業火に消えゆく影

「ち、父上……」


 ごうごうと唸りを上げる橙色の炎を纏った木々に周りを取り囲まれ、地面に仰向けに横たわる初老の男性のかたわらに両膝をつき、辺りに充満する煙に咽せながら金色の長い髪を揺らして大粒の涙を流す少年の姿がある。


「どう、どうして……こんな、こんな」 


 少年の震えを帯びた絞り出すような声に、男性は「大……丈、夫」と荒い呼吸に乗せて断続的に言葉を発すると、身体に残っている右腕をわずかに持ち上げ、親指以外の手指が失われたその手を彼に向かって伸ばそうとした。


「し、しっかりし」と言葉に詰まった少年は、男性の小刻みに震えている右手首を両手で掴むと、「やだ……嫌だ……死な、死なないでッ! 父上! 父上ッ!」と閉じゆく彼の瞼に向かって叫び声を上げつづけた。


     ******


 浅葱色の煉瓦の壁に囲まれた広い敷地のなか、独り「えい! やあ!」と威勢の良い掛け声を上げながら木の枝を振る、年端もいかぬ幼い顔をした少年の姿がある。肩まで伸びた金糸の髪が少年の動きに合わせて乱れ、空からの光を纏ってはさらさらとまたたくようにきらめいている。


「おはよう、ガルバリオ。今日も朝から頑張っているね」


 声に反応して背後を振り返った少年は、口元に髭を蓄えたヒョロリと背の高い初老の男性を認めるや、「父上!」と嬉しそうな声を上げるなり枝を放り出して彼のもとへと駆けよっていき、そのままの勢いでスラリと伸びた長い両脚に抱きつき顔をうずめた。


 男性が「おやおや」と相好を崩すと、顔を上げた少年が「おはようございます!」と元気よく言った。


「ガルバリオは甘えん坊さんだな」


「きいて、父上! ぼく、を百回もふれるんだよ!」


「ほぅ、それは凄いじゃないか」


「きのうもやったでしょう。そのまえの日もやったでしょう。そのまえのまえの日もやったから……えーっとね、ぜんぶで五百回くらいやった!」


 男性は「そうかぁ。そんな毎日のように一生懸命に剣を振ってるということは」と言って少年の両脇に手を差し込み、その小さな身体をぐっと顔の高さまで持ち上げ、「大人になったら剣士にでもなりたいのかな?」と微笑んだ。


「うん! ぼくね、せかいで一番つよくてね、カッコイイせんしになるんだ!」


「それは楽しみだ」


「そしたらね、ぼくが父上と母上をまもるの!」


「お祖父じい様のことはいいのかい?」


「うん、あとオジジさまも!」


「頼もしいなぁ」


「だってね、父上はがダメだし、母上はおんなだからおまえがまもれってね、ガナムおじさんがいってた!」


「そうかそうか、ガナムがそんなことを言っていたか! ハハハハハ!」


 男性はそう言って愉快そうに笑い声を上げると、両手で支え持っている少年をさらに高く掲げ、「ガナムの言う通りだ! 剣術の駄目な私に代わって、おまえが母上を守ってやってくれ。いいね? ガルバリオ」と笑顔を見せた。


     ******


 雑草一つ生えていない灰色の大地の上、木剣同士がぶつかり合う乾いた小気味良い音が、周りを囲む浅葱色の煉瓦塀に反響している。


 剣を振るっているのは黄金色をした長髪の少年と、彼の倍近くの背丈がある身体中の筋肉が盛り上がった黒髪の壮年の男性で、剥き出しとなっている丸太のような腕や太腿のあちこちには古傷の痕が見てとれる。男性の顎には輪郭に沿って大量の長い髭が蓄えられており、その風貌からは歴戦の猛者といった貫禄が窺える。


「どうしたぁ! ガルバリオッ! もっと激しく打ち込んでこいッ!」


 両手で木剣を握る少年の打ち込みを、男性が片手で軽くいなしながら挑発する。


「ぐッ!」


「さっきまでの威勢はどうしたぁ! 今度はこっちから行くぞ!」


 少年の乱雑な打ち込みを受け流していただけの男性は、そう宣言するなり手数を増やし、それまでの立場を逆転させて彼を防戦一方へと追い込んだ。


「うッ! ちょッ! 叔父さ、待っ」


「戦いのさなかに待ってくれる敵などおらんぞ!」


「でもッ! つ、つよす」


「真後ろへ退がるな! 周りは壁だ! それでは簡単に追い詰められてしまうぞ!」


「ちょッ! もう、無理ッ!」と少年が泣き言を漏らした直後、その手から木剣が弾き飛ばされるや、彼は後ろ手に倒れるなり男性から剣の切っ先を鼻面に突きつけられた。


「どうした。もう降参か?」


「こう、降参……じゃない! けど」


「男なら二言にごんを継ぐなッ!」


 荒い息を吐きながら少年が男性を睨み返す。


「おまえは今日死んだ。俺との稽古を始めてから、何度死んだか覚えているか?」


 無言で首を左右に振る少年を見下ろしつつ、男性が「これで七十八回だ。おまえは俺に七十八回も殺されている」と淀みなく言い、「ガルバリオ。おまえ、歳はいくつになった?」と訊いた。


「きゅ、九歳……です」


「戦場に出るにはまだ早いな。だが、おまえが何者で歳がいくつであろうと、敵にとってはなんら関係のないことだ」


 少年は荒い息を吐きつつ、なんと答えるべきか迷っているかのように、男性の顔と彼が突きつけている木剣の切っ先へと交互に視線を移動させていた。


「いいか。よく聴け、ガルバリオよ。戦場では躊躇ためらうな。もし、今の俺のような優位な立場になっても油断をするんじゃない。それから、瀕死の人間の言葉はただの譫言うわごとだ。耳を傾けずに相手の命を絶て。それが情けだ」


「ガナム!」


 切っ先を少年の顔面に突きつけていた男性は、ゆっくりと声のしたほうへ顔を振り向けるや口の片端を持ち上げ、「よぉ、兄さん。起きていいのか?」と長身の痩せた初老の男性に声を掛けた。


「ち、父上……」


「ああ。今日は割と調子がいいんだ。なぁ、ガナム。ガルバリオに剣術を教えてくれるのはありがたいのだが、少し……やりすぎではないのかな? ガルバリオはまだ九歳になったばかりなんだ」


 すると木剣を引いて姿勢を正したガナムは「ふん」と鼻息を漏らし、身体ごと男性へ向き直ると「まったく、英雄ユーハリヌスを輩出したレイネル家の長男ともあろう者が、なんとも腑抜けた発言を」と軽蔑したような調子で言った。


「だが」


「兄さん。俺はガルバリオに頼まれて教えている。やめろというならそうしよう。だが、それは兄さんの意思ではなく、ガルバリオのものであるのが道理ではないか?」


 ガナムはそう言って地面に尻をついたままの少年へ顔を向け、「おまえが決めろ」と彼の灰色の瞳をまっすぐに見下ろした。


「いいえ」と即答した少年は、腰を上げて衣服の埃を払いながらゆっくりと立ち上がると、ガナムの茶色の両目を鋭い眼差しで見返し「やめません」とはっきり言った。


「ガルバリオ……」と呟いた男性を横目に、ガナムが「聴いたか? 兄さんよりもガルバリオのほうが、よっぽどレイネル家の嫡男ちゃくなんらしいではないか」と皮肉を言った。


「ガナム、私はただ」


 初老の男性を無視したガナムは再び少年へと視線を戻し、「まだ先のことだが、そのうち魔物狩りにも連れていってやる。しっかり稽古に励めよ」と口元に笑みを浮かべた。


     ******


「父上、これはなにか特別な剣なのですか?」


 豪奢な調度品で溢れる部屋の壁に掛けられた刀剣を指差しながら、以前よりわずかに背が伸びた黄金色の長髪の少年が訊ねると、父上と呼ばれた初老の男性は「ああ。これは、かの英雄ユーハリヌスが大戦で使い、強力な魔物をも一太刀で両断したとされるダマスカスという聖剣なんだ」と言った後、少しだけ間を置いて「と言いたいところだが、これはその模造刀で本物は別な場所に保管してある」と続けた。


「なぜそのようなことを?」


「お祖父じい様が泥棒よけにとな」


「しかし、ここでは」と少年は背後に並ぶ窓を振り返り、「逆に人目についてしまうのではありませんか?」と正面へ顔を戻して聖剣を見ながら訊ねた。


「それでよいのだ」


「と言いますと?」


「わざと泥棒たちに見せつけ、連中にこの模造刀を盗ませる。するとどうなると思う?」


「泥棒たちが喜ぶ……」


 男性は「ふふ」と愉快そうな笑みを漏らし、「確かに、泥棒は聖剣を手に入れたと勘違いして喜ぶだろう。だが、重要なのはその後だ。聖剣が盗まれたという噂がちまたに広まれば、もうここへ盗みに入ろうとする不届きな輩はいなくなる。言わば、泥棒たちへの餌というわけだ」と説明した。


「なるほど。さすがはお祖父様ですね」と聖剣を見つめて感心する少年の横顔に、「ガルバリオ」と声を掛けて彼の注意を引いた男性は、「本物の聖剣ダマスカスは、いずれレイネル家の嫡男であるおまえが継承することとなる」と真剣な眼差しで言った。


「それはいつですか?」


「そうだな、少なくとも鋼の剣が振れるようにならないとな」


「わかりました!」


 快活な返事をする少年に、男性は目尻を下げて優しく微笑んだ。


     ******


 宙空に浮遊する人間の頭大ほどの黒いいびつな球体が、上部から垂直に振り下ろされた鋼の刀剣に押し潰され、濃紫色の体液を勢いよく噴き出させながら地面へと墜落するなり動かなくなった。


「よく仕留めた! 初めてにしては上出来だ、ガルバリオ」


 周囲のまばらに生えた木立のあいだから、顎の輪郭に沿って大量の長い黒髭を蓄えた、身体のあちこちが筋肉で膨れ上がっている壮年の男性が姿を現し、魔物を討ち倒した黄金色の長い髪の少年のもとへと近づいていった。少年の背は伸び、今やその頭頂部は黒髭の男性の胸の辺りにまで達している。


「はい! 叔父上にご指導いただいたおかげです!」


「そうかしこまらなくてもよい。鋼の剣を垂直に振り下ろせただけでもたいしたものだ」


 男性に褒められて満面の笑みを浮かべた少年は、「叔父上、試しにあと何匹か斬ってみてもいいですか?」とあどけない表情で訊ねた。


「ああ。構わんぞ。この高台に現れる魔物どもは、試し斬りにはもってこいの雑魚ばかりだからな」


「ありがとうございます!」




 空が夜を迎えるための暗色へと変わりはじめ、少年が六体の魔物を討ち倒したのを頃合いに、緑の繁る高台から荒れ果てた灰色の大地へと下りてきた二人は、彼方の空の一部が橙色に染まっていることに気がついて互いに顔を見合わせた。


「叔父上、あれはなんでしょう?」


 訊ねられた顎髭の男性は、再び橙色の空のほうへと顔を向け「町の方角ではないな。野火かもしれん」と答え、「ガルバリオ」と少年の名を呼んで隣に立つ彼を見下ろし「俺は様子を見てくる。おまえは先に帰っていろ」と命じた。


「いえ。僕も一緒に」


「なんだ、一人で帰るのが怖いのか?」


「違います!」


「ならば大人しく帰れ」


「ですが」


「町の中にまでは入ってこないが、完全に暗くなると強力な魔物がこの辺りにも出るようになる。だからおまえは帰れ」


 渋々といった様子で「わかりました」と俯いた少年は、腰に携えていた鋼の剣を鞘ごと男性に手渡し、「お気をつけて」と言って彼の歩き去る後ろ姿をしばらく見つめた後、辺りが暗くなってきたことに今さら気がついたかのようにハッとした表情を浮かべると、踵を返すなり町へと向かってまっすぐ走り出した。




 窪地に密集する家々ではなく、町の周囲を巡る壁の内側に一つだけ隆起した高台に建つ、ひときわ大きな邸宅であるレイネル家の敷居を少年が跨いだ頃、空はすでに黒一色へと塗り潰されて辺りには濃厚な闇が漂いはじめていた。


「母上、ただいま戻りました!」


 少年が戸口から奥に向かって声を張ると、廊下の突き当たりにある部屋から金色の長い髪を腰まで伸ばした初老の女性が顔を覗かせ、「おかえり、ガル。怪我はしなかった?」と気遣わしげな表情を見せた。


「大丈夫です。あのガナム叔父さんが一緒だったのですよ?」


 そう言っておどけてみせた少年が、廊下を奥へと進みながら「父上は自室ですか?」と訊ねるや、女性は急に表情を曇らせ「それが……壁の外に用があるからって、暗くなる前に出掛けたっきりまだ帰らないの」と言って縋るような目を彼に向けた。


「壁の外、ですか?」


 一つうなずいた女性は「最近は暗くなると危険な魔物が出るっていうし……体調だって」と言いかけてハッとした表情で言葉を切り、取り繕うように口元を緩めると「いつも万全とはいかないのだから心配だわ」と近づいてくる少年から視線を逸らした。


 少年は女性の立つ戸口の前で足を止めると、同じくらいの高さにある彼女の灰色の瞳を見つめ「僕が様子を見にいってきます」と言った。


「駄目よ! 危険な魔物が出ると言ったでしょう?」


「心配いりませんよ、母上。僕は今日、六匹もの魔物を仕留めたんです。初めての狩りでですよ? 鋼の剣だって振れたし、叔父さんにだって褒められたんです!」 


「でも」


「ちょっと様子を見にいって、すぐ父上を連れて帰ってきます」


 なかなか首を縦に振らない女性に、少年は「では叔父さんと一緒ならいいですよね? まだそこで別れたばかりなので、追いかけて事情を話せば一緒に来てくれるはずです」と嘘を吐き、「それで。父上は壁の外のどこへ行くと言っていたんですか?」と訊ねた。


 一応の納得がいったのか、女性は躊躇いながらも小刻みにうんうんと二度頷き、「詳しくはわからないのだけれど、西の水場がどうとかって」と曖昧な情報を口にした。


 その言葉を聴くなり目を見開いた少年は、弾かれたように居間へと駆け込んで壁に飾ってある模造刀を引っ掴むと、女性が「ガル? ガルッ!」と呼ぶ声も無視して家を飛び出すや、橙色に染まる西の空のほうへと脇目も振らずに走っていった。




 少年は明かりを追って辿り着いた高台を見上げ、暗い空へ向かって出鱈目に手を伸ばす炎にひるんで立ち止まったものの、意を決したように唇を真一文字に結ぶと一気に斜面を駆け上がった。


 高台に上がるなり吹きつけてきた熱風に足を止めた少年は、漂う木炭臭と煙を吸わないよう右腕で口元を覆って遅いくる火の粉に目を細めつつ、父親の姿を探して燃え盛る周囲の炎を見回した。


 緑で溢れていたはずの木々はどれも枯れており、地面に引かれている水路からも水が消えている。


「父上ッ! どこですかぁッ! 父上ぇッ!」


 吹き荒れる熱風が轟音とともに少年の叫び声をさらってゆく。息継ぎで煙を吸った少年がせ、その拍子に屈んだ彼の横顔を炎が舐め上げる。


「熱ッ!」


 短い悲鳴を上げて顔を背けた少年は、燃え立つ炎の途切れ目の奥に人影らしきものを確認し、再び「父上ぇッ!」とあらん限りの声を張り上げた。


 人影らしきものからの反応はなく、木立と見間違えたかと判断した少年が視線を外そうとした刹那、もう一体の影が視界の端に揺らめいて彼は動きを止めた。


 風の向きのせいなのか、轟音に混じって微かに人の怒声のようなものが聴こえている。少年は火の手が回っていない場所を選びながら、声のする人影と思われるもののほうへゆるゆると近づいていった。


 歩みを一歩進めるたび、次第に明らかとなってくる二つの人影に目を凝らした少年は、炎に照らされたそれらが父親と叔父であるのを認めるや、「父上ぇッ! 叔父上ぇッ!」と何度目かの叫び声を上げた。


 細身のほうの影が振り向いたのと同時に、その奥に立つ三つ目の人影が少年の視界に入った。姿形は人間と似ているが、手前にいる叔父と思しき大男よりも頭二つぶんは背が高い。


「ガルバリオッ⁉︎」


「父上ぇッ!」


 少年が叫んだ瞬間、巨大な人影の前で紫電がきらめくや、細身の男性の左肩から右腰にかけた身体の下部が、炎が上がる間もなく一瞬にして消滅した。


「父う」


「おのれぇッ! 人の姿をかたどった外道めがぁッ!」


 叔父の怒声と吹き付けた熱風が少年の声を掻き消す。巨大な影が揺らいで炎の中に滲んでゆき、ガナムの「逃すかッ!」という叫び声が響くとともに彼の姿も消えた。


 勢いを増す周囲の炎にも構わず、人影があった場所まで歩みを進めた少年は、地面に横たわる変わり果てた細身の男性を目にし、「ち、父上……」と呟くなり膝からその場にくずおれた。


「どう、どうして……こんな、こんな」


 男性が「大……丈、夫」と息も絶え絶えに言葉を継ぎ、小刻みに震える右腕をわずかに持ち上げるや、その手首を両手で掴んだ少年が「し、しっかりし」と言い掛けて声を詰まらせ、涙ながらに「やだ……嫌だ……死な、死なないでッ! 父上ッ! 父上ぇッ!」と大声を張り上げた。


「母、上を……大事」


 少年は鼻からふうふうと荒い息を吐きつつも、目を閉じた男性がまだ何事かを言おうと口元を震わせているのを見つめ、その言葉を決して聞き逃すまいとするかのように口を固く結んでいた。


「おまえが……聖、剣……を……継げ」


 そう言った後、男性が「はぁ」と溜め息のようなものを漏らすや、少年の両手から彼の右腕が滑落して地面の上に力なく転がった。


「父上? 父上ッ⁉︎ 父上ぇッ!」


 少年の声に応えるものはなく、業火に焼き尽くされてゆく周囲の木々の乾いた音と、熱風が吹き荒ぶびょうびょうという轟音だけが辺りに渦巻いていた。




「ガルは父親を……魔法を使う魔物に殺されています」


「なんだって⁉︎」とメイナが驚きの声を上げるなり、大人しくなりつつあったガルが、彼の正面で片膝をついているラナクの言葉に反応したのか、再び「うわああああああッ! あ”あ”あ”あ”ッ! 英雄がぁッ! 英雄がぁッ!」と大声を上げて騒ぎはじめた。


「まーたまたまたまたまた、はーじまりまりやがったったった!」


 苛立った声を上げてザネマが部屋を飛び回りだしたのを、メイナが「ジッとしてなッ! 叩き落とされたいのかいッ!」と一喝し、続けて「ラナクッ! その坊やを今すぐ黙らせなッ!」と、両手で両耳を覆っているラナクに大声で命じた。


「えッ⁉︎ でも一体どうやって」


「さっき大人しくなりかけてただろ? 同じ要領でやりゃあいいんだよ!」


「な、そんなこと言われてもッ!」と己の耳を覆ったまま声を張り上げたラナクが、眼前で叫び続けるガルを一瞥し「とても話が通じるような状態じゃ」と言い訳めいたことを口にすると、メイナが「だったら力尽くでもなんでもいいから、とっとと坊やの口を閉じさせなッ!」と地響きを思わせる重厚な声で怒鳴り返した。


 メイナの剣幕におののいたラナクは、立ち上がってガルの背後に回り込むや、言われた通りに両手で彼の口を覆ったり、下顎を無理やり閉じさせようとしたりと、叫ぶのをやめさせるためにあれやこれやと試みた。


「おーいおいおいおいおい、おーいおいッ! とーっととっととっとと、だーまらせらせ黙らせろッ!」


 ラナクは「今やってるってのッ!」とザネマに言い返し、「魔法でなんとかならないのかよッ!」と以前メイナに向かって言った台詞を口にした。


「なーんだんだんだなーんだとッ! そーれそれそれそーれならなら、やーってやってやってやってって、やーろうろうろうじゃねぇねぇかッ!」 


「できるなら初めからやってくれよッ!」


「たーだただただ、ただただし、二度にーど度度度度、度度度度と、こーえは出ーなくなくなく……」


 甲高い声が急に尻窄まりになって消え、奇妙に思ったラナクがザネマを見上げると、異形の魔導士は宙空で静止した状態のまま、ガルが膝とともに抱え込んでいる折れた聖剣を凝視していた。


「ザネマ。あんた、なにを見て」


「こーのこのこのこーの剣……なーかにかにかに、なーにかにかにかはーいってるてるてるてるぞ?」


 ザネマの言葉に釣られて聖剣へと視線を移したラナクは、ひびの入ったつばの中心部分からわずかに覗く、紅蓮の光を放つ硝子玉のようなものを見つけて目を細めた。

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