第十二話 とにかく、これで今後はこの異世界も変わっていくだろ。手紙は渡しておく。自分で選んだこの異世界で、がんばれよ、ケンジ


「さて、俺たちも行くか。今なら、俺にも辿れるからな」


「はい! 準備はおーけーですぅ!」


 この異世界に残ることを選択したケンジと別れて、異世界案内人のカイトとエリカが言葉を交わす。


 ケンジは、第4196z世界 zsdc星、ストラ大陸セレナ神国の港町の、倉庫の最奥へ突っ込んでいった。


 ケンジを見送った二人の姿も消える。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「そう、そこです。汚れた男など粉砕するのです!」


 空間に浮かぶ映像を眺めながら、ブツブツと呟く女性がいた。

 床も壁もない純白の空間に、ただ一つ円形の映像が流れている。


「なぜ止まるのですか! 甘い、甘すぎる!」


 白い布をまとった女性は、映像を見てご立腹だ。

 ぶんぶん腕を振って、もっと攻めたてろとむくれている。


 映像の中では、ケンジと戦う護衛の女が手を止めていた。

 話し合っているようだが音は届かない。


「もう! こうなったらセレナが直接、あの男に神罰を――」


 映像を見ながら女性が手を組む。

 なにやらブツブツ呟く。

 純白の空間に風が渦巻き、魔力とは違う、が満ちて、現世に影響を及ぼしかねないレベルまで高まった、ところで。


 女性のほかに誰も存在できないはずの空間から、声がした。


「わわっ! スカートがめくれちゃいますぅ!」


「それどころじゃないだろエリカ。〈神力移転〉」


 なんだか慌てた女の子の声と、神の力をどうにかしようと無謀な挑戦を試みる男の声が。

 神罰のために女性が創造した力が抜ける。

 続けて、人間の女性を模した擬体アバターからが移動させられる。


「え……? な、なんですかこれは! 誰ですかあなたたちは!」


 言葉を発したのは、魂が抜けたかのように動きを止めた女性、ではない。

 ふよふよと浮かぶ光の球である。

 光の球は女性の周囲を漂っている。


「『なんですか』か。エネルギーを転移させたのと、存在を切り離したんだ」


「カイトくん、『誰ですか』って聞かれてますよ。私はエリカ、異世界案内人です!」


「そ、そんな、神力を、そんなこと不可能で、きゃっ! 神界に男が! 汚らわしいっ!」


「不可能って言われてもできてるわけで。ほんとなんなんだろうなあこの能力」


「はいっ! 私、『神は性別を超越する』って教わりました!」


「エリカ、『性別を超越する』な。こちらの方は女性であることに囚われてるようだし。世界の運営に支障をきたすほど」


「なっ!? 何を生意気な! 男のクセにっ!」


 動きを止めた女性の近くで、光の球がピカピカと輝く。

 女性は無表情のままじっと動かない。

 カイトいわく「神」の本体は、光の球らしい。


「男、女って、雌雄がないと生物は繁殖できないと思うんだけどなあ」


「どっちにもなれる生き物だっていますよ、カイトくん!」


「いやまあそうだけど、一般的にね」


「何を暢気に! 興味ないフリしてアナタだって不埒なこと考えてるんでしょう! 消滅しなさい! えいっ!」


「不埒な……って、どういうことでしょうか?」


「あとでヨウコさんに教えてもらうといい。〈次元反射〉」


「きゃあっ! いたっ!」


 光球から放たれた光が反射して、無表情な女性の腹部に当たる。

 体をくの字に歪めて女性が吹き飛ぶ。

 光球は慌てたように動きを早めて飛びまわる。


「カイトくん、女性にひどいと思います!」


「エリカ、あれは擬体アバターだ。女性の形をしているだけで、中身のない人形だぞ」


「えっ? じゃあいいんです……かね……? けど、痛いって」


擬体アバターを攻撃して本体が痛いわけないだろ。いまは繋がりもないはずだ」


「う、うーん。ならOKでしょうか……?」


「ちょっとなんなのアナタたち! セレナを無視して!」


 光球がカイトとエリカの前に移動してビカビカと輝く。

 光の球の後ろでは、無表情な女性がすっくと立ち上がった。


「『なんなの』か。なんなんだろうなあ。とりあえず、貴女とは『次元が違う』存在かなあ」


「ほら、やる気出してくださいカイトくん! これも仕事ですよ!」


「はあ、じゃあやりますか。この世界で『ホストをする』って決めた、ケンジのために」


 三白眼で睨みつけ、カイトが光の球に指を突きつける。

 連続で放たれる攻撃――神威を込めた魔法――は、オートで反射されて擬体アバターにぶつかる。カイトとエリカに効いている様子はない。

 カイトは魔法を無視して、両手を広げた。


 光球――カイトいわく神――に問う。


「さあ、選択の時だ。異世界にエロを認めるか、この異世界から消滅するか、選べ駄女神!」


「選択肢がひどいですぅ」


「はい? なんですかそれは! 子作りは認めています、なんの問題もありません!」


 エリカにジト目で見られて気が緩んだのか、カイトはあっさり両手を下ろした。


「嫌がる女性に無理やりは言語道断だ。だけど、男がエロい妄想して何が悪い!」


「ええ……? 堂々と言うことでしょうか……」


「なんて汚らわしい。はっ! そうです、セレナの世界では、肉体的に接触しなくとも子供ができるようにしましょう! ええ、いい考えです。最初からそうすればよかったのです」


「うう……こっちはこっちで極端ですぅ……」


「世界を作り替えましょう! いっそ女性しかいない世界へ! 神界を侵した汚らわしい男よ、きっかけをもたらしたアナタが特等席で見ていなさい!」


「はあ。これはさすがに、なあ。神がこじらせるとここまでになるのか」


「えっ? 神であるセレナの創造オーダーが届かない? なんですかこれは、何がどうなって」


「だから『次元が違う』んだって。はあ、これどうしようかなあ」


「消滅させるのはあんまりだと思います。きっと、このひとはわかってくれるはずです!」


「……エリカの直感を信じることにしよう。エロトラブル体質の新神しんじんと、エロ拒絶型女神か。足して割れないかな」


「くっ、ならば! そこの男から消滅させましょう!」


 光の球がまぶしいほどにビカビカ輝く。

 同時に、無数の魔法がカイトに飛んでくる。

 やる気の抜けた顔のまま、カイトが手のひらを向けた。

 手の前に半透明の壁が形成される。


「とりあえず。〈次元反射〉」


 無数の魔法がはね返される。

 次々に女性――の形をした中身のない擬体アバター――に当たる。

 悲鳴はない。

 表情も変わらない。

 ただ強風にもてあそばれる洗濯物のように、前後左右に揺れるだけだ。


「きゃっ! いたっ! んぐっ!」


「ええ……? 女性にあんなことを、ひどすぎますカイトくん……」


「んん? 繋がりは絶たれてるから痛みは感じないはずなんだが」


「きゃあっ! 服、セレナの服が!」


「わあ……衝撃で布が破れて……ダメですカイトくん!」


「物質じゃないんだ、不壊なはずなんだけど」


「ううっ、何をする気ですかこのケダモノ! 神にこんなことするなんて! セレナもうお嫁に行けません!」


「あの、神はお嫁に行かないと思います!」


「エリカの世界ではな。場所によってはいろいろある」


 はね返された攻撃で、擬体アバターの服が破れる。

 女性の形をしただけの存在だが、形は女性だ。

 それでも表情を変えないカイトの前で、エリカがわたわた隠そうとする。

 神本体であるはずの光の球は、興奮したようにぶんぶん飛びまわる。


「あっ、あっセレナにこんな! こんな、なぜセレナは感、あっ、ふしだらな!」


「やりづらい。……これ、後始末は他にんに任せるか」


「それがいいと思います! これ以上えっちなことはダメです!」


「そんなこと言って! あっ、エロいことを、ふうっ、続けるつもりなんでしょう! 口にするのもおぞましいふしだらなことをもっと、もっと、してほし――」


「はあ……〈次元隔離〉」


 言葉の途中で光の球が消えた。

 カイトは疲れたようにがっくりと肩を落としている。


「えっと、この神界に残滓は見当たりません。さすがカイトくん?」


「なんで疑問形なんだ。まあ気持ちはわかるけども」


 エリカが首を傾げ、カイトは頭を抱える。

 気を取り直して、空間に残された映像に目を向ける。


 ちょうど、ケンジが護衛と、やけに色っぽい女性と和解したところだった。


「とにかく、これで今後はこの異世界も変わっていくだろ。手紙は渡しておく。自分で選んだこの異世界で、がんばれよ、ケンジ」


「ケンジくんはきっと大丈夫です! みんなに認められて、コーハイさんだってできたんですから!」


 二人の言葉が交わされて。


 第4196z世界zsdc星、ストラ大陸セレナ神国の港町の、とある倉庫を見張っていた『女神の神界』から、異世界案内人の姿が消えた。


 この異世界からも。

 


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