第2話 幼馴染は大きな一歩に辿り着く
「何度も考えたんだけど……これって」
「再生?」
「ああ。僕もそう思うよ。っていうか、それしかないんじゃない、この訳には?」
午後の図書館でクライブとテオは額をつきあわせてお互いのノートを覗き込んでいた。高等科になり、同じクラスになった二人は迷わず古代フロシオン語の授業を選択した。
中等科からこの言語に夢中で、すでにかなりのことができるようになっていた二人にとって、最初は物足りないように感じられていた授業だったけれど、二人のやる気具合、今年のクラスのレベルを考えた教師が、今までにはないカリキュラムを組んでくれた。次々と、見たこともないようなテキストが配布され始め、ぐっと内容が濃くなる。
図書館に通ってコーナーに座り続けていたとしても、彼らはまだまだ子どもの領域を出るか出ないかだ。それに対して、大学院までずっとその道で切磋琢磨してきた教師はやはり視点というか切り口というか、そのアプローチの仕方も彼らには考えつかないものがあって、二人は目の前が急にクリアになっていくような気がした。
今まで蓄えてきた知識や努力ももちろん無駄になるわけがなく、教師が驚くほどに彼らの言語に対する才能は開花していったのだ。そして、そんな彼らに奇跡ともいうべきものがもたらされた。
たまたまだと教師は言ったけれど、「なに、これはもう運命?」とクライブは思わず呟いてしまったほどだ。そう、フロシオンの始まり、古代能力のあれこれなるテキストが配られたのだ。それも、ミッシェルの持ってきてくれたものよりももっと複雑で辞典的なもの。
テオが解読を始めたあの詩を含む、そのあたりの年代のフロシオンたちの、とてつもなく詳細な説明文のような文章中には、見たことも聞いたこともないような言葉が並んでいた。それらはすべて能力の名称だろうと二人には思えた。
「ちょっと待って、フロシオンの能力は主に促進だって誰が言ったんだよ……」
「エマの開花だって、ありえないものだと思ってたけど……」
「もしかして、僕たちが知らされてないだけ?」
「ん~。確かにもうすでになくなってしまったものもあるだろうけど……だけど、これ、すごすぎるよな」
「ああ。ちょっと予想もしてなかったから、正直僕、びびってる」
「クライブ、俺の能力も……ここに書かれてる可能性があるってことだよな」
「うん、かなり確率は高いんじゃないかなあ。テオだけじゃなくて、他にももっと、色々と複雑な人がいるかもって思えてきた。これだけたくさんの能力、消滅してしまったとは思えないからね。絶対に隠されているだけだよ。テオ、僕たちいよいよ辿り着いたって感じ?」
「まあ、これが読み解けたらだけどな」
「やるさ、やってみせるさ!」
「ああ、ここまできたんだからな。とことんやるだけだよな」
「ほら、見て。この右から三番目とかさ、あの言葉に似てると思わない?」
「ああ。ほらこっちも」
彼らはすでに、テオの能力とおぼしきものをさすであろう古代フロシオン語を特定しつつあった。ミッシェルの持ってきてくれた本が大いに役立っていた。確実とまではいかなかったけれど、テオが図書館で見つけた詩から写し取った言葉と何度も照らし合わせた結果、多分それだろうというところまできたのだ。けれどそこからがぱったりだった。さらなる展開をあれこれ探し続けてきたというのに、この一年、なにも見つけられずにいた。
そんな時にテキストの配布。受け取ったものの中に全く同じものはなかったけれど、かなり似たものをいくつか見つけた二人の意見は一致した。
言語の変形だ。古い話は口伝を後にまとめたもの。それゆえに元の形から変わってしまっているのではないだろうかと思っていたけれど、まさに今回その確証を得たのだ。もう一度、めぼしいものを集中的に読み直していけば、正しい言葉が見つかるかもしれない。
やるしかないと二人は頷きあった。それからの数週間はまさに戦いだった。そしてようやく見出したもの……それが二人同時に口にした「再生」だった。
「再生なんだよ、テオ、きみの能力は」
「再生……そんな魔法みたいなの、ありえると思うか? クライブ?」
「う~ん、悔しいけど僕には見当もつかないね。自分はどうなのさ、その双葉からなにか感じる?」
「いや。特にないなあ。だけど、あの時はもうむちゃくちゃだった。尋常じゃない力だったんだ。一言で言うと……破壊かな。こう、せり上がってきて膨れ上がって……爆発的ななにかだよ」
「そっか。でも破壊と再生は背中合わせだからね。同じようなエネルギーを感じるかもしれないよ」
「だったらいいんだけどな。同じものなのに真逆……。あ!」
テオの上げた声にクライブが大きく頷いて、続きを引き取った。
「そうだよ! これは間違いなく、青い月の呪いに対抗する力になるだろうね」
「それって思った以上にあれこれを、いい方向へ転換できるかもしれないってことだよな……」
能力がなんであるかだけでなく、抱える呪いにまで影響してくるかもしれない発見に、テオは震える思いだった。決まったわけではない、ただの仮定に過ぎない。けれど自分の中に、一番怖れていたものと対等に向き合えるかもしれないという可能性が生まれたのだ。もしかしたら、今度こそ忌々しい縛りから自分を解き放つことができるかもしれない。テオはその綺麗な顔をくちゃくちゃにして、わきあがってくる思いを噛み締めた。感極まって、クライブの胸をドンドン拳で叩いた。
「痛いから……テオ! なんだよ、このクソ力。僕が怪我したらヘルパーがいなくなって困るのはテオなんだからな。ちょっとは加減しろ!」
文句を言いながらもクライブは笑っていた。彼もまた嬉しかったのだ。クライブはこの数年を振り返らずにはいられなかった。
一人で好きなものにのめり込む、それだけで十分だった。それなのに気がつけば一緒にノートを広げる親友がいて、自分だけでは思いつかないようなアイデアをシェアして、悔しがったり喜んだり……。
青い月の日の双子だなんて厄介なものを抱え込んで、フロシオンのわけのわからない能力に振り回されて、大好きな彼女のことをどんな時も考えているのに触れることも叶わず、恐ろしく綺麗な顔をした親友はまさに満身創痍だった。
口を開けば悪態ばかりついて素直にならず、それなのに、時々見せる微笑みは見ているクライブの胸が締め付けられるほどだった。だからこそ、ただの言語体系の習得なんかじゃない、凄まじく追いつめられた「いきなりの現場検証」みたいな時間を、一度たりとも嫌だと思わなかったのだ。
手のかかる、不器用な親友を支えられるのは自分なのだと、クライブはどこか誇らしかった。まだ、なに一つ完全に解き明かされたわけではなかったけれど、彼もまた確実に自分たちが前進したことを感じていた。
「なあ、テオ。もう一歩踏み出してもいいんじゃないかな?」
「え?」
「これは僕の直感でしかないけど、「再生」には覚悟と自信、この言葉が見え隠れしているような気がするんだ。それってそのまま、テオに当てはまるんじゃないかなあ」
「覚悟と自信?」
「ああ。そろそろ腹決めたら?」
複雑な表情を見せるテオに、「もう今日は疲れたから帰ろう」と言ってクライブは片付け始めた。テオも慌ててそれにならう。その時、ふと書架の影に人の気配がした。二人が振り返ればそこには館長がいて、手招きしている。顔を見合わせた二人は荷物を掴むと急ぎそちらに向かった。
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