タイメルケル遺跡

 草叢くさむらから姿を現した金色の長髪の人物を見るなり、「ガルッ⁉︎」と調子の外れた声を上げたラナクは「おまえ、なにやってるんだよ。こんなところで」と困惑の表情で訊ね、「まさか……また魔物の幻術か?」と独り言のように呟いて目を細めた。


 ガルもラナクの姿に気づいたらしく、「ラナク、か?」と眉間に皺を寄せ「ふざけたこと言ってんじゃねぇ」と言いながら近づいてくると、すぐにハッとした表情を浮かべて「あッ!」と声を上げ、「テメェこそ、こんなところでなにしてやがる。宿も教えに来ねぇでよぉ、あぁ⁉︎」と怒りを噴出させた。


「そんなこと言ったって……じゃあ、どうやって教えればよかったんだよ⁉︎」


「伝達人でも使えばいいだろうがッ!」


 じりじりと後退しながら「それは」と言葉に詰まったラナクは、ふと昨夜のメイナの話を思い出し「カネ……カネだよッ! そういうのを使うには、ここじゃあカネが必要なんだ!」と強気で言い返したものの、「でも、その……俺は持ってないから」と急に勢いを失くして尻窄しりすぼまりに言葉を濁した。


「この方は誰ですか?」と会話の途切れ目を突くように、イブツがかたわらからラナクに訊ねた。


「ラトカルトから一緒にやってきたガルってやつさ」とラナクが囁くように答える。


「おい待て、話を逸らすんじゃねぇ。ラナク、おまえ今、カネを持ってないって言わなかったか?」


「ああ、言ったさ。それがどうした!」


「確かおまえ、司祭から首都では物資の入手に必要だからって、重そうな袋を渡されてなかったか? 渡されてたよな? 隣で見てたんだ、間違いねぇ。あれがカネってやつなんじゃないのか? あれはどうしたんだよ?」


 立て続けに質問を浴びせかけられたラナクは、息巻いて近づいてくるガルからちょっとずつ遠ざかりながら「あれは、ほら! 集落で火事が起きただろ?」と確認するように言い、視線を外して「あの時に焼けたんだろうなぁ……きっと」と曖昧な言い方で誤魔化そうとした。


「はぁ? どういうことだよ、そりゃあ⁉︎」


「だから、袋はあの集落に置いてきたって」


「置いてきただとッ⁉︎」


「仕方ないだろッ! あんな重い物を持って逃げる余裕なんてなかったんだから」


「おまえ、あれがどれほど大事な物かわかっ」


「知らなかったねッ!」と後退を止めたラナクが大声を上げ、「ああ、知らなかったさ! じゃあ、そう言うガルは知ってたのか? あれがそんなに大事な物だって? 知ってたなら、なんで自分で持たなかったんだよッ!」と溜まっていた鬱憤を晴らすように捲し立てた。


「ラナク、テメ」


「二人とも!」と唐突に大声を発して会話に割って入ったイブツは、手足に植物を絡みつかせた姿で「まぁ、落ち着きましょう」と通常の声量で二人をなだめ、「起きてしまったことの責任が誰にあったのかを追及するのは無意味です」と言った。


「あぁ?」とガルが左へと首を傾け、「てか誰だ、テメェ?」と自分と似た背格好のイブツへ威圧的に迫ると、彼の逆立った水色の髪や派手な銀色の衣服を値踏みするようにめ回した。


「人々からはイブツと呼ばれています」


「俺はこいつと話してんだ。関係ねぇヤツは黙ってろッ!」


「そうもいきません。わたくしもラナクと関係があり、わたくしたちにはやるべきことがあるのです。無意味なことに時間を消費するのは合理的な行動ではありません。それは浪費です」


「無意味ってのはどういう」とガルが食って掛かろうとするのを、イブツが「先ほどの説明で理解していただける聡明な方かと思ったのですが、わたくしの見込み違いだったのでしょうか」と無機質な声で遮った。


 目を見開いたガルは、左目の周辺をピクピクと痙攣させながら「いいや、十分に理解した」と言って身体をイブツへと向け、「それなら、初めの質問に答えろ。おまえらはここでなにをしてやがる」と高圧的に言った。


「俺たちは人に頼まれて薬の材料を採りに来ただけだ」とラナクが答え、「そっちは?」とぶっきらぼうに訊ねた。


 ガルがラナクを横目で見つつ「煌空こうくうせきを採りにきた」とだけ言うと、すかさずイブツが「ここで煌空石は産出されません」と口を挟んだ。


「あぁ? なんでテメェにそんなことがわかるんだよッ!」


「煌空石が産出されるのは風の塔にある鉱脈からのみです。祈りの塔で産出された記録はありません」


 ガルは「ふざけるなッ! 俺は武器屋のオヤジに言われて」とまで言ったところで急に口をつぐみ、「ともかく、俺はここで煌空石が採れると聞いた」と続けた。


「その方の情報は正確ではありません。ですが、エレムネスで武器屋をいとなむ者が知らないとも思えないので、おそらくあなたは嘘を吐かれたのでしょう」


「嘘だと? そんなことをしてあのオヤジになんの得があるってんだ⁉︎」


 イブツが「長い目で見れば得となるでしょう」と意味深長なことを口にし、ガルが苛立ったように「どういうことだ」と説明を促した。


「あなたにここで死んでもらって、遺跡の養分となって欲しかったのではないかと推測します」


「あぁッ⁉︎」と声を上げたガルに続き、彼の背後からラナクも「養分⁉︎」と驚きの声を発した。


「このタイメルケル遺跡は生きています」


「これか」とガルは己の右足首に絡みついている植物を剣で斬り払った。


「彼らは地下深くの水脈まで根を伸ばして水を得ています。ですが、それでは栄養が十分に得られないので、遺跡に迷い込んだ動物や人間で補っているのです」


「動物はまだしも、人間が迷い込むとは思えねぇが?」


「ええ。だから、あなたやラナクのような無知な人間がよく送り込まれるのです」


「無知だとッ⁉︎」


 二人の会話を黙って聴いていたラナクは、イブツが発した自分の名前に反応して「はぁッ⁉︎」と目を丸くし、「じゃあ、メイナさんも俺たちを」と口にしかけたものの、一宿の恩を感じて言葉を飲み込んだ。


「日が暮れると厄介です。急いで残りの材料を採集しましょう」


 そう提案したイブツにラナクが「ヒガクレルってなんだ?」と訊ねた。


「日とは遥か昔の天空に存在した、膨大な熱を無尽蔵に放出していた太陽と呼ばれる天体のことで、わたくしたちの世界がこの太陽の周囲を周回することにより、空の色が明色から暗色へと転じて世界が視覚的に暗くなることを差します」


「それはつまり、今で言う夜になるってのと同じ意味で、昔はタイヨウってのが空が暗くなる仕組みに関わっていたってことか?」


「おしなべて言うと、そうです。ここでは照明器具の明かりが消えて暗くなることを指します」


「テンタイってのもわからないけど……それで、どうしてヒガクレルと厄介なんだ?」


「夜行性の狂暴な動物と魔物が現れるからです」


 ラナクは「そんなこと一言も」と言い掛け、メイナがやたら明るいうちにと強調していたのを思い出した。


「次はクレヘリマの未熟果を収穫しにいきます」


 イブツはそう言うと身体に絡まった植物を力尽くで引き千切りながら、先に立ってずんずんと歩いていってしまった。後を追おうと歩き出したラナクが背後を振り返り、「ガルはどうするんだ?」と訊ねた。


 ラナクに背を向けて肩を震わせていたガルだったが、やがて「なにがあったか詳しく聞かせろ。あの顔がツルッとした気色わりぃ奴についてもだ」と言って身体を反転させると、「行くぞ」とイブツが消えた辺りの草叢へ向かってさっさと歩いていってしまった。




 イブツを先頭に草叢を掻き分けて進んでいたラナクたちは、唐突に現れた銀色の高い壁に行く手を阻まれて足を止めた。照明を反射した表面が冷たい印象の鈍い光を放っている。左右に広がる壁はどこまでも続いているようで終わりが見えず、上部は生い繁った植物によって視界が閉ざされている。


「行き止まりだけど、道を間違えたのか?」


 ラナクに訊ねられたイブツは「いいえ、間違えていません。クレヘリマは居住区にのみ生えており、この庭園地区にはないのです」と答えた。


「いやだから、行き止まり」


「こちらです」


 そう言ってイブツが歩き出すと、正面の壁が透過して奥へと伸びる通路が現れた。ラナクは「なん」と言ったところで言葉に詰まり、呆けたように口を半開きにしたまま小さくなるイブツの背中をぼんやりと眺めていた。通路は両側の壁の床付近にある、等間隔に設置された照明で仄かに明るくなっている。


 後ろからやってきたガルがラナクの右肩にぶつかり、「おい、なにぼうっと突っ立ってやがる」と言って通り過ぎていく。その背中へラナクが「ガル、見たか? 今の。壁が透けて消えたぞ」と声を掛けると、背後を振り返ったガルは「うるせぇ。だったらなんだ!」と強気で言い放ち、正面へ顔を戻してから「一体どうなってやがる」と困惑気味に小声で呟いた。


 二人を追って通路へと足を踏み入れたラナクは、滑らかに見える壁の素材を確認しようと手で触れ、外見の印象とたがわぬ冷たく硬い触感に思わず手を引っ込めた。


「なにやってやがる」


 ガルの声にラナクが「どんな手触りか確かめようと思って」と答え、「金属だとは思うんだけど、こんな巨大なものに加工する方法なんて考えられないし、外の壁もそうだけど、繋ぎ目もまったく見当たらないんだ」といぶかしげに説明した。


「壁はわたくしと同じチタン合金製です」とイブツが前を向いたまま言った。


「そんな金属は聞いたことがねぇ」とガルが言い、「それに、金属製なのにさび一つ浮いちゃいねぇのも妙だ」と指摘した。


「チタンは錆びない金属です。厳密には錆びにくいわけですが、極めて優れた耐食性のため錆びないと言っても過言ではありません」


「ああそうかよッ!」


 苛立ったようにそう吐き捨てて黙ってしまったガルに代わり、ラナクが「イブツ。そもそも、この遺跡って元はどういった用途に使われていたんだ?」と訊ねた。


「人々の集団居住地です」


「それは、町や集落と同じ意味か?」


「そうです」


「でも、なんでわざわざ地下なんかに」


「そうではありません。その昔、タイメルケルは天空に浮遊していた都市であり、他の階層との交通や貿易を担う主要な交易都市として繁栄していました」


「浮遊って……町が丸ごと空に浮いてたっていうのかッ⁉︎」とラナクが驚きの声を上げたのを、ガルが「そんなわけねぇだろッ! 簡単に信じるんじゃねぇ」とたしなめた。


「なぜ疑うのですか?」


「当たり前だろッ! じゃあ、どうやって浮いてたっていうんだ、あぁ? 現にこの遺跡は浮いてるどころか地下に埋まってるじゃねぇかッ!」


 ガルの言葉を聴いたイブツは、「確かにあなたの言う通り、現在タイメルケルは遺跡となって地下に埋没しています」と同意し、「ですが、かつてようしていた大量の煌空石の力を借りれば、それは造作もないことでした」とまるで実際に目にしたことのように続けた。


「おいテメェ! さっきここに煌空石はぇって言ったよなッ!」


「いいえ。産出されないと言ったのです」


「なにが違うってんだッ!」


「おおいに違います。煌空石が現在ここにあるかないかで言えば、不明です」


「ふざけてんのかテメェッ!」


「ふざけてはいません。例えば、個人が持ち込んだ少量の煌空石が放置されていたり、またあるいはそういった煌空石を誰かが無断で持ち去っていたりした場合、わたくしに煌空石が残存しているかどうかを知るすべはありません。ですが、あなたは『煌空石を採りにきた』と言いましたので、わたくしは正確を期するために『ここで煌空石は産出されない』と間違いを訂正したのです」


 ガルは前を歩くイブツを無言で睨みつけては左目周辺をヒクつかせていたが、左を歩くラナクへ顔を向けると、眉を吊り上げて「一体なんなんだ、この野郎はッ!」と一語一語に怒りを込めるような調子で言葉を吐き捨てた。


「自動人形。さっきもそう説明しただろ」


「魔導がどうのこうのってアレか? 禁忌の技術で動く人形だと? 笑わせるな。そんなものを『ハイ、そうですか』と手放しで信じる間抜けがいるかッ!」


 それを聴いたラナクが眉間に皺を寄せ、「魔ほ……精霊術の道具を扱う店の女主人も、イブツからは強大な魔力が漏れてるって」と弁解じみたことを口にすると、ガルが「ラナク、おまえはどうして裏付けのないものをそう簡単に信じやがるんだ?」と顔を顰めた。


 ラナクが言葉に詰まっているとイブツが「居住区へ出ます」と告げ、外壁の時と同じように正面の壁が透明となって消え、天井の高い薄暗い空間が眼前に現れた。


 三人が居住区へと足を踏み入れるなり背後の通路が消えて壁が現れ、一瞬の暗転があった後、群青色の照明が点って彼らを仄暗い瑠璃色に染め上げた。照明が点っている範囲は狭く、奥は闇がわだかまっていて見通しがきかない。


「イブツ、この青い明かりには意味があるのか?」


「はい。鎮静効果があります」


「ハッ! たかが色ごときに効果などあるものか」と否定的な声を上げたガルに対し、イブツが「効果はすでに十分に発揮されています」と是正ぜせいした。


「あぁ? 誰にどう発揮されてるって?」


「あなたたち二人がまだ生きているのが証拠です」


 ガルが「テメェ、なんでまたそういう大事な」と怒りを滲ませたのを、ラナクが「頼むから、そういうのは先に言ってくれよ。イブツ」と遮った。


「そういうとは、どういうことですか?」


「生き死にのことだッ!」とガルが大声を上げたのとほぼ同時に、ラナクが「命に関わることだよッ!」と声を張り上げた。


「なにをそんなに興奮しているのか理解できません。この青い照明が点灯している限り、あなたたちに命の危険が迫る可能性は極めて低いです」


 イブツは二人の様子など意に介さず、「まずはクレヘリマの木を探しに行きましょう」と提案し、「未熟果以外は収穫しないよう、くれぐれも注意してください」と続けた。


「だから、なぜ注意する必要があるのかを説明しろって、さっきから言ってるだろッ!」とガルが声をあららげると、イブツが「あなたがそういった発言をした記録はありません。今のが初めてですので、『さっきから』というのは誤用です」と訂正した。


「このッ!」と飛び掛からんばかりのガルを、「やめろって!」と肩に手を置いてなだめたラナクは、「それで、未熟果以外を収穫するとどうなるんだ?」とイブツに先を話すよう促した。


「熟したクレヘリマの匂いを嗅ぎつけてガラヤラが集まってきます」


「テメェ、さっきからわざとッ!」と暴れ出そうとするガルに、ラナクは「こういう奴なんだよ!」と小声で伝えた後、イブツに「ガラヤラってのはなんだ? 魔物なのか? 大きさは?」と立て続けに質問を投げた。


「ガラヤラはネジキリもくヒトサシバリ科ヒトサシ」


 ラナクは突然「イブツ」と口を挟み、「そういうのじゃなくてさ。もっとこう、簡単にわかりやすい感じで、具体的な形が想像できるように教えてくれないか?」と頼んだ。


「わかりました。ガラヤラはわたくしの親指大の扁平へんぺいな形をした白い昆虫で」とイブツが己の右手の親指を立てて見せ、「熟したクレヘリマの実の果汁と、自らが分泌する体液とを反応させて致死性の毒を生成し、周囲の動くものを無差別に攻撃して身を守る性質があるのです」と説明した。


「つまり、確実に未熟果だけを収穫しないと、その寄ってきた虫の毒で死ぬかもしれないってことか」と独りちたラナクは、「なぁ、今後もなにかを説明する時はそんな感じで頼むよ」とイブツに声を掛けると、突然「あッ!」と声を上げて「寄ってくると言えば、シャンティのこと忘れてた」と血相を変えた。


「あぁ? あいつはダジレオの司祭たちに会いに行ってるんじゃねぇのかッ?」


 ガルの問いにイブツが「シャンティは先ほどの庭園地区にいます」と答え、続けて「忘れたんですか?」とラナクへ顔を向けた。


「いや、そういう意味じゃなくて」と言い返そうとしたラナクは、「まぁ、そっか……問題はないんだっけな」と呟いて「よし! ごめん、シャンティ」と暗い天井を仰いで謝ると、「で、どうやって未熟果かどうか見分けるわけ?」とイブツに訊ねた。


「クレヘリマの未熟果は自らに含まれる成分により発光しています」


「それなら簡単じゃないか」


「いえ、成熟したクレヘリマの果実も発光するのです」


「おい、ラナク! こいつまるで理解してねぇぞッ!」とガルが再び怒りを噴出させた。


「あー、イブツ? 両方とも発光したら見分けがつかないんじゃないか?」


「未熟果は白く、成熟した実は黄色く発光するので見分けはつきます」


 そう言って奥の暗闇へと歩いていくイブツの背中へ、ガルが「あぁッ! クソッ!」と悪態を吐き、「さっさと済ませて帰るぞッ!」とラナクへ憤怒の形相を向けた。




 居住区の広さを正確に把握しているのがイブツだけという事実と、もし分散して誰かが危険な状況に陥ったとしたら対処が遅れること、それから分散したとしても後で再び合流するすべがないことなどを考慮し、三人はお互いの位置が確認できる範囲を保ってクレヘリマの未熟果を探しはじめた。


 庭園地区ほどではないものの、床面や崩れた建物の壁面などにも植物が蔓延はびこっており、放擲ほうてきされてから悠久とも言える、恐ろしく長い年月が経過しているのであろうことが窺える。


「イブツ! 果実の見分け方はわかったけど、その木のほうに特徴はないのか?」


 ラナクは自分たちが移動するのに合わせ、天井の照明が点いたり消えたりするのを不思議に思いつつ、瑠璃色と漆黒に染め分けられた周囲の瓦礫や植物に視線を走らせながら、先頭を歩くイブツに聴こえるよう声を張り上げて訊ねた。


「クレヘリマの樹木自体にこれといった特徴はありません。強いて言えば、樹皮が平均的な樹木よりも硬いこと」


「いや、そんなこと言われても……」


「それから、果実が根元付近に結実することぐらいです」


「根元ッ⁉︎ それ、凄い特徴的じゃないかッ!」


「そうでもありません。現存する樹木のうち根元、根元付近、および地中に実を」


「わかった! 俺が無知だったよ! 根元に実がなる木は珍しくないんだろ」


「そうです」


 大きな溜め息を吐き出したラナクは、「イブツ。さっきも言」と言い掛けて思い直し、「今後の説明は要点だけを簡潔に伝えてくれないか?」と具体的に告げた。


 イブツは「わかりました」と答え、「なるほど。先ほどの『そんな感じ』というのは要約しろという意味だったんですね。たった今、理解しました」と背後のラナクを振り返った。


「おいッ!」


 ガルの声が上がったほうへ、ラナクとイブツがそれぞれに顔を向ける。ラナクと目の合ったガルが「あれがそうなんじゃねぇのか?」と顎をしゃくり、照明の当たっていない奥の暗がりを示す。


 漆黒の闇に小さな淡い光がぼんやりと浮かんでいる。


「どうなんだ、イブツ?」とラナクが問うと、イブツは「この遺跡内で発光する果実をつける植物はクレヘリマの一種のみです。よって、あそこで発光しているものが果実であれば、それは間違いなくクレヘリマであると断言できます」と言い、「ですが、ここからでは色の判断がつきかねますので、近くへ行って確認してみます」とガルのいるほうへ足を向けた。


 釣られてラナクが歩き出した刹那、目の前にあったガルの背中が「こぁッ⁉︎」という奇声とともに消失した。


「ガル? なにかあったのか?」


 返事がないことで異変を察したラナクが、「イブツ! ガルが」と緊迫した声を上げて振り返るなり、「ラナク。これはご」と何事かを言い掛けたイブツの姿が忽然と消えた。


「イブツ? 冗談はやめ」と踏み出した足が影の落ちた地に着かず、そのまま体勢を崩して前のめりとなったラナクは、床に開いた巨大な縦穴へと落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る