魔法の代価

「魔法の代価、ですか?」


 メイナに訊ねられ、鸚鵡返しに彼女と同じ言葉を口にしたラナクは、「魔力を消費するってことですよね?」と己の正しさを確認するような調子で言った。


「そいつは失っても回復ができるもんだ。それとは別に、魔法を使うことによって魔導士が強制的に支払わされる代価が他にもあるのさ」


「支払うって、一体なにをですか?」


 ラナクの問い掛けを無視したメイナは、戸口に立ったまま「ミトシボの旦那。アンタ、魔法が使えなくなったんじゃなくて、本当は限界が近いから使用を控えているんだろ?」と、椅子に踏ん反り返っているミトシボへ訊ねた。


 ミトシボが返事をしないのを無言の肯定と取ったのか、メイナは「魔法が失われた禁忌の技術だとされているのは知っているだろ?」と誰にともなく言い、「それは表向きの話で、もちろん失われてなんかいないし、魔導士の血筋は脈々と受け継がれ続けているわけさ」と独白のように続けた。


「メイナァ。しゃあべり過ぎるとマッズイこっとになぁるかもしぃらねぇぞ?」


「警戒はしてるし、ここなら大丈夫さ。誰も聴いちゃいやしないよ」


 二人の会話が不穏なやり取りに聴こえたらしく、ラナクが「あの、確か魔法について話すのも禁止なんじゃ」と声を掛けると、メイナが「魔導士が魔法の話をできないんじゃ、それこそ世も末ってもんだ」と口の片端を持ち上げて皮肉っぽく言った。


 己が愚かなことを口走ったのに気がついたラナクは、ハッとした表情を浮かべて口をつぐみ、恥ずかしさからかメイナから目を逸らして下を向いた。


「さぁて、どこから話したもんか」


 メイナはそう独りちると、「魔法が禁忌の技術とされている理由から話すとしようかね」と言い、「ラナク。現在、魔導士と呼ばれる連中が世界にどれほど存在しているか見当がつくかい?」と部屋奥の壁際に立つラナクへ訊ねた。


「え? いや、まったく」


「純粋な魔導士の血筋は各塔に三家系ずつ、全部で十八の家系があると言われているけど、近年は交流が盛んじゃないから情報が乏しくてね。中には没落しちまって血筋が途絶えたところもあるかもしれない。それに魔導士の家系は一子相伝で、子供は基本的に二人しか作れないときた。加えて代価の縛りとあっちゃ、長く続いている家のほうが珍しいってもんさ」


 そう言って自嘲気味な笑いを漏らしたメイナは、「まぁ、その代価の縛りがあるおかげで、魔法の行使を自重した家系が生き残ったとも言えるんだけどねぇ」と忌々しげに続けた。


 我慢ができなくなったのか、窓際に立つシャンティが「それで、その代価ってなんなんですか?」と先をかすかのように訊ねた。


生命いのちさ」


 予想だにしていなかった答えにラナクは顔を顰め、シャンティは「どういうことですか?」と訝しむような声を上げた。


「支払う代価は魔導士によって違っているらしくてね。だから一概にこれだと説明できるもんじゃないんだよ。あたしが知っているのは、術者が共通してなにかしらを失うってことと、そしてそいつは生命に関わることってだけさ」


「それだと、メイナさんはどうなるんですか? それから、そこの」とラナクがミトシボのほうへ顔を向けると、メイナが「旦那のことは放っておいてやりな」と制して「あたしは」と言って目を逸らし、「あたしも失い続けちゃあいるが、無茶はしてないからねぇ」とギョロ目の客人を見やった。


「代価はいつまで支払い続けなければいけないんですか?」


 そうシャンティが問うと、メイナが「魔法を使い続ける限りさ」と彼女の立つ窓際へと顔を向け、「アンタ、精霊術を使うだろ?」と確認した。


「使うというか、まだ学んでいる途中で」


「だったら師事してる奴から聞いてるね」


「え?」とシャンティが驚きの表情を浮かべたのを目にしたメイナは、「なんだい、代価の説明をされていないのかい?」と言い、眉間に皺を寄せ「師匠の名前は?」と訊ねた。


 シャンティが小声で「パト……先生です」と答え、「でも、あの!」と声を大きくし「精霊術は魔法じゃないし……それにまだ習っている途中だから、たぶんもっと後で色々と教えてもら」とまで言ったところで、メイナが「そいつぁ違うねぇ」と低い声で遮り、「それがなんであれ、術のことわりで最初に学ぶのは代価についてなんだよ」と静かに言った。


「えっと、それじゃあ、私も代価を」


「当然さね。アンタもとんだへっぽこに師事したもんだ。なんて名前だって?」


「パト、パトラネ・カテカラ先生です」


「パトラネェ?」とメイナが眉を吊り上げて「そうかい。あいつ、まぁだラトカルトに」と呟き、シャンティが「あのそれで」と声を上げたのを、彼女が「代価のことだろ。今から説明するさ」と再び遮った。


「シャンティ。精霊術を使うようになってから、そうだねぇ……身体のどこかが痛くなったり、気分が悪くなったりしたことはあるかい?」


「使うようになってからというか、使った直後に眩暈めまいがしたり、なんだかぼうっとしたりなら……でも、それは術を使った反動みたいなものだから普通のことだって先生が」


「反動みたいなものじゃなくて、反動そのもの。それが代価さ」


「んー……そんな代価なんて大袈裟なものじゃないっていうか。一瞬フラッとくるだけで、休んでればすぐ治るし」


「それは普通のことかい?」


 するとシャンティが「え? 違うけど、でも痛みなんて」と口にし、メイナが「不調には変わりない。それに、アンタのそれはまだ初期症状ってやつさ。精霊術の使用を続けていけば、そのうちそれらが痛みに変わる時が来る」と言い、「そして、それはやがてアンタ自身を滅ぼす」と不吉なことを宣言した。


「滅ぼす? 滅ぼすって」


「そのまんまの意味に決まってるだろ? 死ぬってことさ」


「そんなッ⁉︎」とシャンティが口を半開きにしたままで目をみはり、「それじゃあ、魔法が禁忌の技術だって言われているのって」と独り言のように言うと、メイナが「魔導士の生命を代価に得られる技術だからさ」と後を続け、「それに、もう気づいただろうけど、魔法から派生した精霊術や幻術などの類も同じく代価を支払う。制約を受けない例外なんてないんだよ」と補足した。


「メイナァ。おっどかし過ぎだぁ」


 口を挟んできたミトシボに、メイナが「おや、そうかい?」ととぼけたように言い、今度はシャンティに向けて「まぁ、そうは言っても、術者は必ず死ぬって訳じゃあないから安心しな」と告げた。


 メイナはシャンティが安堵したようにわずかに表情を緩めたのを見ると、「もしそうでなきゃあ、あたしら魔導士なんてもんは、世間の噂通りとっくの昔に全員いなくなっちまってるだろうさ」と言って自嘲気味に鼻を鳴らした。


「それで、どうやって死を回避するんですか⁉︎」と勢い込んで訊ねるシャンティを、メイナが「なぁに、簡単なことさ」と軽く受け流し、「要は代価を支払い過ぎないよう、うまく魔力を調整して加減しながら術を使ってやればいいだけだよ」と当然のことのように言った。


「加減、ですか」


「ああ。もしくは」とメイナは言葉を切り、「もう二度と術は使わないことだね」と言い、よく通る冷たい声で「死ぬ覚悟がないのなら」と続けた。


 シャンティが黙り込んだ代わりに、ラナクが「つまり、マージュが倒れたのは」と口を開くと、メイナが「魔法の使い過ぎさ」と言って彼へ顔を向け、「あたしがほどこしたのは応急処置だけ。今はまだ生きちゃあいるが、それもいつまでもつかはわからない」と真剣味を帯びた声で告げた。




 滞在しているという宿へ戻ったミトシボ以外の全員が、メイナの敷地にある離れで夜を明かした翌日、相変わらず無数の人々が行き交う昼間の大通りを、イブツを案内役として先頭に立て、そびえ建つダジレオを目指して歩くラナクとシャンティの姿があった。


「あの子、大丈夫かしら」


 スピリテアを出る直前に見たマージュの苦しそうな様子を思い出したのか、シャンティが誰にともなくそう呟くと、ラナクは「やれることをやってみよう」と言っていったん口を閉じ、やや間を置いてから「それにしても」と再び口を開き「ガルは一体どうしたっていうんだ?」と自問するように言った。


 昨夜からの体調不良を引き続き訴えたガルは、メイナの了承を得てマージュ同様、スピリテアの離れにて休養することになった。


「塔のかてを大量に抜かれた影響かもしれません」


 前を歩くイブツが振り向いてそう答えたのを、ラナクが「まぁたその謎物質かよ」と呆れたように言い、「で、それが大量に抜かれると気分が悪くなるのか?」と訊ね「異常行動の後に気分まで悪くなるなんて最低だな」と眉間に皺を寄せた。


「他の塔の怪物についての情報が乏しいので一概にそうとは言えませんが、可能性はかなり高いように思われます」


「それなら、休んでいれば良くなるんだろ?」


「そのはずです」


「となると、やっぱり最優先で解決すべきはマージュの件だな」


 そうラナクが言うと、シャンティが「違うでしょ! まずはダジレオの司祭様たちに会って、司教様に頼まれたニルベルの塔の異常を知らせるのが先よ」と訂正し、「ねぇ、ラナク。ずいぶんとあの子に肩入れしているみたいだけど、遺跡で知り合ったばかりなのよね?」と訝しげな調子で訊ねた。


「えッ⁉︎ あ、いや、彼女とはラトカルトの図書館で前にも会ってるんだ」


「どういうこと? あんた図書館でなにやってるわけ?」


「なにって……はぁ⁉︎ 世界について調べてるに決まってんだろ!」


「あらあら、あからさまに慌てちゃって」


 シャンティの指摘にラナクは「別に慌ててねぇし!」と不貞腐れたように言い、「それより、司祭たちだろ? なぁに、ちょっと話すだけなんだろうし、そんなの数のうちに入らないって」と軽口を叩いた。


「そんなのって……あんたねぇ、私たちはのためにここまで来てるのよ? 少しは自分が遣いを頼まれてるって自覚を持ったらどうなの?」


「わーかってるって。そう力むなよ」


 溜め息を吐き出したシャンティは、「あんたのそういうところって、ホンット昔っから変わらないわよね」と呆れたように言った。


「はぁ? そういうところって、どういうところだよ」


 不服そうな声を上げるラナクを無視し、シャンティが「ちょっと、イブツ」と苛立ったように声を掛けると、再び背後を振り返ったイブツが「なんですか?」と口だけを動かして言った。 


「遺跡で私をおとりに使ったこと、まだゆるしたわけじゃないんだからね」


「わたくしに対して怒っているのですか、シャンティ?」


「当たり前でしょ!」


「なぜですか? 危険はなかったはずですが」


 イブツの表情のない顔を見ながら、一つ溜め息を吐いたシャンティは「そういうことじゃないっての」とうんざりしたように項垂うなだれ、もう一度顔を上げると「ねぇ、あなたの不具合って、魔法で魔力を回復できないことだけなの?」と訊ねた。


「質問の意図がわかりません」


「だから例えば、他にも欠陥みたいなものはないのかってことよ」


「ああ、なるほど。不具合として報告されているのは魔法による魔導核内の魔力の回復だけですが、苦情は全部で一万三千三百四十八件の」


「ちょ、ちょっと待って! 一万三千⁉︎」


「ええ。苦情のほとんどは、わたくしの」


「対話機能」とシャンティが先回りして言うと、イブツが「その通りです。ご存知でしたか」と答えたのを、彼女が「知らないけど、なんとなく」と憮然とした表情で見つめ返した。


 やがてシャンティはふっと軽く息を吐くと「まぁ、いっか」と苦笑し、「それにしても」と正面に聳えるダジレオを見上げ、「こんな巨大な塔を一体どうやって建てたのかしら」と率直な疑問を口にした。


「ダジレオのみならず、各地で見られる動力供給源は自然に発生したものです」


「冗談でしょッ⁉︎」


 イブツの言葉にシャンティだけでなく、彼女の隣で耳を傾けていたラナクも「あれが自然に生えてきたってのかッ!」とダジレオを指差し、「嘘だろッ⁉︎」と驚きの声を上げた。


「いつ発生したのか詳しいことはわかりませんが、人工物でないのは確かです」


 歩きながらラナクはシャンティと同じようにダジレオを見上げ、「どっちにしろ信じられないな……」と驚嘆した。




「国へ帰るミトシボの旦那に同行して残りの金を受け取ってくるんだ」


 スピリテアを出る前、一人呼び出された中庭で、突然メイナにそう命じられたラナクが「えッ⁉︎ ちょっと待ってくださいよッ! なんで俺が」と言い掛けると、彼女は「当然だろ?」と遮って彼の翡翠色の瞳を見下ろした。


「あたしの手元にゃまだ金が入ってないんだ。店を空けるわけにもいかないし、もともとはアンタの不始末なんだから、アンタが責任を持って取りに行くのが筋ってもんじゃあないかい?」


「それは……そうですけど」


「どうせ時間はあるんだろ?」と確認したメイナは、急に何かに気がついたように「そういやぁアンタ、エレムネスへは何用でやってきたんだい?」と訊ねた。


「あの俺、俺たちダジレオの司祭様に報せることがあって、それで」


「ハッ! なにかと思えば、爺どもと会って話しをするためだけに、わざわざラトカルトくんだりからやってきたってのかい? ご苦労なこった。それで、なにを報せるって?」


「それが、ニルベルの塔の機能に異常があるとかで」


 するとメイナは目を細めて「異常ねぇ」と呟き、「まぁ、いずれにせよ。報告をするだけなんだから、そんな用事はすぐに済むさ」と言い、「それじゃあ、その後は時間があるんだろ?」と先ほどよりも語調を強めて同じ言葉を繰り返し、さらに「報告が済んだら必ずここへ戻ってくるんだ、いいね?」と有無を言わさぬ調子でラナクに迫った。




 放射状に伸びる道路のほぼすべてが、町の中心に聳えるダジレオへと通じているというイブツの言葉に従い、数度の休憩を挟みながらもようやくくだんの塔の門前へとやってきたラナクとシャンティは、そのあまりの巨大さに圧倒されているのか、口を半開きにした呆けた表情で頭上を仰ぎ見ながらのろのろと歩いていた。


「なんだよ、こりゃあ……」とラナクが感嘆の声を漏らし、左右へ首を振って外壁の終わりが見えないのを確認すると、「まるで、世界がここで終わっているみたいじゃないか」と呟き「こんなものが自然発生するって、一体どうなってんだ」と誰にともなく言った。


「世界は神秘に満ちています」


 そう答えたイブツにラナクが、「まぁ、自動人形なんて存在も初めて知ったわけだし、イブツが言うとなんだか説得力があるよ」と応じ、「それに、世界には本に記されていない、隠された秘密がまだまだあるってことも」と続けた。


 外壁の各所に弓形に開いた、自分たちの身長の二倍はあろうかという大きな門を潜ったラナクとシャンティは、故郷のニルベルの塔のような蝋燭と松明に照らされた薄暗い大広間ではなく、高い天井から降り注ぐ電灯の白くまばゆい光により、広大な空間があまねく照らし出されていることに目を丸くした。


 違いは明るさだけに留まらず、上階を支えている柱も少ないうえ、その上階へ行くための階段すらも見当たらない。白い床は磨かれた鏡のように表面が滑らかで、ただ敷き詰められただけではなく、人の手により一手間が加えられているとわかる。変わらないのは、広大な空間に対して異様に人の数が少ないことくらいか。


「なんて言うか、メイナさんのところもそうだったけど、建物の中がこうも明るいってのは奇妙な感じだよな」


 ラナクが独り言のように言うと、シャンティが「そうね……外よりも明るいし、うまく言えないけど変な感じね」とうなずいた。


「なぁ、イブツ。階段がないように見えるけど、どうやって上へ行くんだ?」


「昇降機を使います」


 イブツの答えにラナクとシャンティが無言で顔を見合わせた。ラナクたちの様子などお構いなしに、イブツが極太の柱の一つへと近づくや、その表面に縦に一本切れ込みが入り、微かな稼働音を立てて左右へと扉が開き、円柱状の白い空間が三人の眼前に現れた。


「どうぞ、入ってください」


「この小部屋がショーコーキなのか?」


「そうです」


 イブツの操作で四階まで上がり昇降機から出た三人は、天井の高さと明るさだけは地上階と変わらない、左右へと伸びる長い通路へと降り立った。彼ら三人を除いて人の姿はない。


「ショーコーキ、楽だな!」


「人間が発明した物の中でも優秀な部類に入るでしょう」


 そう言って通路を右へと歩き始めたイブツを追いながら、ラナクは「作った人を尊敬するよ」と感心したように言い、「エレムネスの人が作ったのか?」と彼の左隣に並んで訊ねた。


「わたくしたちが先ほど利用した昇降機を作ったのはそうですが、起源をたどれば考案者はアルキメデスという人物になります」


「アキメッス? 変わった名前だけど、ともかく凄いよ。その」


「アルキメデスです」


「まぁ、名前なんてそこまで重要じゃないよな」とラナクは開き直ったように言い、「それで、ここの司祭たちはどこにいるんだ?」とイブツに訊ねた。


「司祭たちがどこにいるか正確な場所はわかりませんが、この階は一般に開放されていませんので、彼らがこの階のどこかにいることだけは間違いありません」


「なんだかおまえ、前よりちょっと適当な感じになってない? あと、一般に開放されてないのに勝手に入っていいのかよ」


「正当な理由があれば問題ありません」と言ったイブツは、後から「おそらく」と小声で付け足した。


 ラナクがイブツのツルッとした横顔を見上げながら「今なんか」と言い掛けたのを、彼が「ラナク。正面から来る者に訊ねてみましょう」と遮った。


 正面へと顔を戻したラナクは、丈の長い白い布で肩から下の全身を覆っている、赤い短髪を逆立てた額の広い男の姿を目にした。落ち窪んだ目と頬のけ具合が土気色の肌との組み合わせで、実態がどうであれ男を陰気で神経質そうな雰囲気に仕立てている。


「あの、すいません。お訊ねしたいことがあるんですが」


 ラナクの呼び声に男は立ち止まると、その顔付きにそぐわない柔らかな物腰で「はい。なんでしょう?」と表情を変えずに落ち着いた声で言った。


「俺……僕たちは、司祭様にお伝えしたいことがあって、ラトカルトから訪ねてきたんです。それで、司祭様たちの居場所を教えてもらえないかと」


「どういったご用件でしょう?」


「え、あの、あなたではなく、司祭様たちに」


「ただいま司祭たちはダジレオから出払っております」


「出払ってって、一人もいないということですか?」


「はい。ですので、私が代わりにお伺いし、後ほど司祭たちへお伝えしておきます」


 ラナクは左隣にいるシャンティへ顔を向け、イグレスではなくカタク語で「今、司祭たちが一人もいないらしくて、代わりにこの人が話を聴いて後で伝えてくれるって」と伝えると、彼女は「聴き取れない部分があったんだけど、いないって意味だったのね」と独りで納得し「伝えてくれるならいいじゃない。それに、きっとこの人もここの関係者だろうし」と言った。


「ええと、僕たちの町の動力供給源である塔に異常が出てまして」


「それはいつからですか?」


「四年前、と聞いています」


「異常が出ている心当たりはありますか?」


 赤髪の男に訊ねられたラナクは、もう一度シャンティへ顔を向け「四年前のことはどこまで話していいんだ?」と困ったように言った。


「どこまでって、どういうこと?」


 するとラナクは言葉に詰まったのか、俯いて口元に右手を当て、しばし低い唸り声を上げていたかと思うと、やがて顔を上げてシャンティの瑠璃色の瞳を正面から見つめるや「あの時、青い炎を見ただろ?」と訊いた。


「見たけど、それがなに?」


「あれは魔法だ」


「え?」


「見たんだ。同じものを……マージュが魔法で、青い炎を作り出すところを」


「えッ⁉︎ ちょっと待ってよ! 四年前のあれは、あのマージュって子がやったってことッ⁉︎」


 急に大きな声を上げたシャンティを、ラナクが「落ち着けって!」となだめると、その様子を不審に思ったのか赤髪の男が「いかがなされましたか?」と平板な声で訊ねた。


「いえ、あの、なんでもないんです。大丈夫です」


 ラナクは赤髪の男に対して急いで取り繕い、再びシャンティへ顔を向け「いいか、まだマージュがやったと決まったわけじゃないだろ。俺はシャンガが青い炎を吐くのも見たんだ」と説明した。


「なにそれ?」と顔を顰めるシャンティに、ラナクは「それはまた後で説明するから。ともかく、俺が知りたいのは、魔法の影響で塔に異常が出たと伝えていいのかってことだよ。魔法については口にするのもはばかられるようなことなんだろ?」と訊いた。


「そうか……それもそうね」


 思案しているのか、シャンティが目を伏せて黙っているそばで、突然イブツが「四年前、魔法による攻撃で塔が損壊したそうです」と平然と答えたのを耳にしたラナクは、緩慢な動きで彼の横顔を見上げるや大きく目を見開いた。

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