みんな、ずるい

 ユータが声を掛けてくるんじゃないかって期待して、私はいつも放課後は教室でぐずぐずしている。でも、その日声を掛けてきたのはコーヘイだった。


「ユータなら居残りだぜ。補習だってよ」

「別に、待ってたわけじゃないし」


 とっさに嘘をつく。あっそ、とコーヘイはどうでもよさそうに言った。


「じゃあ、帰ろうぜ」


 吹奏楽部の演奏は今日も校舎に響き渡っていた。前よりぎこちなさが薄れて、音が力強くなっている。まるで校舎全体が巨大なスピーカーみたいに、音楽が溢れ出していた。


「マユ、頑張ってんな」

「そうだね」

「俺には真似できないわ。あんなふうに頑張れない。すげーよ」


 コーヘイはいつもこうやってマユのことを褒める。実はマユのこと好きなんじゃないかって思うくらい。だけど、コーヘイの表情はうまく読み取れない。


「ハンバーガー食いたい。行こーぜ」

「別にいいけど」


 一緒にいるところを見られたってコーヘイとならどうってことないし。それにちょっとお腹も空いてるし。


「アカリのおごりな」

「はぁ? 意味分かんないんですけど」


 冗談だってと笑うコーヘイの肩を、一発ばしんと叩く。タイミングよく高らかにトランペットが鳴って、私たちは大笑いしながら校門を出た。音楽が背中を押してくれるみたいで、今日の私の足取りはとっても軽い。


「そういや、また告られたんだって? モテモテじゃーん」

「別にそういうんじゃねーよ」

「白川さんだっけ? 確かけっこう可愛い子だよね。付き合っちゃうの?」

「付き合うわけねーだろ」


 コーヘイの声がわずかに尖る。その鋭さにびっくりして、なに怒ってんのよ、と私は口の中でモゴモゴと呟く。


「お前だって、いつまでそうしてんだよ」

「え?」

「ユータ。あいつ、悪い奴じゃないけどずるいからな」


 言葉に詰まる。コーヘイの言葉の意味がうまく掴めない。コーヘイはいつだって無表情だから。


「お前さ、もし二人が別れたとして、そのあとユータと平気で付き合えんの?」

「そういうこと言わないで」


 私は顔を伏せて足を速めた。とたんにローファーが足を締め付ける。今日は、調子よかったのに。

 コーヘイが小走りに追いかけてきて「悪かったよ」と言った。見上げると、いつもの無表情が叱られた犬みたいな顔になっていて、思わず笑ってしまった。


「コーヘイのおごりね」


 ハンバーガーショップの前で私がそう言うと、コーヘイは困ったように頭を掻いて、マジかよとこぼした。


****


 ハンバーガーのセットとソフトクリームをコーヘイにおごらせた帰り道、私は歩きながらぼんやりと考えていた。

 ユータはずるい。

 私だって気付いていないわけじゃない。ユータは不満があってもマユには直接言わない。その場はいい彼氏の顔をして、そして、その裏で私に愚痴を言うんだ。

 それに、ユータの笑顔は昔と変わった。髪の色が明るくなったように、背が伸びたように、笑顔も、なんていうか、大人の真似をする子どもみたいな、嘘っぽい笑い方をするようになった。

 私の気持ちにだって、ユータはきっと気付いてる。だからキスしたんだ。

 でも、キスをしたのはユータが私を好きだからじゃないし、私がユータを好きだからでもない。

 ただ、マユの愚痴をこぼすのと同じような感覚で、私がマユには絶対に言わないって分かってるから、したんだ。

 ずるいなって思う。ひどいとも思う。

 それが分かってるのに、二回目をずっと待ってる私もたいがいずるい。

 ユータがマユに「じゃー辞めれば?」って言ったみたいに、私も「じゃー別れれば?」って言ったら、ユータもキレるのかな。

 ――好き、嫌い。

 ユータにもマユにも気持ちがぐらぐらする。どっちも好きなはずなのに、ときどきどうしようもなく嫌いになる。それなのに、どうしても嫌いになれない。

 好きだけど嫌い、嫌いだけど好き。

 正反対の気持ちが隣同士、どこまでもどこまでも付いてくる。薄暗い夜道で街灯に照らし出される私の影は、一人ぼっちだ。

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