第23話 幼馴染たちと海辺の町の物語 2

 テントの中には小さな子どもたちがたくさん集まっていた。エマたちはその姿に、人形劇に夢中になっていた小さな頃の自分たちを思い出した。ああ、この子たちをがっかりさせなくて本当に良かったと、二人は心からほっとして笑顔を見合わせた。


 エマは自分が目指すべきものが見えてきたような気持ちだった。テオが必要としてくれているのなら、今を一緒に頑張ろうと決意したけれど、それはまだまだ漠然としたものだった。けれど、あの「再生」の能力が発動した瞬間、エマはそこに必要な形が浮かび上がったように感じたのだ。役に立たない力だと思ってきた「開花」が、エマには想像もできないような力を制御しようとしているテオを助けるものになる、そんな嬉しいことがあるだろうか。いくらでも力になりたい、エマはそう思ったのだ。ミッシェルが降る花を喜んでくれた時のように、自分の能力を誰かのために役立てることができるということは、エマの中に大きな喜びをもたらした。それが大好きな人ならなおのこと。


「?」

「ううん、なんでもない。楽しみだね」


 なるべく小さい子たちの邪魔にならないようにと、エマとテオは端っこの席に並んで座った。その手はしっかりと握られたままだ。ふと、前に座っていた小さな男の子が振り返り、二人の姿を見るとすかさず質問してきた。


「お兄ちゃんたち仲良しなの? だから手をつないでいるの?」

「ああ、そうだよ。お兄ちゃんはお姉ちゃんが大好きなんだ。だから、こうやって手を握ってるんだ。逃げられちゃったら大変だからな。知ってるか? 女の子は逃げ足が速いんだぞ。びっくりするほどにな」

「へえ、お兄ちゃん物知りだね」

「まあな。お前、なんて名前?」

「リアム」

「いいか、リアム。とにかく、大切なものはなくさないように、しっかりつないでおくことだ。大事なことだから忘れんなよ」


 小さい子相手になんてことを! とエマは赤くなったけれど、テオはまったく悪びれた風もない。それどころか得意そうだ。頭が痛くなりそうだとエマが思った時、リアムが真剣な顔で口を開いた。


「そっか、だからか……ローズもそうなんだよ。すぐに逃げるんだ」

「それはリアムが意地悪するからでしょ!」


 ローズと呼ばれた女の子が口を尖らせて可愛らしく抗議すれば、テオが答えを促すようにリアムを見て盾を上げた。リアムが「ごめん、悪かったよ」と言いながら彼女の手を握る。ローズの頬がぱっと色づき、さっきまでの威勢はどうしたのか、もじもじと落ち着かなくなり、リアムも目を丸くしたまま黙ってしまう。それでもお互いをちらちらと見やり、なんだか嬉しそうだ。

 そんな二人が可愛くて、エマは思わず口元を押さえて忍び笑いをもらした。彼らにとって、今日見る「ルルセラスの伝説」は忘れられないものになるだろう。

 振り返れば、エマにもテオとの思い出に残る日はたくさんある。どの日もみんな色褪せず、今もエマの中にくっきりと刻み込まれている。頬を染めるローズのように、テオの言葉に赤面してしまった日だって数えきれないほどだ。それを思い出したエマが、ちょっぴり恥ずかしくなって俯けば、テオが顔を覗き込んでいたずらっ子のように笑った。エマは口を尖らせて、テオの脇腹を肘で小突いた。それでもクスクス笑い続けるテオに、エマは鼻を鳴らしてそっぽを向いたけれど、手は握られたままだった。


 その時、拍手が沸き起こった。アリソンさんがストリートオルガンを押して入ってきたのだ。エマたちもようやく手を離し、拍手を送る。不思議な楽器の美しさに子どもたちの視線は釘づけになった。そこかしこで小さな歓声や感嘆のため息が聞こえる。仄かな光の中に浮かび上がるストリートオルガンに、エマは自分たちが初めて古のセレンティアを見たときの感動を思い出した。そう、それは光のベールをまとった神々しさだ。


「遅れてくるお友達もいるかもしれないから、あと五分だけ待ってちょうだいね」


 アリソンさんの言葉に子どもたちが大きな声で「はーい」と返事をする。どの顔もこれから始まるお話を思って輝いている。一緒に声を上げはしなかったけれど、エマも子どもたちと同じように胸が高鳴るのを感じていた。

 舞台の上からアリソンさんは、仲良く腰掛けているエマたちの様子を見ていた。「再生」の能力は驚くべきものだったけれど、それはテオが言うように、エマの力があってのことだと彼女も感じていた。今だけではなく、この先もまた、エマの力は必要となるだろう。

 しかしそれは依存でもなければ一方的な助けでもない。二人の能力は、互いを呼び起こし引き立てあうものなのだ。そしてそれはまた、彼らが持つ本来の力がどこまで高められるかという可能性も秘めているとアリソンさんは思った。当の本人たち、特に能力についてあまりにも無欲なエマには考えもつかないことだろうけれど、彼らの前に座り、ストリートオルガンの最終調整をする彼女の目には、そんな日が見えるようだった。


 「再生」と「開花」。あまりにも特別すぎて誰もがまるで物語のようだと思ってしまう力。しかしそれははるか昔から存在するもので、古い文献の中にも書き記されている確かなものだ。まさにフロシオンの頂点とも言えるその力が、再びこの世界に戻ってきた。その役割とは何だろうか。そこには何が生まれるだろうか。彼らの可能性はどこまで広がっていくだろうか。

 ルルセラスの伝説がその新しい時代の一ページを飾るのだと思うと、アリソンさんは胸が一杯になった。自分たち家族の歴史、その最後の幕をそっと下ろすのだと思っていたけれど、そうは言っていられないようだ。華麗に一幕目を終え、次のステージにテオたちとともに出発しなければ。いつにない高揚感が彼女を満たしていった。


「さあ、はじめましょうか。みなさん、今日はありがとう」


 そう言いながらアリソンさんがワゴンにかけられた布を取った。流木でできた大きな額が現れる。その中に広がるのは青く輝く海だ。わあと歓声が上がる。見るもの誰もがその色に輝きに引きこまれていく。柔らかな声で、遠い町の物語が幕を開けた。

 アリソンさんの言葉はタフトの方言だった。想像でしかなかったけれど、エマにはそれが潮騒の響きのように感じられた。打ち寄せる波、潮の香り、まばゆい太陽、輝く波間。テオが知っているタフトの風景を、自分も見てみたいと思わずにはいられなかった。

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