第27話 五人と古のセレンティア大花祭り 2
楽譜を胸に抱いて待つエマの視界に、小さい頃からずっと憧れてきて、さらさらの金髪が揺れていた。エマを見つけて細められた瞳は、タフトの海の色だった。テオの腕にはしっかりとバレルがかかえられている。潮騒を引き連れた町の想いが今、風そよぐ森へと結びついていくのだとエマは感じた。もちろん、セシルとクライブも一緒だ。
「やったよ!」
セシルが自分のことのように嬉しそうに声をあげた。
「見て見て! この前のよりも艶があっていい感じでしょ!」
「みんな、なに落ち着いてるんだよ、ほら早く。走るよ!」
クライブが、笑ってばかりの二人を促して走り始めた。
「よかったね、エマ。ほら。行っていいんだよ」
壊れた人形のように頷き続けるエマの頭をミッシェルが優しく撫でれば、エマは勢いよく立ち上がって駆け出した。一人でもできるんだとみんなには言ってきたけれど、やっぱり不安だった。テオに抱きついたエマの目から涙がこぼれ落ちる。そんなエマを誰もが優しいまなざしで見つめた。みんな想いは一緒だった。トラヴィス先生は大きな息を吐きだし、アリソンさんはルカさんの腕を揺さぶって笑っていた。
テオがエマの肩を抱きながら晴れ晴れとした顔でステージ裏へとやってきた。腕を組んで仁王立ちで、「主催者様にご挨拶は?」と言わんばかりのポーズをとるミッシェルに、テオは遅くなったことを謝りつつも明るい声を上げた。
「ごめん。お待たせ、お待たせ。でもすっかり納得してくれたというか、わかってくれたというか。さすがに本物のアンティークは強者だったよ!」
テオを含むみんなの嬉しそうな顔を見ていたら、自分だけが怒っている振りをしているのも馬鹿らしくなり、ミッシェルも笑顔に戻って答える。
「とにかくよかったわ。ほっとした。ついにテオくんの気持ちが通じたってわけね!」
「テオだからね! しつこいというか、押しが強いというかね」
クライブが褒めてるのはけなしてるのかよくわからない賛辞を贈れば、セシルもとぼけたことを言う。
「いや、あれだよ・きっと最後は粘り疲れて、テオをセレンティアの天使と見間違ったんだよ」
「やだあ、セシル。テオくんは魔王なんだよ? このふてぶてしさ、腹黒さが天使なわけないでしょ! 魔王の俺さまっぷりに呆れて許してくれたのよ。古の楽器は懐が広かったの!」
散々な言われようだったけれどテオは笑っていた。いや言いたい放題の誰もが笑っていた。先生たちもおかしそうに口元を押さえている。
「さあさあ、セットして運び込みましょう」
アリソンさんに促されて全員で支度を急ぐ。初めて一緒に合わせるのが本番の日で大丈夫なのかという心配が本当は誰の胸にもあった。けれど今はテオとエマの結びつく力を信じるだけだ。
「テオの音に私が合わせるわ。だからテオは好きなように回していいからね」
「わかった。小さい頃から、泣いても転んでも俺についてこられるエマだからな、大丈夫だな」
「そうじゃないでしょ。そこはエマし」
フガフガと興奮するミッシェルの口を塞ぎながらクライブがその耳元で囁く。
「いいのいいの、そう言うことなんだよ。それで本人たちが満足してるんだからそれでいいんだよ。それよりミッシェル、台本チェックしたら?」
はっと目を見開いたミッシェルは奥へと走り出した。『詳細は紹介時に』そうプログラムには書いたのだ。テオが間に合ったとき用のアナウンスはもちろん抜かりなく作り上げてある。ミッシェルはこのコンサートの司会進行役でもあった。
「回し方の練習はしたわね」
「はい、バレルなしですけど、コツも掴みました」
「多少は重くなるけど、一旦のってしまえば大丈夫だから。ソロの時に掴んだ感覚のまま、三部目にね。そこでエマちゃんが合わせてくれれば問題なしね」
まずはピアノのソロでフロシオンの一部目と二部目、次にストリートオルガンでタフトの二部目、そして最後が二つの二部目が合わさっての三部目だ。本来なら、ピアノの二部目に続けてすぐに三部目だろうけれど、タフトの音もじっくり聞いてもらいたいというみんなの意見が一致し、今回の流れになったのだ。
「セレンティアのお祭りなのに、いいの?」
それを決めた日、アリソンさんが申し訳なさそうに聞き返せば、エマが瞳をキラキラさせて答えた。
「タフトの海辺でセレンティアの花を見に行こうって約束するじゃないですか! だから、そんな彼女が見た海の音も、まずはみんなに聞かせるべきなんです!」
「花と町の解釈が……。自信満々でフロシオン断定だけど、まあ、今回はそれでいいよね。フロシオンのお祭りだし」
伝説の中の娘が生まれた町はどこなのか、実は語られてはいない。けれどエマの中ではそれはフロシオン決定なのである。クライブが苦笑しながらミッシェルを振り返れば、彼女は彼女で鼻息荒くクライブに詰め寄った。
「何言ってるの、クライブ! 当たり前でしょ、花と言ったらセレンティアよ! 星にまつわる金色の花が、セレンティアじゃないわけがないでしょ!」
「ミッシェル、それは聞き捨てならないな。僕はキュロスかもって思ったよ?」
「もう〜、なんでそうなるの。セシルだってフロシオンの血が流れてるんだから、そこはセレンティアだって言っておきなさいよ!」
「え〜、母さんだって僕以上に流れてると思うけど、きっとキュロスって言うと思うな」
セシルの切り返しに、ミッシェルが真っ赤になって飛びかかっていく。
「はいはいはいはい。ねえ、それ今必要? きみたちの血はもう、フロシオン・レーデンブロイ云々じゃなくてバルデュールでいいよ。バルデュール万歳! 植物愛、最高! ねえ、花を愛するものは平和も愛するんでしょ?」
さすがはクライブである。ミッシェルもセシルも、植物のことを持ち出されれば黙るしかない。エマは感心してしまう。いつもいつも脱線し、じゃれ合いが過ぎるバルデュールの二人をここまで見事に御せるのはクライブを置いて他にはいないのだと改めて思った。エマの尊敬のまなざしに首を傾げながら、クライブは淡々と感想などを述べる。
「しかし、あれだよね。音楽と物語がリンクして、一見別物に見えるのに連弾とか合奏できるって、なんか興味深いよね。レーデンブロイバージョンとかもあったらいいなあ。そうそう、エマちゃんが話してくれたキュロスの伝承、あれもよかったよ! セシル、あの話、古代フロシオン語かどうかちゃんと調べておいてよ」
「あら、そんなに素敵な話があるの? レーデンブロイって遠い北の国よね。私も頑張って行ってみたいわ」
「ああ、いいですね、それ。アリソンさん、いつかみんなで行きましょう。実は……ものすごく綺麗な鱗を肌に持つ人がいるんですよ! それもすごい美形です! おとぎ話の王子様みたいじゃないですか?」
エマがこっそり耳打ちすれば、アリソンさんは少女のように「まあ!」と頬を染めた。じろりと視線を投げ掛けてくるテオを横目に、エマとアリソンさんは手を取り合って笑った。
タフトの町はエマたち五人にとって、もう遠い町、知らない町ではなくなっていた。それは自分たちと同じ想いを持つ人たちの町なのだ。はるか昔から互いを必要としてきた二つの町の想いを、大花祭りで一人でも多くの人に感じてもらいたいと、五人は心から願ったのである。
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