第4話 歓迎会はカレーで


 新しい住人がやって来た。

だが、予想を反し女の子だ。


「父さん! なんで言わないんだよ!」


『あれ? 言っただろ? 同じ年の女の子で、お前と同じ学校に通うって』


 ん? 聞いたっけ?

言われた? いや、葵の反応を見る限り絶対に言って無い。


「言って無い。聞いてない。葵も聞いてない」


『そんな大きな問題じゃないだろ? まぁ、がんばれ。あ、そろそろ出なくちゃ。じゃーなー』


 勝手に切られた。俺も切れそうだ。

通話オフになったスマホを強く握りしめ、投げつけようかと思ったが、やめる。

スマホが壊れたら大変だ。対衝撃モデルではあるが、多分本気で投げつけたら大破する。


「お兄、お父さんは?」


「ガンバレだと。くっそ……」


「大丈夫だよ。そこは気にしないでちゃんとお話ししよう」


 葵はポジティブに考え発言しているが、俺は男だ。

正直女の子の友達は皆無。どう接していいのか分からない。

葵に頼るしかなさそうだな。


 午後一でやって来たのに、いまだ会話らしい会話は無し。

既に夕飯の時間になりそうなのに、部屋から出てこない。

まいったな、どうしたらいいんだ?


「ご飯の準備しよう! 歓迎会しなきゃ!」


「そ、そうだな! 俺達で何か作ろう!」


 葵と二人で台所に立つ。

メニューは決まっていない。


「葵、何すればいい?」


「お兄、ご飯炊く以外に何できるの?」


「「……」」


「「どうしよう……」」


 練習はしたが、母さんのいない状態は初めて。

何から手を付ければいい?

ご飯の準備ってこんなに難しいのか!


「と、とりあえず米でも炊くか」


「葵がする! お兄は米以外を」


「あ、ずるい! 俺が米担当!」


「じゃ、じゃんけん!」


「負けた方が、おかず!」


――


 葵は鼻歌を歌いながら米を洗っている。

うーん、兄としてここはバシッと美味い物を……。


「カレーだ」


「ん?」


「歓迎会と言えば、カレーしかない!」


「作れるの?」


「箱の裏に確か書いてあった気がする!」


 おお、神様、メーカー様。レシピをありがとう。

と言うか、スマホで調べればいいじゃん。


「い、いくぞ!」


 俺は頑張って人参やジャガイモを切る。

そして、肉を炒める! 玉ねぎだって泣きながら切る!


「お兄、何泣いているの?」


「黙れ。俺に話しかけるな」


「う、うん……」


 今の俺は戦闘体勢だ。

妹を傷つける訳にはいかない。


 そして、小一時間経過し。


「「で、出来た!」」


 米が炊けるのと同時に、カレーも出来上がった!

味見をしたが問題なし! カレーだ!


「出来た」


「出来たね」


「お前は米だけだろ?」


「一生懸命洗った。十回はやった」


 それはやりすぎじゃないのか?


「洗剤とか入れてないよな?」


「お兄、さすがにそこまでできない子じゃないよ?」


「おう、悪い。ちょっと心配しただけだ」


「呼びに行こうか?」


「だな。俺が分けるから、呼んできてくれるか?」


「了解。行ってきますっ」


 勢いよく走って台所から出ていく葵。

自宅でもスカートが短く、走ると見えそうになる。

まったく、最近の若い者は……。


――


 いい匂い。カレーの匂いか。

他の人が作ったカレー。


 いつも家では一人で準備して、一人で食べていた。

部屋に籠って勉強か、絵を描くか。


 誰もいない家。

親が帰ってこない日も多く、私は一人になる時間が多かった。


 他の人と一緒に暮らす感覚、久々だな。


――コンコン


「はい」


『えっと、カレーできたから一緒に食べよう!』


 本当は一人で良い。

構わないでほしい。信用できない、お互いに距離は近くならない他人。

本当の家族でさえ、信用できない。


 だったら他人はなおさら。

信用してはダメ。弱みを見せてもダメ。

仲良くなったらダメ。離れる時が来るのであれば、初めから近寄らなければいい。


 だけど、彼女たちは同じ家に住む人。

私は居候。最低限の事はしないと、私は追い出されるだろう。

それだけは避けないと。


 早く大人になって、仕事して、自立したい。


「今、行きます」


 私は適当な格好で適当に返事をして、部屋を出る。


「お待たせしました」


「良かった! 出てきてくれなかったらカレーを持ってくるところだったよ!」


 出てきて良かった。

だけど、一線を引かないと。


 彼女は私の手を引き、台所に向かって行く。

温かいな。手を握って貰ったのなんて、いつ以来だろうか。


「お兄! 一名様ご案内!」


 目の前には湯気の立つカレーが。


「はいよっ! 一名様ご案内! そこ、座って」


 案内された席に座る。

用意されたカレー。隣に女の子。そして向かいに男の子。


「ほら、こんなもんしか用意できないけど、食べてくれ!」


「葵も頑張ってご飯炊いたんだよ!」


 ご飯炊いたって……。

この二人、自炊とかしていなかったのかしら。


「「いただきます!」」


 二人がカレーを食べ始める。

私も一口、口に運ぶ。


「いただきます……」


 や、野菜が固い。

しかも、サイズがバラバラ。


「お兄! 固い!」


「ん? 野菜は生でもいけるんだ! 問題ない!」


「そ、そうなの? お母さんのカレーがー」


「文句言うな! 次はもっと……。どうしたの? 泣くくらいまずかったか?」


 私は無意識に泣いていた。

固い野菜のカレー。決しておいしいと言えないカレー。

お米もぱさぱさ。


「ち、違うの。大丈夫、心配しないで。ほら、荷解きで目にほこりが……」


「そっか、何かあったらすぐに言ってくれ。俺が、この家の家長だ!」


「お父さんも課長だけどね!」


 ここは、自宅よりも少しだけあったかい。

きっと、日当たりが良いせいなんだよね、きっと。

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