第4話 (仮)

 8月に24歳になる雅美ちゃんにプレゼントを何にしようかと考えていた。仕事も上手くいってきて少し安心できそうな収入も得られるようになって来たことだし。そろそろ思い切ったことをしてもいいんじゃない?と思っていた。でも、実際喜んでくれるのかは少し不安だったりする。不動産のパンフレットを眺めて、めぼしい物件をチェックしていた。

 今より広めなマンションに引っ越すこと。そして、雅美ちゃん一緒に住まない?と言う事は私にとってはかなり思い切った思いつきなのだけど。


「相談してから決めた方がいいかなやっぱり。」


 親御さんにも相談しないといけないだろうし。一人娘の引っ越しなんて心配でしょうしね。それに、ちゃんと雅美ちゃんのご両親にもご挨拶しておきたい所。形はルームシェアという事になるかもしれないのだけど、一緒に住むならその辺りはしっかりしなきゃいけないかなと思うの。


 まずは雅美ちゃんにちゃんと言わなきゃ始まらないわ。そう思い、スマホを手に取った。今夜仕事終わりに家に来れるか連絡する為である。送信した後、すぐに返事が返って来た。いつもながら可愛い絵文字も付いてる「行きます」という返信を確認して、頬が緩んだ。


 インターフォンの音が鳴り、雅美ちゃんを玄関で出迎えた。仕事終わりでスーツ姿の雅美ちゃん。いつもながら嬉しそうに少し照れくさそうにしながら、こんにちはと律儀に挨拶してくれるところは前と変わらないのかも。


「ごめんね、急に」

「いいえ。嬉しかったです」


 ニコニコとそんな事を言ってくれる雅美ちゃんに触れるだけのキスをして、リビングに案内した。

 自然とキスしちゃうくらいには恋人同士が板についてきた私達なのだけど、まだ雅美ちゃんはちょっと照れくさそうにするんだ。そこも可愛いところだったりするんだけど。


「座っててお酒も飲む?泊まってくでしょ?」

「はい、幸子さんがいいなら」

「もちろん」


 仕事帰りからそのまま泊まって行くことも度々ある。雅美ちゃんの着替えも何着か置いてあったりする。雅美ちゃんが好きなお酒もストックしてあるし雅美ちゃんのものが増える度に嬉しくなったりもする。そう思う時、私この子に恋しちゃってるんだって実感してたりして。年甲斐もなく、時々ドキドキしちゃってたりするの。


 あのね、そう切り出したのは食事も終わってお互いほろ酔いになった時の事。


「あの、雅美ちゃん」

「どうしたんです改まって」

「これ見てくれるかな」


 そう言って不動産のパンフレットを雅美ちゃんに渡した。しばし眺めた雅美ちゃんを見つめる。


「幸子さん引っ越すんですか?」

「うん。そのつもり。それでね、雅美ちゃんもどうかな?」

「どうかなって?」

「私と一緒に住まない?」


 え?と驚いた顔をした雅美ちゃん。思ってもみなかったみたいでかなり動揺している様で、またパンフレットに目を落としてしまった。


「ダメかな?」

「いえ、ビックリしただけです。嬉しいです」

「そっか」


 そう言ってくれるのはなんとなくわかってたのだけど、それでも嬉しくて頬が緩んでしまう。


「それで、親御さんにも報告しがてら雅美ちゃんのご実家に伺おうと思うんだけどどう?」

「え、幸子さんがうちの両親に?」

「そう、大事な娘さんと一緒に住むならご挨拶くらいはしときたいと思ってね」


 それはそうなんですけどと言いながらもなんだか雅美ちゃんはなんとも言えない顔をしていた。何だか迷ってるようなそんな顔。


「どうかした?」

「いえ、何でもないです。」


 すごく悩んでるみたいだけど、それ以上は言おうとはしない雅美ちゃんに、まぁいいかとお風呂を勧めた。


「雅美ちゃん?ここ着替え置いておくね」


「ありがとうございます」とお風呂場から雅美ちゃんの声が聞こえる。脱衣所のカゴに雅美ちゃんの着替えを置いた。そのまま脱衣所を出ようとしたら幸子さんと呼ばれて立ち止まった。


「違ったらすっごく恥ずかしいから言わないでおこうとも思ったんですけど・・・」

「うん。なに?」


 戸惑ったようなまだ悩んでいるような声で雅美ちゃんが言うから、できるだけ優しく先を促した。


「さっきのってプロポーズなんですか?」


 言われて気づいてしまった。ある意味プロポーズなのではないだろうか。私の気持ちは雅美ちゃんと一緒に住むという事はこれから一生雅美ちゃんといるため。雅美ちゃんと二人で生きて行こうと思っているからの決断だったりした。女性同士だと、決まった形もないし、これがプロポーズでもいいのではないだろうか。でも、プロポーズの言葉があれで良かったの・・・?と思わなくもない。はっきりと一生一緒にいてくださいって言った訳でもないし。


「雅美ちゃん、お風呂上がったら話そう」


 先ほどの質問は少し先送りにさせてもらおう。雅美ちゃんに言われてしまって気づくなんて本当情けない。リビングに戻ってコーヒーを口にした。簡単に考えてたのかな私。今たぶん雅美ちゃんを不安にさせてしまってるのは解ってる。でも、少し私に考える時間を頂戴ごめんね雅美ちゃん。

 雅美ちゃんがお風呂からあがって来たので私も入ってくるねと言ってお風呂に入った。お風呂でも色々考えたんだけど、やっぱりプロポーズはちゃんとしたいのよね・・・だから誕生日に贈り物と一緒にがいいんだろうけど。どうしよう・・・

 答えが出ないままお風呂から上がると、雅美ちゃんがソファーに座ってテレビを観ていた。


「幸子さんお帰りなさい」

「はーいただいま」


 そう言って隣に腰かけた。


「幸子さん、さっきの話なんですけど」

「うん。」

「違うみたいですね」


 あはは恥ずかしいと言って明らかに落ち込んでる様子の雅美ちゃん。あわてて違うと言ってしまった。


「違うんですか?」

「んー・・・恥ずかしいんだけど、聞いてくれる?」

「はい、何でも聞きます」

「私は雅美ちゃんと一生一緒にいる為に一緒に住もうって言ったのは確かなの。でも、それがプロポーズだなんて思ってなくて。だから、違うけど違う訳じゃなくて、ごめん、何言ってるか自分でもわかんないや」

「えっと、じゃあ、一生一緒にいる為に私を誘って、それ以上ではないと」

「そうなるのかな」

「あの、やっぱりそれプロポーズですよね?」


「うん?」と疑問形な返事をしながら考える。やっぱりプロポーズになるかな。


「じゃあ、(仮)プロポーズでいいかな」

「へ?」


 私の言葉に意味がわからないと言う顔をする雅美ちゃんに続ける。


「プロポーズはきちんとするから今回は(仮)で」

「ふふ。なんですか(仮)って」


 笑ってでも嬉しそうにする雅美ちゃんに私も笑ってしまう。まぁ今回はそれでいいかな?今度ちゃんとかっこよくプロポーズするから待っててね雅美ちゃん。


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