第3話

第三回

警部

ソファーに深く腰を沈めている矢口まみりは身体を乗り出して、その警部の顔をよく見た。世の中には大変な目にある人間もいるものだと矢口まみりは思った。

 それから襲われた銀行の金庫の中が大写しになる。札束や有価証券類がばらぱらに散らばっている。犯人は足のつかない金塊や宝石だけを持ち去ったものらしい。

 向かいのソファーに座っている矢口まみりのパパの矢口つんくは足を組んで唇を尖らしながらそのニュース現場の映像を見ながら、

「僕の発明した、どんなことをしても壊れない金庫だったら、平気だよ」と言った。

矢口まみりは自分のパパながら、この人が発明家だなんて信じられない。どこから見ても銀座のホストである。髪の毛を金髪に染めて眉を細く削っている発明家なんているだろうか。発明家というのは薄汚れた白衣を着て、頭はぼさぼさでなければならないんですと矢口まみりは思うんです。それにもうひとつ気に入らないことが矢口まみりにはあった。

 明治の文豪は です、ます、であると文末を結んでいる。バカボンのパパはいいのだと文末を結ぶ。矢口まみりの思う発明家の理想の姿は なるなりで文末を結ばなければならないと思う。まみりのパパもなるなりで文末を結ばなければならない。そう約束したでしょう。

「矢口のつんくパパ、家にいるときはなりで言葉を結ぶって約束したじゃないですかなり、矢口さんはそれが希望なるなり」

「まみりがそう言うならそうするなり、それがママのいない寂しいまみりへのパパつんくの贈り物なり」

「パパつんく、矢口さんはうれしいなり」

「それで、矢口さんを送ってきた大きな同級生は矢口さんの恋人であるかなり」

「そうでないなり」

「でも少なくても、友達かなり」

「そうなり」

「学校は楽しいかなり」

「学校は楽しいなり、ハロハロ学園は最高なり。でも、いじめっ子がいるなり。矢口さんが可愛いもんだから、ねたんでいるなり。その筆頭がモーニング娘っこなり」

「なんだって、まみり、ハロハロ学園の中でまみりをいじめる子がいるのかい」

「つんくパパ。矢口さんって可愛いじゃない。それで男子生徒にモテモテじゃない。だから、飯田とか、保田とか、辻とか、へちゃむくれたちが矢口さんのことをいじめるんです」

「それでどんなことをされたんだ」

「更衣室でシャワーを浴びていたら服をかくされちゃったんです」

「それはひどい。まみりにはママもいず、可愛そうな子なのに」

「でも、ゴシラ松井くんが今日は不良、モーニング娘っこをやっっけてくれたんです」

「それは大変なことだなり。そんなことが重なったら、まみりはゴジラ松井くんのことが好きになってしまうなり」

「つんくパパ」

矢口まみりはじっと自分の顔を見つめているつんくパパの背後の方を指さした。

「バナナが欲しいと言っているなり」

矢口まみりの指さした方には小さな猿がつんくパパの背もたれのうしろから顔を出している。目のまわりに菱形に白い毛がおおっていて、身体は貧弱である。赤ちゃんの猿のようにもすごい年寄りの猿のようにも見える。上唇を差し出して歯茎を剥き出しにしてさかんにバナナを要求している。これが矢口まみりが小さい頃にはすでにここにいた年齢不詳の猿、ダンデスピーク矢口だった。つんくパパも矢口まみりもその年齢がわからないのだが、すでに三百年間生きている。つんくパパはダンデスピーク矢口にバナナを差し出すと奪い取るようにしてむしゃむしゃと食った。その次の朝、矢口まみりが朝起きてくると、ドリルやグラインダーの音がして、つんくパパはガスバーナーから目を守るためのサングラスをして矢口まみりに朝の挨拶をした。

「矢口さん、期待していてね」

矢口まみりにはなんのことだかさっぱりとわからなかった。

 ハロハロ学園へ行くと、ハロハロ学園野球部が来日したヤンキーズハイスクールとの親善試合をするために壮行会が開かれる手はずになっていた。

 教頭の蛭子は矢口まみりに花束を持たせてゴジラ松井くんに渡させた。ゴジラ松井くんたち一向をのせたバスは試合会場へと向かった。

 矢口まみりがお昼のお弁当を食べ終わって校舎の記念講堂の前にある水道で水を飲んでいるとまたスカートの裾をだらだらと引きずった女の集団の影を背後に感じた。矢口まみりが江戸時代に生きているなら、懐の中から懐剣を出して「近寄るとただじゃすませませぬぞ」というところである。しかし、矢口まみりは懐剣を持っていない。それに矢口まみりの騎士、ゴジラ松井くんもいない。

 「矢口、やってくれるじゃねえかよ。ゴジラ松井くんに花束なんか、渡して」

「教頭先生がやってくれって言ったんです。矢口さんが自分からやりたいと言ったんではありません。きっと矢口さんが可愛いから、教頭先生が適任だと思ったんです」

「言ってくれるじゃないかよ。自分で自分のことを可愛いと言っているぜ。おい、紺野さん、見せておやり、飛竜剣を」

不良たちのうしろの方にいた紺野さんが前の方に出てきた。そして革ひものさきにダイヤモンドを尖らしてような形のナイフのついている得物を頭上で回転させる。それは五メートルくらいの革ひもの両端にダチョウの羽飾りのついた武器だった。

「紺野さんはこれを少林寺で十五年修行したんだよ」

保田が得意そうにいうと紺野さんはそれを回転させたままでんぐりがえしをして、起きあがる直前にしっと叫んで、ナイフを放すと記念講堂の塀の上から顔を出している桃の実の中心をにぶい音をさせてつらぬいた。まみりはそれがあたかも人間の頭でもあるかのように無気味な感覚がした。

そして紺野さんはまだそのナイフを、それもふたつも頭上の上でヘリコプターの羽のように回転させている。紺野さんの表情は地獄から来た殺しやのようだった。

飯田はまた顎をしゃくりあげる得意のポーズをとった。

「これでも、矢口、自分のことを可愛いなんて、血迷ったことをいうのかい」

紺野さんの回している飛竜剣はさらに回転をまし、空気を切り裂く。おそろしい紺野さんのわざである。辻が矢口まみりのそばに来ると矢口まみりの後ろ髪をつかんだ。そして押し倒して、飯田の足下にひざまずかせる。

「わたしの足をお舐め」

辻がぐりぐりと矢口まみりの頭を地面に押しつける。

「矢口さん、どうしたらいいの」

矢口まみりは自問自答した。

するとどうしたことだろう。空のいっかく、木々の隙間から見える青空の中からセーラー服姿の女の子が降臨してくる。地上、十メートルの空中から自分の首に巻いているスカーフを下になぎると紺野さんの飛竜剣にからんだ。地上の紺野さんと空中の少女との引き合いになった。紺野さんの身体が地面から離れる。不良少女たちは紺野さんの足をつかんだ。そして驚いたことに不良たちは紺野さんにからまったまま空中につりあげられてそのままどこかに運ばれていった。まるで家を一軒まるごと持ち上げて運んでしまう大型ヘリコプターのようであった。

 矢口まみりがみんなはどこに行ってしまったのかと思っているとふたたび少女は戻ってきた。そして空中から矢口まみりの前に静かに降り立ったのである。

「あなたは。わたしは矢口さんです。あなたは誰」

矢口まみりの目の前にいる少女は矢口まみりと同じくらいの背の高さである。そして出るところは出ている。

矢口まみりがよく見るとどこかで見たような気がする。しかし、仮面を被っている。

矢口まみりの言葉に反応した。

「ヤグチマミリ、ニゴウデス」

機械的な音声がその肉感的な唇から発せられた。

そしてピカソの作った銅像みたいなものの陰からつんくパパが顔を出した。

「矢口さん」

「つんくパパ」

「矢口さんへの贈り物だよ」

「えっ、贈り物ですか」

「ハロハロ学園に通う矢口さんを不良、モーニング娘っこたちから守るためにつんくパパが作ったスーパーロボなんだよ」

つんくパパはどう見ても発明家に見えないのになんでスーパーロボなんて作ることが出来るのだろう。矢口まみりは自分のパパではあるが本当に不思議だ。なにしろ一ヶ月に数度は夢遊病で交番のお世話になってしまうような人だからだ。

「矢口さん、これからはいつもスーパーロボ、ヤグチマミリ二号と一緒に行動するんだよ」

「いやだ。なんてみんなに言ったらいいの」

「親戚の子だと言えばいいよ」

そして矢口まみりの背後にはいつもスーパーロボ、ヤグチマミリ二号がついていることになった。

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