いが自分の部屋に戻る。

はぁー、なんだかんだで疲れた!

早く風呂入って、寝よう!

ベッドでゴロゴロする。布団が一番いいなー!

スマホのゲームをポチポチしていると、声が聞こえる。


『お風呂あがったよー!』


 葵の声はでかい。

そんな広くない家で、そんな声を出すなよ。

あ、でもちょっとだけイベント中なんだよね。

このイベントが終わったらすぐに入ろう。


 数分後、イベントも無事に終わり風呂に入る準備をする。

中々いいアイテムが手に入った。今日はついている。


 少し上機嫌で着替えを持って、脱衣場に移動。

サッと入ってパッと出ますか!

次のイベントもしなければならない。俺は多忙なのだ。


――キィーーー


 脱衣所の扉を開けると、目の前に女の子の裸があった。

程よく膨らんだ双山。肩から脚にかけてのラインがはっきりと目に映る。

そして、髪をまとめアップにし、メガネをかけていない彼女。


 初めて見た妹以外の女子の裸体。

こんなにもきれいなのか……。


 お互いに目線が合う。

あ、俺、間違って……。


「卓也さんもお風呂ですか?」


「ひゃぁ! あ、え、わ、悪い!」


 俺は慌てて脱衣所の扉を閉める。

見た。見てしまった!


 と言うか、なんで何も言ってこない?

陽菜は俺に見られたんだぞ!

落ち着け、いいか焦るな、落ち着くんだ……。


 俺は台所に行き、コップに牛乳を注ぐ。

一気に口に流し込み、飲み込もうとした瞬間――


「あの、先に入っても?」


 再び現れた陽菜。

バスタオルを一枚身に着けているだけで、肩のラインとか太ももとが!


「ぼふぅぅ!」


 俺は含んだ牛乳を噴出してしまった。


「ゴホゴホッ!」


「大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫だ。な、何でそんなところに?」


 倒れ込んでいる俺の隣に陽菜がやってきて、腰を落とす。


「葵ちゃんがお風呂を上がったので、入ろうかと」


 タイミングが被ったのか。

先に声を掛ければよかった。


「そ、そうか。悪い、先に入ってくれ。俺は後で入る」


「わかりました。お風呂、いただきますね」


 立ち上がり、振り返って俺から去っていく。

その後ろ姿は、トラックから出てきた陽菜とは別人のようだ。

服装や髪形でここまで変わるもんなのか……。


 俺は精神的に大ダメージを喰らってしまった。

しかも、陽菜はなんで何ともないんだ?

絶対におかしいだろ?


「お、お兄?」


「なんだ?」


 後ろから葵が声をかけてくる。


「陽菜ちゃん、なんでタオル一枚でここに? お兄、何したの?」


 見られた。葵に見られたな、完全に。


「あ、あとで話す。今は俺の精神力がレッドゾーンだ。回復には時間がかかる」


「……お兄はゲームのしすぎだよ。精神力って何? 後でちゃんと説明してね」


 あぁ、今夜は長くなりそうだ。

ゲームのイベントはまた明日だな。




<後書き>

こんにちは 作者の紅狐です。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

久しぶりにラブコメの新作を投稿してみました。


メインで更新している作品も長くなってきたので、新しいラブコメが書きたくなりました。こちらも徐々に糖度が上がってくればいいかなと。


もし、良かったら★評価やフォローを是非お願いいたします!

評価は最新話のページ下部より行えます。

是非、よろしくお願いいたします!



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