第6話

第六回

そのとき王沙汰春警部の背広の内ポケットの中からベルの音がして、警部は背広の内側

をのぞき込み、警察無線の機械を取り出すとイヤホンを耳にはめようとしたがソファーの背もたれ越しに刑事たちの方を見ていたチャーミー石川がそのイヤホンを鷲掴みにすると思い切り強く引っ張ったのでイヤホンは機械本体から抜けてスピーカーの方から本部の方からの連絡が丸聞こえだった。

「君は何をするんだ」

王沙汰春警部は顔を真っ赤にして怒った。

するといつものように身をよじってチャーミー石川が絶叫した。

「警察は市民に全部の情報を提供する義務があります」

「なにを言うんだ。君はこの切羽つまった状況において」

「もうわたしたちは銀行強盗の情報をつかんでしまったんですわ。私たちにももっと詳しい話を教えてくれるべきですわ」

矢口まみりの隣に座っている井川はるら先生は王沙汰春警部の顔を非難している表情を向けると、矢口まみりもその隣に座っているスーパーロボ、ヤグチマミリ二号も同意して首を同時に傾けた。

「そうなり」

「ソウナリ」

ここでヤグチマミリ二号の容姿のことを詳しく語っていないのでもう少し詳しく話すと姿形は矢口まみりにうり二つである。そして出かけるときの服装もまみりに合わせているので仮面がなかったら、まるで矢口まみりである。しかしスーパーロボの方は仮面を被っている。仮面というとリオのカーニバルで目のまわりを隠すものを想像するが、怪傑ゾロのようなものでもなく、それは頭の上半分をすべて覆い尽くすヘルメットのようなものである。かたちとしては手塚治虫のビッグエックスの被っているものを想像して欲しい。頭を覆っていれば目が見えないわけであるが、ヘルメットの前部には目の玉の見えるようにふたつの穴があいている。そこからまみりと同じ神秘的な黒い宝石のような目がのぞいている。もっと感じをつかむためには藤子不二夫のパーマンに出てくるパーマン三号を想像してくれればいいかも知れない。しかし、パーマンと言ってもわからない人も多いかも知れない。パーマンというのは宇宙人が地球平和のために地球上で五人の子どもを選び、そのうちの一人は猿であるが、スーパーマンに変身するアイテムを与えたものである。そのヘルメットを被ると怪力を生じ、マントをあおると空を飛び、海にもぐるときは胸につけたバッジを口にくわえて呼吸する。そのヘルメットはスーパーロボのヘルメットに似ている。そしてそれらのアイテムがなくてもスーパーロボは人間を越えた物理的能力を備えているのである。

「返してあげないわよ。もっと詳しく銀行強盗の計画について教えてくれなければ」

ボーイが刑事たちの方を急に振り向いた。刑事たちを銀行強盗の犯人だと思っているのかも知れない。狂信主義のチャーミー石川はイヤホンをつかんだまま放さない。手のひらの中に丸まったイヤホンが入っている。

「ピー、王沙汰春警部、王沙汰春警部、やぶさか寺包囲の布陣は配置し終わりました。どうぞ。ピー」

スピーカーの向こうから本部の割れた声が入って来た。警部はマイクを握ると怒鳴った。

「これから重要な交信は一切するな。わかったな」

「ピー、どうしてですか。ピー」

「どうしてもだ」

「ピー、隠密怪獣についてもですか。ピー」

ここで警部は癇癪を起こして無線機を机の上に叩きつけようとしたが急に思いとどまった。ゼリーのような透明な赤紫色をしたぶよぶよの手の平くらいの大きさの人型のものを取り出すと喫茶店の床の上にめんこのようにして叩きつけると、ペチンという音がしてブルブルと揺れている。

「あー、すっきりした」

これがつんくパパが警視庁に納入した発明品の中で唯一、役に立っている、鬱病解消のためのペッチンプルプルめんこというものだった。

「警部、わたしの発明品を使ってくれましたね」

つんくパパがまだ床の上でプルプル揺れているゴム製品を見ながら満足気につぶやいた。それからすぐに顔を上げて警部の顔を見た。そのゴム製品の顔は新垣の顔をしていた。

「君が警視庁に納入している発明品の中で役に立っているものはこれだけだよ」

「すごい、矢口のパパ、警視庁の捜査の役に立っているんだ」

チャーミー石川が相変わらず物事の本質を理解していない皮相な海の上にもやっている霧や風が巻き起こすさざ波を見てこれが海そのものなんだと思うように素っ頓狂に声を上げた。チャーミー石川の愚言を聞いて矢口まみりとスーパーロボヤグチマミリ二号はげっぷをした。この前もある男とチャーミー石川たちと酒を飲んだとき、石川が酔っぱらって矢口の家のソファーで二時間の熟睡のあと、急に目を覚まして、体温計を持って来てほしいと叫んで、あわてて上着を脱いで鶯色のモヘヤのセーターの下から腋の下に体温計を滑り込ませて、妊娠したのではないかと大騒ぎをしたときと一緒ではないか。チャーミー石川は男と手を握り合っただけだと説得したときと同じようにプッチンプルプルめんこに感動するチャーミー石川に冷水を浴びせてやりたい気持ちのする矢口まみりなのであった。

 しかし、つんくパパはこの事実に十分な意義を見いだしているらしい。

「警部、やはりわたしの発明は役に立っているらしいですね」

「まあな」

「井川先生も仰っていますが、警部が私たちが漏れ聞いた今度の銀行強盗事件の計画について教えて欲しいものですね。そうしないと今度の捕り物騒ぎのことを大騒ぎで街中で言いふらしてしまいますよ。僕は口が固いんですが、ここにいるチャーミー石川は何でもへぼらべらとしゃべってしまいますからね」

「全く、ナボナのコマーシャルをやっていた頃が懐かしいよ。街を歩いていても子どもが近寄って来て、ナボナのお菓子をちょうだいと言って手を差し出して来たものだ」

王沙汰春警部は感慨深いようだった。チャーミー石川だったら、柿の種を手のひら、一握り差し出しただけで口封じをすることくらい簡単だろう。ちなみにここでわけのわからない事をほざいている私目はナボナから一銭も貰っているわけではありませんから、あしからず。

ホームベースのような顔をした王沙汰春警部は苦り切って話を続ける。本当に親から生まれ持った顔の輪郭が野球のホームベースになっているなんて生まれながら野球をするために生まれたような男であるなり。ホームランを渇仰する原初的プログラムが顔の輪郭をホームベースにしてしまったのだろうかなり。

「つんくパパ、まあ、いいだろう。君は一応警察関係者であることだし、君の知り合いなら今度の捜査の邪魔をすることもないだろう。君たちは一連の銀行強盗事件を知っているかい。ニュースでもよく報道されているわけだからな。全く捕まらない。それでいて証拠は十分に残して行くのだ。クルーガーランド金貨とか、スワジランド金貨とか、浅草の人形焼きとかだがな。もしかしたら警察の捜査を撹乱しようとしているのかもしれない。しかし、手口は簡単で単純だ。銀行の金庫の床の下までトンネルを掘って床を破って金目のものを奪って逃げて行く。犯人に計画性など見られない。防犯ブザーの電源を切ろうという算段すら立てていないからだ。しかるに防犯ブザーが鳴り出して警備員が駆けつけるとそこには床に大きな穴が開いているだけで金目のものはなくなり、犯人もいなくなっている。ものの五分もたたない犯行なのだ。それにここは東京である。パリではない。地下水道が縦横無尽に掘られているというわけではないのだ。地下から穴を掘って銀行の金庫の真下まで掘り進んで行くなら、どこかで地上から穴を掘り始めた地点がなければならない。それは大変な時間と労力がかかっているに違いないのだ。とにかくわれわれはその現場の穴の入り口から入って行き、穴を掘り始めた地点を特定することを試みた。そして驚くべき事実を発見した。現場から約三キロ離れた国に一級河川として指定された川の土手にその入り口があったのだ。そしてもっと驚くべきことには十二時間前にはそこには何もなかったことが確認されている。つまりだ。十二時間以内に三キロのトンネルを掘って十分以内にそのトンネルを移動したことを意味している。これが果たして民間人の手によってなされる犯行であろうか。そして警察ではある結論を下した。これは最新の軍事技術を用いたものに違いないと。そこで現在は自衛隊、及び、諸外国の軍隊にこの穴掘り技術についての情報を打診しているところなのだ。そしてこの特異な事件の特異性から同一犯の犯行と断定して日本珍味協会公式認定事件、第百十号事件と呼ぶことにしたのだ。そしてこの事件の匿名の犯人が自ら名乗り出たのだ。自分は隠密怪獣王と名乗ると、そして襲う銀行の場所まで宣言した。やぶさか寺裏、なごみ銀行を襲うと。そこで警察は最大規模の人員を配置した。機動隊、千五百人をだ」

「機動隊、千五百人ですか」

つんくパパはチャーミー石川にも負けないくらい素っ頓狂な声を上げた。

「千五百人もどうやって集めたんですか」

「それは秘密だ。無限機動車を二十台。その上には地上攻撃用ミサイルも載せている。自衛隊、四谷大隊の協力もあおいでいるのだ」

「まあ、素敵。そんな大捕物に参加できるなんて」

チャーミー石川がピンク色の声をあげる。

「チャーミー、不謹慎なり」

「そうなり」

矢口まみりは夢遊病者のような石川のそでを引っ張った。

そのとき、王沙汰春警部の前に座っていた刑事のひとりが急に真面目な顔になって、王警部の方を向く。

「警部。隠密怪獣王包囲大作戦の準備が整ったそうです。なごみ銀行に向かってくださいという報告です」

「よし」

王沙汰春警部は首をろくろく首のようにゆらゆらと揺らして立ち上がった。それはまるで亡くなった林家正蔵のようだった。人情噺をよくし、林家彦六と名乗っていたが正蔵をついだ頃から枯淡の味にさらに磨きがかかり、落語の世界を支えていた老人である。芸の隔世遺伝という話はあるかも知れないが全くの他人にこの首をゆらゆらと揺らしながら、水死人が幽霊となって頭を上げていくというわざをよく受け継いだものである。王警部の首は大まかに巻かれたばねで出来ていて、その頭は中身が空っぽのはりこで出来ているようだった。よしと言った言葉にもビブラートがかかっていて、まるで病の床でふせっている百才の老人のようでもあった。

「ついてくるならついてこ~~~~い」

五人が警視庁のパトカーに乗ってなごみ銀行のそばまで行くとそこには世にも異様な光景が広がっていた。

「これはなんなり」

矢口まみりは絶叫した。

「こんなブルドーザー。パパも見たことがないよ」

そこにはキャタピラがあって前の部分に土を押しのける部品のついているブルドーザーが道路の中央にも、駐車場の中にも、それに人家の庭の中にも、やぶさか寺の墓地の中にも停まっている。その様子は偉観であった。そしてそのブルドーザーの大きさも半端じゃなく、第二次世界大戦のときにドイツ軍が血迷って制作したキングタイガー戦車並の大きさだったのだ。

「なんで、ブルドーザーを用意しているなり」

「フランス人形ちゃん、これがブルドーザーに見えますかな」

王沙汰春警部は得意気だった。

「これが現代の軍事技術の粋を合わせて作られたもぐら退路遮断無限軌道車であります。全部で十八台あります。敵が地下本営にトンネルを掘って進んで来たとき、そのトンネルを遮断するために制作されたのです。これで三百六十度。隠密怪獣王がトンネルを掘ってなごみ銀行の金庫までやって来てもこのもぐら・・・・で退路を遮断するのだ。この全面にある超硬質遮断板で地下十数メートルのトンネルまで二分で達することが出来る。銀行の金庫の防犯ブザーが鳴ったらこの十八台のもぐら・・・が隠密怪獣王の退路をふさぐのです。隠密怪獣王はふくろのネズミでありま~~~~す」

王沙汰春警部はいつのまにか、林家正蔵師匠になっていた。

「素晴らしいわ」

チャーミー石川は腕をねじってあこがれの人にでも出会ったように喜んでいる。

「この歴史的捕り物にまみりちゃんと一緒に立ち会うことが出来るなんて幸せだわ」

井川はるら先生は矢口まみりのの手を握った。つんくパパは発明家としての興味からか、もぐら・・・・のそばに行ってこまごまと観察している。

矢口まみりは人の家の庭にまで、寺の墓地にまでこんなものを置いていいのかしらと思った。

「警部、東京都や国土交通省の許可を得たのですか」

「そんなものを取る必要があるか。相手は十二時間で三キロのトンネルを掘る怪物だぞ。それより、こっちへ」

王沙汰春警部のあとについて行くとテントが張られていて観測機械が置かれている。まわりには迷彩服を着た自衛隊の隊員が忙しく機械をいじっている。

「このステックをいじくると」

王沙汰春警部がテント小屋の中に置かれている機械をいじくると自走車に積まれている地対地ミサイルが自由に位置を変える。上下に動いたり、くるくると回転したりする。その横にはDANGERと書かれた赤いボタンが置いてあってふだんはアクリルのカバーが被さってあるのがそのカバーもはずされている。ちょうどそのときチャーミー石川の足下にバナナの皮が落ちていた。しかし、その皮も少し厚みがある。チャーミーの乞食根性にむらむらと火がついた。「そうよ。この厚み。バナナは半分しか食べられていないのだわ。半分はバナナが入っている。とらなければ。とらなければ」チャーミー石川は落ちているバナナを拾い食いしようと思って身をかがめた。それをスーパーロボが横から取ろうとした。チャーミー石川は取られまいとして足でバナナの皮を踏む。落ちている十円を見られずに取るとき足で踏んづけるあれだ。しかし、真実はバナナは皮だけだったのだ。皮を踏んだチャーミーの重心はゆがんだ。「おっととと」チャーミーはよろけた。そして転ばないために前に移動する。その方向には地対地ミサイルの発射ボタンがあった。チャーミーはボタンの上に手をついた。

「やっちゃった」

矢口まみりが振り返るとミサイルの噴火口からジェット噴流がほとばしり、筑波山の方に飛んで行った。

王沙汰春は渋面を作った。

「この事実はここにいる者だけが知っている。このことはなかったことにしよう」

こういうのをチャーミー的健忘症というのだろうかと矢口まみりは思った。井川はるら先生は何事もなかったように雑巾で機械が置かれているテーブルの上を拭いている。その次の新聞には筑波山の方にある健康牧場というところにある牛小屋に謎のミサイルが飛び込んで牛が十数頭、死んだという記事が出た。 「それより、こっちに来て」

王沙汰春警部が開けっぴろげになっているテント小屋の隣に中が見えないようになっているもうひとつの方のテント小屋の方に連れて行った。

「潜水艦の中みたいなり」

その中はまるで潜水艦の司令室のよう。

丸いレーダーが置かれてコンパスの針がくるくる回るようになっていてときどきピカピカと光る。

「これが地下探索レーダーである。なごみ銀行の周囲十キロの範囲の異常をすべて映し出す」

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