第5話 幼馴染は特別装備

 エマたちの町、国の始まりともされるいにしえの大木セレンティアを中心に広がるフロシオンは、自然界と不思議なえにしでつながっている人たちの住む町だ。国で最も長い歴史を持つ。

 この町で生まれた人は、濃淡の違いはあるものの、みな緑色の目を持っていて、その髪はセレンティアの花の色と一緒の金色だ。

 そして一番の特徴はその能力だった。ほとんどの人が「促進」と言われる植物と共鳴する力を持っていて、成長を助けたり強化したりできるのだ。古のセレンティアの種から今なお若木が育てられるのも、住人たちのそんな力におうところが大きいのだと考えられている。


 エマも金色の髪に緑色の目だったけれど、その能力は「開花」だ。とてもまれなもので、エマは今まで同じ能力を持った人に会ったことはない。「開花」とはその名の通り、花が咲くのを手助けする力。まだ固い蕾を咲かせたりするものだと言われているけれど、エマの場合は少し違った。彼女の能力は、目の前にある植物だけではなく、空気中に飛散している花粉や種の破片などにも影響を及ぼす。そう、「開花」の可能性を持つものならどんなものであろうと、瞬時にそれを引き出せるのだ。神の力か奇跡かと驚かれ、神童や精霊っ子と呼ばれたりもした。


 けれどエマにはその仕組みはちっともわからなかったし、それは大人たちも同じだった。実際、「開花」についての説明を受けたとき、主治医は文献片手だった。特殊な能力すぎて誰も確かなことがわからないのだ。もはや魔法レベルだと人は噂した。

 そんなわけで「エマは天才なの?」と問われることも多かった。他に言いようがないからだ。そしてその度エマは否定してきた。エマにもその使い方がわからない。自分のものであって自分のものではないような感覚。もし天才ならばとっくに使いこなせていただろう。けれど、本人も気づかない場所から花が咲くとか、エマには意味もわからなければコントロールもできなかった。一つ言えることは、この能力は感情に直結しすぎた。そしてそれは、素直で無防備すぎるエマにとってかなり手強いものだったのだ。

 それでも、単純に言えば嬉しくて笑えば花が咲くと言う能力だ。興奮するとそれが顕著になるけれど、多少相手を驚かせることはあっても困らせるわけではない。綺麗だしなんの問題もないはず。だからそれが何かだなんて全然気にすることはない。両親はそう言って励ましてくれた。

 

 しかし「普通ではない」ことに娘が反応しすぎないよう、彼らが心を砕くにはもう一つの理由があった。エマはさらに普通ではないものを持っていたのだ。

 それは目だ。瞳の色。エマの緑はただの緑ではなかった。それは「天使の花」と呼ばれるもので、太陽の光に当たると赤紫に輝くのだ。これもまた稀有けうなもので、何か意味はあるのか力はあるのか、わからないままだった。ただ、古文書にもその言葉が残されていることから、歴史上に何人か存在したと言うことは確かだった。けれど、それだけだ。


「せめて何か記録が残っていれば説明もしやすかったのになあ。これじゃあ、人を驚かすだけ。面倒くさいばっかり。あ~あ、私もみんなと同じ普通の緑色が良かったなあ」


 誰にも言わなかったけれど、エマはそう思っていた。「開花」に「天使の花」。自分一人が、面白おかしく騒がれる厄介なものを、次から次へと引き受けてしまったのだ。貧乏くじを引いたような気分だった。だけどそれをいったん口にすれば、救いようもなく落ち込みそうだったから、あえて無関心を装うことにした。


 それでも、まだまだ子ども、未就学児。やはりあちこちで問題は発生した。感情とともに発動する能力はバランスを欠き、いつだって人々の困惑を引き起こすものでしかなかったのだ。能力に振り回わされ続ける自分に嫌気がさし、エマは結局とことん落ち込んだ。

 何より辛かったのは、そんな自分を理解してくれようとする人がいなかったことだ。エマが歩み寄ろうと思っても、大概の人には驚かれたりかわされたりなどで一方通行。心を許して頼れる相手など見つけられそうになかった。

 

 次第にエマは隅で静かにしていることを選びがちになった。感情的になれば、何もかもが台無しだ。またひとつ他者との間に壁を作ってしまう。能力を発動させないためにも感情をセーブする必要があった。気がつけば、仮面みたいな笑顔をうっすらと貼り付けたエマができあがっていた。心が冷えていくのを感じずにはいられなかった。

 そんな時だ。テオがやってきた。そして救ってくれたのだ。


「俺の前では下手に抑え込まなくてもいいよ。好きなことを言って、好きなようにすればいい。でも、人が多いところでは気をつけような」


 そう言って外出先での失敗をフォローしてくれたり慰めてくれたりするたび、エマは心が軽くなるのを感じた。無関心や我慢ではなく、きちんと自分の心と向き合おう。エマはテオのおかげで、ようやく感情のコントロールを練習しようと思えるようになったのだ。


 テオは、エマが嬉しい時に思いっきり花を咲かせても笑ってくれた。すごいすごいと言ってくれた。驚いたことも引いたこともない。それどころか、「え? これだけ? もっとやればいいのに」なんて言われることさえあったのだ。それは大きなことだった。そんな風にバランスを取ってくれたからこそ、心が折れることはなかった。自分を作っていくことができたのだ。一人だったら途中で嫌になって投げ出したかもしれない。でも時に褒めてくれ、時に怒ってくれる人がいたからできた。


 中等科になる頃には、ただただ感情をセーブするというよりは、周りをよく見て対応を変えていこうと、エマ自身思えるようになっていた。人が多くなれば反応も様々になってくる。一方的に壁を作るのではなくて、時にはもう一歩前に出てみてもいいんじゃないか、テオもそう励ましてくれた。

 だからだ。エマは今だと思った。中等科で、いつも一緒だったテオと初めて離れる時間ができて、彼に依存していた自分に改めて気づかされた。このままではいけないのだと強く感じた。それがテオの負担になるかもしれないことを怖れたのだ。

 一人でやろう、やり抜こう。エマは進級して以来ずっと気を張って自分なりに頑張った。けれどその気持ちは空回りし、テオに心配をかけまいとするあまり、逆に関係はぎこちなく悪くなっていったのだ。

 泣きつきたいと心が叫び、必死でそれを我慢する。そのためにもテオと顔を合わすわけには、ましてや話すわけにはいかなかった。そしてそんな時、自分の知らない友人たちに囲まれたテオが笑っているのを見つけ、心はさらにどんより重くなった。

 花を咲かせないようにとセーブする必要なんてなかった。花が咲くような楽しい気分になんてなれるはずもなかったのだ。全てが煩わしくなり、エマは無意識のうちに分厚い壁を作って閉じこもり気味になっていた。


 それなのに今日はすっかり力が抜けていた。テオと一緒だからだ。まるで小さい頃に戻ったみたいだとは思っていたけれど、まさかこれほどだったとはとエマは驚きを隠せない。朝早い時間でよかったと肩をすくめ、ミッシェルに頭を下げた。


「ごめん、私、やっちゃった。でもこれ、すぐに消えちゃうから」

「え?」

「なんていうか一時的なもので、みんなまた元の姿に戻るんだよね。私の気持ちに一時同調してくれるみたい」

「そうなんだ」

「うん、だから花としては使えない、ごめんね」

「いやいや、大丈夫。こっちこそ興奮してごめん。じゃあ、しばらく見てればその変化もわかるってことね。で、どれくらいで変わるのかしら?」

「う~ん、それがばらばらなんだよね。すぐに消える時もあれば、いつまでも消えない時もあるし、消えないでって思えば長く続くような気もするし……」

「そうそう、初めての曲が全部通しで弾けた時、あれはすごかったな」


 テオが花を一つ手の平にのせて呟いた。

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