嗚呼、愛しい麦酒。

@pipiminto

ある夏の日の物語


小さい頃親戚のおじさんから分けてもらったビールは苦いのにシュワシュワしているからかどことなく甘くて慣れない臭みがあって美味しいとは思えなかった。


あれから十数年、好きな飲み物はビールだと即答しちゃえる22歳。


親戚が集まった時には良い飲みっぷりだと喜ばれるけど同世代の女子との呑みでは異質だ。飲み放題の値段も高くなるし、女子はお洒落なカクテルが大好きだからピンクやブルーの可愛らしいグラスの横に並ぶ黄色と白の安っぽいジョッキは似合わない。シャンディガフをビールだと言い聞かせて飲むこともあるけど、やはり私は黒ビールが一番好きだ。


中学からの親友とカフェに行きうっかり酒の話なんてしたものだからビールのことばかり考えてしまって駄目だ。


先月飲み過ぎて泥酔し、彼氏のスーツに嘔吐物を浴びせた大惨事を機に禁酒すると約束したのに。


飲みたい。


一杯くらい…と頭の中で悪魔が囁いた。そうですよね、と思い立ち財布を手に家を出る。どうやら私の頭に天使は不在らしい。


高校の頃から愛用している自転車に跨がると近所のコンビニへ向かった。


コンビニへ入ると少し罪悪感を覚えて引き返そうと思うも梅雨独特の鬱陶しい暑さからの解放に負けてそのまま足を進める。


キンキンに冷えたビールに喉がゴクンと鳴る。


一本にしようと思っていたのに六本くくりつけられたそれから目が離せない。飲みたい、飲みたい、飲みたい。


気が付いたら六本セットのそれが袋に入って手にぶら下がっていた。悪魔に体を支配されていたんだろう。


さぁビールだ。早く家に帰らなければ。


コンビニを出ようとすると外は土砂降りの雨だった。夕立かと思うけど今はもう夜だし、天気予報も夜から雨。


止まないだろうなと雨の中外に出た。どうして普段なら歩く距離に自転車なんて使ってしまったのかと後悔するが時は既に遅い。


かごの中にビールをつっこみ自転車を押して雨の中歩き出した。

痛いほどの雨が体に突き刺さる。


帰ったらすぐお風呂に入ろう。それからビールだ!


そう思うと足が軽やかに動き出すから不思議だ。駆け足気味に家に到着するとビールを冷蔵庫に押し込んで風呂場に向かいながら服を脱いだ。


カン!


投げたパーカーから固い音。拾い上げてみると携帯だった。勢いよく投げてしまったが服の中に入っていたからか画面は無事だった。だがついさっきまで充電は十分されていたはずなのに画面は黒い。


電源をつけようと長押しに長押しを重ねても電源が入らない。


グレーのパーカーはびしょ濡れで少し濃いグレーになっていてもともとの色が跡形もない。つまり。


水没したのだ。


痛い、これは痛い。なんというダメージだ。ビールを一口飲みたかっただけなのに。修理にいくらかかるんだろう。月末だからお金もないのに。


思わぬ痛手に風呂に入る気力も、ビールを飲みたいという欲求もどこかに飛んでいって服を着替えるとベッドにダイブした。


濡れた髪を乾かさなかったことが災いして次の日風邪を引いた。


ビールを飲もうと思っただけなのに。


なんとなく怖くなったから風邪が治るとビールを実家に持っていった。きっとこのビールは彼氏に呪われてる、と思いながら。


その話を後日彼氏にしたら盛大に笑われた。


携帯が壊れて、風邪を引いて、全然笑い事じゃなかったのに。そう言ってもお前が悪いんだろ、と言われてしまえば反論できない。とても悔しい。


そんなこんなで、今年の夏は麦は麦でも麦酒より麦茶が私のお供になりそうです。



チーン。


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