第6話 幼馴染は精霊だった

「ああ、あの日ね、降ってきた花の中ですごいねすごいねってはしゃいでたら疲れちゃって。二人して寝ちゃったんだよね。でも花は消えてなくて、ドア開けたママがびっくりっていう!」

「なにそれ! 感動的! っていうか幻想的! あ〜私も見たかった。体験してみた~い」


 そんなことを言っているうちに周りに散らばっていた花のいくつが光になって、通りかかったベビーカーの赤ちゃんがそれを見てきゃっきゃと笑い声をあげた。


「ねえ、でしょう。きれいなものは誰にだってわかるのよ。なんて言うか、命の輝きを見せてもらったような気分? エマの能力が『開花』だって噂には聞いていたけど、これほどとはね。ここであったのも運命ね。エマ、私と一緒にセレンティアの研究をしてみない? まだまだこの花には可能性があると思うの! エマとならやれる気がする」


 頬を紅潮させ、ミッショエルが一気にまくしたてた。緑がかった綺麗な金髪が、まるで意思を持っているかのようにうねっている様子にエマはのけぞった。


(目の錯覚? そうだよね、きっとそうよ。興奮状態で体が細かく振動しているんだわ、それでそう見えるのよ、うん……多分、多分……)


 ミッシェルのあまりの迫力に驚かされながらも、エマは一方でとてつもない嬉しさを感じていた。


「研究は無理かもしれないけど、協力くらいならできると思うわ。でも本当、難しいことはわからないからね」

「全然OKよ。ありがとうエマ! 嬉しい! 本当に嬉しい! 今日から私たち、親友ね!」

「え? 親友……。うん。うん! ありがとう、ミッシェル! 親友ね!」


 いつだって誰もが遠巻きにエマを見ていた。つかず離れずで、エマには親しい友達なんていなかったのだ。それでも向けられる視線はまだ緩やかだった。それが中等科に入ってからはどうだろう。まるで嵐の中に放り込まれたかのようだった。友達なんて一生できないだろうと、そう思うほどの。

 だからミッシェルの言葉に戸惑いつつも、エマは胸が一杯になった。テオ以外で、能力を真正面から受けとめ褒めてくれたのはミッシェルが初めてだったのだ。彼女の言葉には偽りなどなくて、まっすぐでキラキラしていて、エマの心の真ん中に迷いなく飛び込んできて、すっと馴染んでいった。


「よかったな、エマ……」


 テオが感無量といわんばかりに顔を輝かせて言った。ずっと心配していたのだ。エマには自分以外にも、もっと彼女を理解してくれる友人が必要だとテオは感じていた。だから喜びもひとしおだった。エマと同じように、テオも感動していた。

 何度も何度も頷き返してくるエマに、テオはそっと花冠を被せた。小さな花が三重になっていてとても繊細で優美なものだ。


「これはエマの方が似合うから。そっちは俺が被る」


 頭上の花冠に気を取られているうちに、エマの手の中から、大きめの花があっちをむいたりこっちをむいたりして不格好なものがさっと取り上げられた。テオのと並べるとその出来上がりの差は明らかだ。


「あ、いや、それは……ねえ、待って。お願い、本当に待って」


 エマは我に返って慌てたけれど、テオは御構い無しでそれを被った。取り返そうと躍起になっていたエマは、その姿を見て絶句してしまう。


(テオなんて、テオなんて……)


 見慣れていて耐性は十分だと思っていたのに、天使のようなテオは今日も無敵だった。不揃いな花さえも、あえてそう作らせたかのように美しく見える。美形おそるべしとエマはため息をついた。花冠が少女のものだなんて妄想だったのかしら。思わずそんな呟きがこぼれ落ちそうになる。しかしそんなことは今に始まったわけではない。分かりきっていたことだ。それでもなんだか不公平な気がして、エマが密かに口を尖らせていると、瞳を潤ませたミッシェルが、猛烈な勢いでエマに抱きついてきた。


「エマ、エマはやっぱり私のセレンティアの精霊なのね! もう……どうしてくれようかしら!」


 どうやらミッシェルの目にはテオなど映っていないようだ。自分以上にテオへの耐性がある人なんて初めて見たとエマは驚いた。なんとも心強い親友である。


(だけど……セレンティアの精霊ってなんだろう。天使ならわかるけど……)


 読んだことのある本を思い出しても、当てはまるものが思い浮かばない。けれどミッシェルは代々セレンティアの古木を管理しているバルテュール家の人間。精霊についても、きっと世間には知られていないすごい蔵書があるにちがいない、エマはそう思うことにした。


「えっと……なんかちょっとよくわかんないけど……とにかく喜んでもらえてよかったわ。でもほら見て。テオってセレンティア物語の天使ぽいと思わない? すごく綺麗でしょ?」


 初対面の時からエマ一推しのぶれないミッシェル。エマは疑問に思ったことを振ってみる。


「あ、テオくんの綺麗さは安定というか当たり前というか、だから私的にはあまり響かないのよね。それよりもエマよ。何でこんなにセレンティアの花が似合うの? そうね、そうよ、やっぱり精霊だからだよね。うふふふふ、当たり前じゃない、私ったら」

「そうそう、精霊なんだよ、ミッシェル。なかなか鋭いね」


 テオも同意して二人はなんだか盛り上がっている。それを横目に必死で記憶を探るエマ。精霊、精霊、精霊……。ようやくそれらしきものを思い出したエマは半眼になった。


「ちょっと待って二人とも。それって私の鼻がみんなより低くて、童顔だっていうことじゃないの! なんか、褒められた感じがしな~い! ヤダヤダ、鼻だってこれからまだ高くなる予定なんです!」


 予定ってなんだよ、とテオが噴き出す横で、ミッシェルが真顔で迫って来る。


「とにもかくにもよ! 写真撮っておくから。はい、こっち見て!」


 テオと二人の写真だなんて恥ずかしい。そう思ってエマがそそくさと離れようとしたのに、異常に笑顔のテオにぐいっと腕をつかまれ、その綺麗な顔を押しつけられてしまう。テオは全然恥ずかしがりもせず、小さい頃のようにほっぺたを合わせて笑っているのだ。触れ合っている部分があったかくてくすぐったい。そのうちエマも気持ちが緩んで一緒に笑い始めた。その様子にミッシェルが感嘆の声をあげ、何度もシャッターを切る。


「いい! いいわあ。これ、引き延ばして研究室に飾るから!」

「やめてよ、恥ずかしい!」

「いや、絶対飾る。私の輝かしい未来のためにも! 研究成功のお守りみたいなものよ、だから許してぇ」


 強引なのに甘え上手でなんだか憎めないミッシェルに懇願され、エマは渋々頷いた。ミッシェルは大喜びだ。そうこうしているうちに人が集まり始めた。今日のために着飾った小さな女の子たちが多い。その装いにきっと花冠はぴったりなはず。花が山盛りのコンテナに彼女たちの目は釘付けだ。その頬がピンクに色づいて本当に可愛らしい。エマは遠い日の自分をそこに重ね合わせて微笑まずにはいられなかった。


 見渡せばいつの間にか広場も多くの人で溢れている。花祭りはいよいよ本格的な熱気に包まれてきた。他にスタッフがいるとはいえミッシェルも遊んではいられない。


「じゃあ明日! 一緒に中庭でランチね!」


 そう言って手を振るミッシェルに別れを告げ、テオとエマは歩き始めた。

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