第4話 幼馴染は花を咲かせる

 コロコロと表情を変えるエマの様子に最初は目を見張っていたミッショエルだったけれど、すぐに何かを見つけたようにウンウンと頷いた。


「じゃあ、好きなだけ花を籠に入れて。冠は花のすぐ下の茎を蔓に結びつけていくだけよ。籠に入っているでしょ。そうそう、その蔓。好きな長さに使えばいいから。小さめの花で二重三重にすると素敵かも。それでね。はい、これ。早く来た人の特権。数に限りがあるから今だけよ。どの色がいい?」


 ミッシェルが色とりどりのリボンを二人の前に広げた。エマがためらいなく青を、テオが同じように緑を選ぶ。それを見たミッシェルはニンマリと笑った。


「ふ~ん、やっぱり仲良しなんだね。あなたテオで、あなたエマでしょ? 私はミッシェル・バルテュール。まあ、ここに書いてるからもうわかってたとは思うけど。同じ中等科の一年よ。別のクラスだけど、あなたたちって結構有名だから。それに私的にはエマのことが知りたくてウズウズしていたところだから、今日はとっても嬉しいわ! きてくれてありがとう」


(え? 今なんて? なに? なに?)


 疑問符が渦巻くエマだったけれど、口を開く前に「はいはい、まずは冠よ! どっさりあるからね、遠慮はいらないわよ。話はまた後で」とミッシェルに押し出された。


 コンテナの前に跪いたエマはそっとセレンティアの花に手を伸ばす。思ったよりもしっかりしているけれど恐ろしく軽い。それに、花びらの輝くような金色が少しも損なわれていない。瑞々しく、まるでまだ枝についているかのようだ。さらに、うず高く積まれていると言うのに、金色のおしべには花粉がついたままで崩れる様子もなかった。

 よく知っている花だと思っていたのに、こうして見ると知らないことだらけだということにエマは気づいた。セレンティア、つくづく不思議な花。顔を近づければ甘い香りが一層強くなった。夢みたいだと、エマは大好きなその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


 テオは、そんなエマを横目に、微笑みながらせっせと花を移し替えていく。十分な花を籠に入れて受け付けに戻れば、ミッシェルが声を潜めてこっそりと教えてくれる。


「すごいでしょ。丸一日このままなのよ。しおれたり枯れたりしないの。みんな今日はきっとびっくりするわね。セレンティアの花ってね、秘密がまだまだ隠されているの」


 エマはまじまじとミッシェルを見つめた。ミッシェル・バルデュールはちゃんと室長だった。きっとその知識は半端ないものだろう。けれど、それを偉そうにひけらかすことはない。とても自然体で、セレンティアの花が好きで好きでたまらないというのだけが伝わってくる。エマはなんだか感動してしまった。


「お~い、エマ、どうしたの? 大丈夫? 早く作らなくっちゃだよ!」


 自分をじっと見つめたままのエマをミッシェルが促した。クロスの上、テオに手招きされてその隣に座ったエマは、もう一度ミッシェルを振り返って頷きかけるとまずは蔓を手に取った。


「エマは不器用だから大きめの花で作りなよ。小さいのは俺が使うから」


 テオがエマのために、手早く花を選り分けながら言う。いつもながら手際が良い。しかしエマは感心しながらもその容赦ない言葉にふんと鼻を鳴らす。確かに、ここ数年でピアノこそ上手になったものの、あとのことはそれほど自慢できるものがない。けれどもしかしたらそれは、なにをやってもテオの方が数倍上手なせいで、そう見えてしまうのかもしれないと思ってしまうのだ。本当にどうしてこの幼馴染は、いつもいつも一言多いのだろうかと、心の中で悪態をついたエマは、今日こそはとテオを睨んだ。


「あのね、ずっと思ってたんだけど、私だってそれなりだと思うの。だけどテオがなんでも器用にできすぎるから、私がダメな子に見えてしまうのよ。私は普通なの、ふ・つ・う、私はいたって普通だわ! 不器用とかじゃないもん! ねえ、ちょっと聞いてるの? テオ? ねえ、結構腹立ってるんだからね!」


 エマは目を大きく見開いて顎を上げ、できるだけ強気に構えてみせた。そうやって、目一杯相手を威嚇しているつもりだったけれど、それはどう見ても、逆毛を立てて興奮してる子猫ほどで、迫力など微塵もなかった。もっと言えば、頬を上気させて言い募る様は逆になんだか可愛くて、本人の意図するものとは全く違うものになっていたのだ。テオはそんな様子をちらりと見て目をそらし、「あ、そう」と言っただけで黙ってしまう。


(もう、本当いやんなっちゃう。みんなだまされてるんだわ。こんなテオが素敵だなんて! うそうそ、真っ赤な嘘よ。いや、真っ黒? 見た目だけは天使で、中身真っ黒な悪魔なんだから!)


 反応のないテオにエマは脳内で一人毒づく。そしてふと、今朝まであんなに落ち込んでいた自分に気がついた。テオがあまりにも自然体だったから、エマはそんな鬱々とした気持ちをすっかり忘れていた。

 それもこれも今日という日が特別だからだ。明日には夢は覚めてしまう。エマの胸に切なさが押し寄せてきた。けれどエマは頭を振って自分に言い聞かせる。


(そんなことわかっていたじゃない。今日だって、もしかしたらテオは来てくれなかったかもしれない。一緒に出かけられたなんて、すごいことなんだから。感謝して楽しまなくっちゃ! 明日のことは考えない!)


 顔を上げ、エマは微笑んだ。どんどん編み進めるテオに負けないように、張り切って花を結びつけ始める。けれどこれがなかなか難しい。エマの花はあっちへ向いたりこっちへ向いたりと大騒ぎだ。


「ねえ、ミッシェル、花がいうことをきいてくれないんだけど」


 エマの手元を見たミッシェルは一瞬顔をこわばらせたものの、まるで保育士さんのような優しい笑顔をすぐに取り戻し、「ああ、これはね、コツがあるの。こんな感じよ」と手本を示してくれた。それに頷いたエマが見よう見まねで結んでみれば、さっきまでよりはいくぶん見栄えのいいものができ上がった。

 エマは嬉しくなる。ウキウキと結んでいけば徐々に作業に慣れてきて、なんだかいい感じだ。晩春の光は暖かく、風に舞う花びらは甘く美しい。隣りには大好きなテオを独り占め。エマは鼻歌を歌いながら、夢中で花を結びつけていった。

 突如、エマの目の前にキラキラ光る二つの緑が現れた。エマは思わずのけぞった。それはこれでもかの至近距離で見るミッシェルだった。


「すごい! すごいわ! 初めて見た! エマ、最高!」

「?」


 ひどく興奮した様子のミッシェルに両手首を掴まれたエマは、なにが起きたかわからず隣りのテオを見やる。するとテオは困ったような顔をして笑っていた。


「ねえ、気がついてた? 飛んでる花びらがみんな花になってる! ねえ、これ使える? 花、運んでこなくても全然いけちゃうとか?」


 ようやくエマは、自分がご機嫌なあまり、公園の中で風に舞う花びらを片っ端から花に変えていたことに気がついたのだ。

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