第8話 セクハラオヤジは滅べばいいと思うよ?

あの後、西園寺&高橋の2人に、来週もこの店に来る事を約束させられ、美奈子と雅美には怒涛の質問責めにあい、帰宅した時には疲れ果てて服を着たままベットに倒れ込んで寝てしまった。


窓から入る日の光に起こされ、眠い目をこすりながら枕元の時計を見ると、もうすぐ12時45分を指すところだ。


ああっ!ヤバイ、今日バイトじゃん!起きなきゃっ! 


慌てて起きてシャワー浴びるためにバスルームに行くと、そこには髪を振り乱し、酷い顔をした女が鏡に映っていた。


ひいいぃいぃいいいっ! って、あたしじゃん!落ちつけあたし! 昨日メイクも落とさず寝たから、すげえ顔になってるだけだって!


ドキドキと動悸の治らない心臓をなだめつつ、シャワーを浴びて、身支度を整えたあたしはバイトへ出掛けたのだった。




*****




「豊田さん、おはよう」


優也君は、相変わらずふんわり笑顔で挨拶してくれる。うむ、今日も笑顔が眩しいデス。 


「霧島センパイ…おはようございます」

「ん…?なんだか疲れてる?大丈夫?」

「だ、大丈夫です!ちょっと昨夜本に夢中になっちゃって寝不足なだけですから」


本当は夜遊びが原因だけど、色々説明するのもめんどくさい… ありそうな言い訳をしておくのだ…


「そっか、なら良かった。でも、具合が悪い時はすぐに言ってね」


はー.... 優也君、優しすぎかよ。うっかり惚れそうになるわ。


ん....そういえば、あたしがヒロインで彼は攻略対象なんだから惚れても問題ないんじゃ....


でもなぁ、なんだか恋愛ってよくわかんないや。前世は彼氏いない歴=年齢だったし。一回勇気出して告白した片思いの人に、手酷い玉砕してからリアルの恋愛から遠ざかってた拗らせ喪女だったし。


それに引き換え、やっぱりと言うか当たり前と言うか優也君はモテる。あたしのみたところ、店に来る女性客の8割は優也君目当てで来ている。


一方、ヒロインであるはずのあたしは… 泥酔客にセクハラされそうになったり、おっさんに言い寄られたり… (その度優也君や店長、他先輩方にさりげなく助けてもらってる)おかしい、どうしてこうなった。


ま、まあとりあえず!仕事よ、仕事!





「せりかちゃん、追加のナマ中2つ、3番テーブルに運んで」

「はーーい。3番ですね!」


3番テーブルは階段上がって2階の、半個室になってるところだ。あそこに今居るお客さんは確か中年のサラリーマン3人だったはず。 あたしはビールサーバーから2杯ジョッキに入れると階段を登って3番テーブルに運んだ。


「おまたせしました、生中2つです」


営業用スマイルでテーブルにビールを置いた途端、ニョッと出てきた手に左手を掴まれた?! うぇえええええ!勘弁してよもう。


「あの… お客様?」

「君… 可愛いねえ。仕事何時まで?好きな物買ってあげるからさ、終わったらオジサンとどこか遊びに行こうよ」


触られた手も気持ち悪いけど、さらにこのエロオヤジ、ぐいっと腕を引いて、顔を近づけて真横で酒臭い息を吐いてきやがった! 同席してる連れのオヤジどもはニヤニヤしてるし… くそぅ… ここ半個室になってるから外からわかりにくいんだよね…


「あの… 困ります… 離してください」

「大丈夫だから、ね?」


なにが大丈夫なんだよぉおおお! やーめーてーーこんのっ、エロオヤジぃい! マジきもいし臭い!


なんとかこの場から逃れられないか足掻いていると、後ろから低い声が聞こえてきた。


「ーーーーー お客様、何かございましたか?」


振り向くと、いつものふんわり優しい笑顔がすっかり消えて、見下すような冷たい表情と声の優也君がいた。 ふおっ…ちょっとびびった。


あたしが目線で助けを求めると、あたしを安心させるように軽く頷いてくれた。


「あー? なんだよお前。なんでもねーからあっちいってろよ」

「申し訳ありません、彼女が嫌がっているので離していただけませんか?」


そう言いながら優也君は(縦2つに割ってない)割り箸を二膳持ち、おもむろにバキッと折った… え? 折った?! それを見て焦ったらしい(あたしもびびったわ!)連れの2人がエロオヤジを引っ張って、慌てて席を立った。 


「わ、まずいよイノさん! す、すみませんでした!」


「な、なんだよ!その女が物欲しそうにしてたから、のってやっただけじゃないか! 清純そうな顔してるくせに、そうやって男を誑かして遊びまくってるんだろ!」


2人に引きずられて出て行ったおっさんの捨てゼリフに、なんだか悲しいやら悔しいやらよくわかんなくなって、目から涙がこぼれ落ちた。なんで見ず知らずのおっさんにそこまで言われなきゃいけないの…


ーーーーー ふと、優しい手が肩を抱いてくれて、あたしを隠すように倉庫へと連れて行き、中に入るとおしぼりタオルを渡してくれ、あやすように頭をポンポンしてくれた。


「あんなクズの言うことなんか気にしないで。楽しいことを考えて忘れた方がいい」

「…ぐすっ… 楽しい…事…?」

「そう。…あ、そうだ。明日は暇?豊田さん横浜きたばっかりでしょ?僕が案内するよ」

「え、でも」

「嫌かな?」


嫌なわけない。でもいいのかな… 少し悩んで首を横に振った。甘えても…いいよね?


「あの… ありがとうございます。お願いします」


あたしがそう言うと、彼はぱあっと花が咲くような笑顔になった。


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