第2話 額に汗して働くって素晴らしいよね

季節は春になり、入学式まであと少しとなった。 初めての一人暮らしと、憧れの都会にあたしの心はそわそわと浮き立つ。


「うっきゃーー!きたよ… 憧れの地、横浜!」


新居となるアパートを見上げながら、両手を腰に当て(足はもちろん肩幅に開き)片頬を上げ、ニヤニヤとしながらうんうんと頷く。 若干オヤジが入ってるけど、あたし、これでもヒロインですから!


「ママー、あのお姉ちゃん何してるのー?」

「こ、こらっ! 見ちゃいけません!」



........ヒロインですから!!


 


早速荷ほどきをして、ある程度落ち着けるスペースを確保したあたしは、おもむろに求人雑誌を開いた。何してるのかって?見りゃワカンでしょっ!バイトよバイト!(キレ気味)家から仕送りはあるとはいえ、家賃水道光熱費と食費などなど諸々の経費除くと自由になるお金が足りない! 圧倒的に足りない! せっかく都会に来たんだからオシャレしたい! ノーマネー ノー素敵ライフ!


ぱらぱらと求人雑誌見ていたあたしは「あっ」と声を上げた。家から電車で30分程の場所にある、とあるレストラン。 ここは確かゲームに出てきたヒロインのバイト先だったはず。


「ここっきゃないでしょ!」




******




次の日の午後4時。


あたしは完璧に書きあげた履歴書をもう一度確かめ、印鑑と共にバックにしまうと、鏡の前で最終確認。


「服よーし。髪よーし。メイクよーし。気合…」


両目をぎゅむっと瞑り、両頬をパチンと叩いた。


「よーーし!」


大丈夫、あたしは可愛い。 あたしはヒロイン。 落ちるなんてアリエナーイ。



緊張しつつ電車に乗り、JR根岸駅で降りて、昨日電話で聞いた道順のメモを頼りに歩く。


……そして坂を登る。登る。登る… ぜえぜえ… え、まだ階段あるの? ていうか横浜って全体的に坂多すぎじゃない? 地方とはいえ、比較的平地の多いところに住んでいたあたしはもうヘロヘロよ! HPはあと20%くらいしか残ってないわ!


もう少しで行き倒れると思ったところで、レストランの看板と木造の建物が見えた。 某アーティストの歌に出てくるイルカのレストランだ。


中に入り、店にいた従業員に面接の事を伝えると、奥から店長を呼んできてくれた。 …だけどなんだか様子がちょっとおかしい? 「あー…」とか言いながら近づいてくる。



「えーと、豊田芹香さん… でしたね。 申し訳ないけどさっき来た人に決まっちゃってね。 今回はご縁がなかったってことで…」

「……… はっ?」


いやいやいや、ちょっと待って、いや待てってば。 ゲームではここの先輩従業員も攻略対象者だったんだけど? バイト出来なきゃ、そもそもの出会いもないって話で… えっ? マジでどうすればいいの? 始まる前からオワテたよ。


「御足労してもらってすみませんね。 それじゃ、そういうことで…」





ぅぇえええええええええ!!!








※ 某根岸のレストランは、現在建て替えられて、木造平屋建てから流線型になり、1階がほぼガラス張りの建物に変わってるそうです。 おしゃんてぃ!

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