記憶を喰われた少年

 言葉を遮られたラナクは、今しがた耳にしたメイナの台詞に目を見開くや「全員に課せられている……罰?」と一言一句を確認するように呟き、「それだとまるで……まるで、祈りの塔に住む誰もが記憶を失くしているみたいに聴こえるじゃないですか」と声を震わせた。


 窓辺に立つメイナは深緑のうねった長い髪のあいだから、底の見えない深い井戸を思わせる漆黒の瞳でラナクを見下ろしつつ、「そういうことになるねぇ」と落ち着いた声で静かに肯定した。


「なにを、言ってるんですか……住人全員が記憶を失くしてるって、そんな……俺は、俺は記憶を失ってなんかいませんよッ!」


 声を張り上げたラナクに動じた様子もないメイナは、「へぇ、そうかい」と言っておもむろにテーブルまで近づいてくると、「それじゃあアンタは、これまでに見聞きしたことを一つ残らず覚えているってわけかい?」と本気とも皮肉ともつかない調子で言った。


 おずおずとメイナを見上げたラナクが、上目遣いに「さすがに、それは……」と言って視線を落とすや、彼女は「昔のことをすべて覚えているわけじゃあないんだろう?」と確認するように言い、「ほぅら、アンタだって喰われてるじゃあないか」と鋭く指摘した。


「いやッ! それ、それは違ッ、違います……それは記憶を喰われたんじゃなくて、単純に忘れたとか薄れたとか、そういう当然の現象っていうか」


「どうしてそう言い切れるんだい?」


「え?」


「記憶を喰われてないって証拠はないだろう?」


「それは」と言い淀んだラナクだったが、すぐ「でも、だったら喰われたって証拠もないじゃないですか」と言い返すなり、メイナは「証拠はあるさ」と即答し「確認してみようじゃないか」と口もとを緩めた。


「確認って、ちょっと待ってくださいよ!」


「なんだい?」


「だって、例えばですよ? 生まれた頃のこととか、何年前のいつの食事はなんだったとか、そういう」


 大きな溜め息を一つ吐いてラナクの言葉を遮ったメイナは、「そんなことを訊いたって、あたしにゃあ確認のしようがないじゃあないか」と呆れたように言い、「チャムニャン、出てきな」と使い魔を呼んだ。


 メイナの長い髪がもぞもぞと動き、「あまり気乗りはしないが」と不平を漏らしながら姿を現したチャムニャンは、頭上から卓上へと飛び移り「ザネマの名前でよいか?」と何事かを確認するように彼女に訊いた。


「ああ。それから」


「わかっておる。では、いただくぞ」




 言葉を発したまま微動だにしないチャムニャンを、状況を把握できずに呆けたような表情で見つめていたラナクは、しばらくしてから「それで、あの……証拠って」と再びメイナを見上げた。


「ラナク。アンタはさっき、風の塔から魔導士を連れてきただろ?」


「ええ。それが、なにか」


「それじゃあ訊くけど、その魔導士の名前は覚えているかい?」


「え? なに言ってるんですか。当たり前じゃないですか!」


「言ってごらん」


 声を発しようとしたラナクは、口を開いて息を吸い込んだ状態で言葉に詰まり、メイナの顔を見上げたまま目を見開くと、なぜ名前が出てこないのか理解できないといった様子で反らしていた首をゆっくりと正面へ戻していき、肘をついた右手の指先で額を押さえると険しい表情を浮かべて俯いた。


「どうしたんだい?」


 メイナの答えを促す声に、ラナクが「あの……ちょっと、待ってください」と困惑気味に呟き、「姿や声は頭にあるんです。でも……名前が、その、ぼやけてる感じで」と歯切れ悪く言った。


「そりゃあそうだろうねぇ。チャムニャンがアンタの記憶を喰ったんだから」


「チャムニャンが……えッ⁉︎」と言って再びメイナを見上げたラナクは、「今なんて言いました?」と彼女の漆黒の瞳を覗き込んだ。


「アンタの特定の記憶を喰ったのさ」


 ラナクは「そんな、まさか」と引き攣ったような笑みを浮かべたものの、メイナの真剣な眼差しを凝視しているうちに、見る間にそれを引っ込めて先ほどと同様に目を丸くし、そろそろと卓上のチャムニャンへと視線を下ろしていった。


「いやでも……きっと、度忘れしているだけっていうか。あるじゃないですか? そういうの……たまに……」


「ああ。だけど、今のアンタのそれは違う。あたしがチャムニャンに命じたんだから間違いない」


「命じたって、メイナさんはなにも言ってないじゃないですか」


「だから、アンタが連れてきた魔導士の名前の記憶と、そのともども喰うように言ったのさ」


 説明を受けてもなお、呆けた表情を浮かべたままのラナクは、両者のどちらかからかさらなる具体的な解説があるのではないかと期待するかのように、メイナの顔とチャムニャンのあいだで視線を何度も往復させていた。


「ともかく、アンタが魔導士の名前を思い出せないのは度忘れなんかじゃあなく、チャムニャンがその記憶を喰ったってことには違いないのさ。それに、いくらどう頑張っても、喰われちまった記憶は自然には戻りゃあしないよ」


 未だ状況を把握できないのか、ラナクはぼうっとした顔でメイナを見つめ「なんで……そんな……なんで」と譫言うわごとのように言った後、目線を下げるや「なんで、なんで食べちゃうんだよ、チャムニャンッ!」と困っているような怒っているような、どちらともつかない微妙な表情で怒鳴った。


「たかだか一介の魔導士の名前なんて、忘れたって別にかまやしないだろ?」


 メイナの声で顔を上げたラナクは「そりゃあ……まぁ」と言って決まり悪そうに俯き、急に勢いよく顔を上げるなり「それじゃあ、ガルの喰われた記憶は戻らないってことですかッ⁉︎」と声を大きくした。


「うるさいねぇ。そう何度も大声を出すんじゃあないよ。って言っただろ?」


「ってことは、記憶を戻す方法があるんですね⁉︎」


「ああ。教えてやりゃいいのさ」


「へ?」


「忘れてることを本人に教えてやるんだよ」


「あの……でもそれは、記憶が戻ったとは言わないんじゃ」


「まったく、ああだこうだとうるさいねぇ」と苦々しげに言ったメイナは、「ザネマ」と異形の魔導士の名前をポツリと呟くと、「さぁ、これでどうだい? 奴の顔と名前が一致するようになっただろ?」とラナクに訊いた。


 ラナクはメイナを見据えたまま目をみはって「本当だ……」と言葉を漏らし、「さっきまで一文字も思い出せなかったのに、どういう」とまで言って声を詰まらせ、突然「あれ? でも待ってくださいよ。誰かが教えることで記憶が戻るなら、ガルの喰われた記憶も大丈夫なんですよね? それなら一体なにが問題なんですか?」と疑問を口にした。


「厄介なことになった……そう言ったろ」


「厄介なこと、ですか?」


「直近の思い出や単一の名称やらなら、今のアンタみたいに容易に記憶を呼び戻せるもんなんだ。でもね」とメイナは言葉を切り、「厄介なのは関連した事象まで全部丸ごと喰われた場合さね。そうなると、ちょっとやそっと教えてやったくらいじゃ記憶は戻らない。最悪、それが存在するという認識まで喰われちまってることだってある」と淡々とした調子で続けた。


「つまり、ガルは」


 一つ大きな溜め息を吐いたメイナは「端的に言って、重症だね」と言い、「それから、これはまだ確証があるわけじゃあないけど、時間が経つにつれて金髪の坊やの記憶が消えていっているようなんだ」と切れ長の目を細めた。


「えっと、それは普通のことなんじゃ」


「少しずつ消えていくならそうだろうさ」


「じゃあ、塔の怪物はまだ」とラナクが何事かを言い掛けたところへ、「メーイナァ!」と甲高い声とともに戸口に姿を現したザネマが、「あーんなんなんなまーどのあーるあるあるあるあるあーるある部屋へーやじゃ、魔法まーほう法は使つーかえかえかえ使つーかえねぇじゃねぇねぇか!」と騒ぎ立てながら客間に飛び込んできた。


「ったく、本当にかんに障る喋り方だねぇ!」と苛立ったように言ったメイナは、チャムニャンを己の長い髪の中へ潜り込ませると、「ラナク、あの子をここへ連れてきな」と命じて戸口へと向かった。




 離れからマージュを背負って客間へと戻ってきたラナクは、メイナに連れられてイブツの延命処置を行った地下の部屋へと入るなり、片隅で膝とともに刀剣を抱えて身体を前後に揺らしているガルの姿を目にし「ガルッ!」と声を掛けた。


 かたわらには、彼の抱える刀剣のものとおぼしき折れた刀身が転がっている。

 

「おい、ガルッ!」


 呼び掛けながらガルへと近づこうとするラナクに、ザネマが「おーいおいおいおいおいおーいおい! さーき先先さっき先に、そーのそのそのむーすめをこーのこのこのこのうーえに寝ーか寝か寝か寝ーかせろ!」と、いつの間に描いたのか、石造りの床上で青白い光を淡く放っている円陣の周りを飛び回った。


 円陣の上にマージュを仰向けに横たえたラナクは、隅でうずくまるガルのそばまで行って腰を屈め、三度みたび「ガル!」と同輩の名を呼んで「俺がわかるか?」と俯く彼の顔を下から覗き込んだ。


「が……れた……」


「え?」


「英雄が……殺された」


「誰のこと言ってんだよ? オイッ! こっち見ろって」


 ラナクがいくら声を掛けても反応はなく、ガルは虚ろな表情で身体を前後に揺らしながら、ただ「英雄が殺された」と譫言うわごとのように繰り返すだけで、彼の猛禽類を想起させる鋭い目付きの銀灰色の瞳からも光が失われており、まるで別人のごとき弱々しさを感じさせる存在へと変貌していた。


「なぁ、ガル……俺のことも覚えてないのか?」


「おーいおいおいおいおいおいッ! いーついついついついーつまで、いーやがるがるいーやがるんだッ! おーまえら全員ぜーんいん員、とーっととっととっとと出ーててててて、いーきいきいきいきやがれッ!」


 部屋を飛び回って騒ぎ立てるザネマに、メイナが「わかったから、騒ぐんじゃあないよ。だけど、そこの金髪の坊やは置いていくよ。岩みたいに動かないからね」と告げると、「ほら、アンタも行くよ」とラナクに向かって顎をしゃくった。




「メイナさん、ガルは……その、どれぐらいの記憶を失くして……いや、そうじゃなくて。えっと、なんて言うか……あいつは、その」


 客間へと戻ってくるなり、ラナクがメイナの背中へしどろもどろに声を掛けると、彼女は正面を向いたまま「あの坊や、自分の名前すら覚えちゃあいないってさ」と乾いた低い声で言った。


「えッ⁉︎ な、それじゃ、なになら覚えてるっていうんですか⁉︎」


「問題の核心はそこじゃあないんだよ、ラナク」


 部屋の中央に置いてあるテーブルへと進んだメイナは、窓側の椅子を引いて戸口に立つラナクと向き合う形で腰を下ろし、「大事な話をするから座りな」と己の向かいの席を顎で示した。


 勧められた席に座ったラナクが、「問題の核心ってなんですか? ガルの記憶が二度と戻らないとか、そういう」とまで口にしたところで、彼を正面から真剣な眼差しで見据えたメイナが「その先があるんだよ」と重苦しい口調で遮った。


「先って、すべての記憶を失った後ってことですか?」


 メイナは答えず、代わりに「この町にある貧民街を一つでも見たかい?」と質問で返してきた。


「あの、突然どうしてそんな話を」


「そこで暮らす連中が、仕事もなく一体どうやって生きる糧を得ているのかわかるかい?」


「それは、えっと、たぶん他の人からほどこしを」


「自分の記憶を切り売りして対価を得ているのさ」


 思いがけない言葉に目を見開いたラナクが、「そんな! だって、誰がそんなものを欲しがるっていうんですか⁉︎」と心底驚いた様子で大声を上げた。


「あたしゃどこの誰がなにを欲しがろうと知ったこっちゃないし、興味もだってありゃあしない。アンタも余計なことに首を突っ込むのはやめときな。ただ、そういう連中がいるってのを知っておくだけでいい。いずれにせよ、塔の糧である人の記憶を、わざわざ買ってまで必要とする連中なんてロクなもんじゃないさ」


「塔の糧を……わざわざ買う連中」


「記憶を一度に全部売るような奴ぁいない。そんなことをしたら、普段の生活すらままならなくなっちまうからねぇ。でもまぁ、結局は同じさ。最終的に奴らは記憶を全部売っ払っちまうんだから」


「それで、記憶を全部売った人たちは、その後どうなるんですか?」


 一言も発さず、何かを探るかのようにラナクの翡翠色の瞳を見つめていたメイナは、やがて「この世界に自身が存在するという記憶まで失った奴らは」と口を開き、「完全に頭がぶっ壊れちまった後、色々と異常な行動を繰り返すようになって」といったん言葉を切り、「最後は自分から命を絶っちまう場合がほとんどさ」と説明した。


「そんな……それじゃあ、ガルも記憶をすべて失ったら、気が触れて死ぬってことですかッ⁉︎」


 メイナが黙っているのを肯定と捉えたのか、ラナクは「な、だって、たかだか記憶が失くなったぐらいで死ぬなんて、そんなことあるわけ」とまで言って言葉を止めると、表情を変えぬ彼女を見ながら開けたままの口をわなわなと震わせつつ、「ガルが……死ぬ?」と今一度その正否を確認するかのように最前の言葉を繰り返した。


「しっかりおし。金髪の坊やがそうなっちまうまでには、まだいくらか時間が残っているはずさ」


「いくらかって」


「ところでラナク、あの坊やが大事そうに抱えている剣。ありゃなんだい?」


 唐突に脈絡のない質問をされたラナクは、「ふぇっ?」と頓狂な声を上げ「剣? なんで今そんなことを訊くんですか?」とメイナに問い返した。


「金髪の坊やの記憶が戻せるとしたら、あのナマクラが鍵になるだろうよ。自分の名前も覚えちゃあいないってのに、あれほど大事にしてんだ。よほど思い入れがあるものなんだろ?」


「えっと、思い入れがあるのは確かだと思いますけど……でもあれはナマクラじゃなくて、その、なんとかって聖剣だってガルが」


「聖剣? あれはそんな大層なシロモノじゃあないよ。ただのナマクラさ。折れちまってるのを見ただろ?」


「でも、ガルの家……レイネル家に代々受け継がれてきたものだって」


「レイネル? あの坊や、英雄ユーハリヌス・レイネルの血族かい?」


「そう、だと思います。よく英雄がどうとか末裔がどうとか言ってるんで」


 メイナはわずかに目を伏せ「そうかい。そういうことかい」と呟き、ふっと軽い溜め息を吐いてから「こういうのは、なんて言うんだろうねぇ」と独り言ち、「巡り合わせ。運命。見えざるものの意志。どれも陳腐な表現だねぇ」と自嘲気味に続けた。


「あの、メイナさん?」


 目線を上げてラナクを見たメイナは「ああ、すまない」と謝り、彼を見据えて「いいかい、あの刀剣の真贋しんがんはこの際どうだっていいんだ。重要なのは、あれを坊やから引き離さないようにすることさ」と言った。


「どうしてですか?」


「文字通り、あの刀剣が坊やと坊やの記憶を繋ぐ最後の糸ってわけさ」


「最後の糸、ですか……でも、それじゃあ一体どうすれば記憶を取り戻すことができ」


「そう焦るんじゃあないよ。あそこまで進行しちまったら、ちょっとやそっとじゃあ記憶は戻らないって言ったろ? 時間がかかるんだよ」


 それまで重苦しかったメイナの口調が、どこか温かみを帯びたものへと変わっていることに気づいたのか、ラナクが「ちょ、どうしてそんな落ち着いていられるんですか⁉︎」と声を張り上げた。


 メイナは「うるさいねぇ。どうしてもなにも」と言って急に言葉を止めると、「そういやぁ」と声の調子を変えるや、「アンタと一緒に行った他の連中はどうしたんだい?」と別な話題を振った。


「え?」


「アンタら三人で連れ立って行ったろ?」


「そうなんですけど、実は」


「うわあああああああッ!」


 突然、二人の会話を切り裂くように男性の叫び声が響き渡り、身体をビクリと大きく震わせて戸口を振り返ったラナクは、再びメイナへと顔を戻すなり立ち上がった彼女を見て腰を浮かせた。




 メイナの後に従って地下の部屋の前までやってきたラナクは、両手で頭を抱えて叫び声を上げつづけているガルを戸口の隙間から見やり、次いで「うーるうるうるうるうるせぇ! うーるるるるるうーるせぇ!」と繰り返しながら部屋中を飛び回っているザネマへと視線を移し、「一体なにが……」と誰にともなく疑念の声を漏らした。


 戸口に立つメイナに気づいたザネマは、「おーいおいおいおいおい、メーイナァッ! 一体いーったい体体一体いーったい全体どーうなってなってなってってるんるんだ、こーのこのこのこのガキはッ!」と喚き立てた。


「そりゃあこっちの台詞だよ。一体なにがあったんだい?」


 髪の上から左耳の辺りを押さえながらメイナが問うと、彼女の鼻先まで急接近してきたザネマが「こーいついついつこーいつが、こーここここここーこにいーたらたらたら、こーのこのこのむーすめ改良かーいりょう良なんなんざ、でーきできできでっきやしねぇ!」と不平を漏らした。


「だから、なにがあったのかって訊いているだろ」


「なーになになになーにがあったかじゃねぇねぇねぇッ!」


「いいから説明しな」とザネマを促したメイナは、首だけを回して背後に立つラナクを右肩越しに見下ろし、「ラナク。アンタはあの坊やを落ち着かせるんだ。いくら地下でも、これだけ騒がれちゃあ近所にまで聴こえちまう」と言い、「余計な詮索をされるとなにかと面倒なのさ」と言い訳をするように付け足して正面へと向き直った。


「わかりました」


 そう言ってメイナの脇をり抜けて部屋へと入ったラナクは、左手奥のすみで叫んでいるガルへ近づいていくと、彼の正面に片膝をついてその両肩をしっかと掴み「ガル、落ち着け! 大丈夫だ。しっかりしろッ!」と宥めにかかった。


「それで、アンタがなにかやったのかい?」


「はぁッ⁉︎ あーのあのあのあーのガキにおーれ俺俺俺おーれは、なーになになになーんにも手出てーだし出し出ししちゃいねぇねぇねぇッ!」


「なにもしないのに叫び出したりするもんかい。直接ではないにしろ、なんらかの刺激が取っ掛かりになったはずさ」


「だーからからから、からっからッ! おーれ呪文じゅーもん文の詠唱えーいしょう唱しーかしかしーちゃいねぇねぇねぇッ! そーれそれそれそーれだってって途中とーちゅう中まーでまでまで」


 眼前のザネマから奥へと視線を移動させたメイナは、今もって断続的に叫び声をあげ続けているガルと、彼の正面にしゃがみ込んでその肩を揺すっているラナクの横顔を見やり、「ラナク! その坊や、以前なにか衝撃的な体験をしてないかい?」と声を張って訊ねた。


 するとラナクはメイナのほうへ顔を向け、ガルから離した右手で己の耳を覆いながら「衝撃的な体験って言われても!」と大声で言い返した。


「そうさね……例えば、大きな事故に遭って死にかけただとか、親兄弟と異常な死別をしただとか」


「あの、メイナさん」


「なにか心当たりがあるのかい?」


「ガルは父親を」と言葉を切って俯いたラナクは、すぐに意を決したかのように顔を上げ「魔法を使う魔物に殺されています」と言うなり、苦々しげに顔を歪めて再びメイナから視線を外した。

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