第十一話 だから負けらんねえッス。勝って、コーハイに謝らせてオトシマエつけて、ホストクラブやるんス


「舐メルナ男! 私ハ戦士ダ!!」


 薄暗い倉庫に、護衛の怒声が響き渡る。

 虎の頭が残ったままの毛皮をまとった護衛は女性であるらしい。

 手にした剣を投げ捨てて、猛然とケンジに近づく。

 右手をおおきく振りかぶって、ケンジの頬に叩きつけた。


「いてっ」


 ゴッと音がするも、その迫力ほどケンジがダメージを受けた様子はない。

 わずかに二歩よろけただけだ。


「戦エ男! 賭ケタモノガアルノダロウ!」


 剣を捨てた護衛が、拳と蹴りでケンジに襲いかかる。

 闘志むき出しで徒手空拳のこちらの方が、彼女本来のスタイルのようだ。

 反応は示さなかったが、女性とケンジたちの話はしっかり聞いていたらしい。


「そりゃそうッスけど、プライドは曲げねえッスよ」


 ケンジは棒立ちで殴られるばかりではない。

 反撃こそしないものの、腕や足でガードする。


「戦イヲ侮辱スルナ! 強サコソ、勝利コソ我ガ誇り!」


 異世界案内人に案内されていた頃と違って、この戦いでケンジはダメージを受けている。

 軽い打撲程度だが、何発も何十発も重なれば体はキツい。

 よろめきながら、ケンジはまだ立っていた。


「わかるッスよ。こっちに来てからダメージ受けたことなかったのに、しんどいッスもん」


「何ヲ」


「だから、すっげえ努力したんだなあって、強いなあってわかるッス」


「フン! ダカラドウシタ!」


 護衛の膝蹴りがケンジのみぞおちに入る。

 体をくの字に曲げて、ゴハッと息を漏らす。

 口元を手の甲で拭う。


「強い女の人っていいッスよね」


「ナッ!」


 ケンジは反撃しない。

 『オンナの人は殴らない』と自らに誓ったために。

 だがそもそも、ホストの武器は拳ではない。

 顔はすでにボコボコなのでそれでもないとして。


「私ハ戦士、女ナドトウニ捨テタ!」


 いつもと変わらないケンジの気軽な言葉にイラついたのか、護衛はケンジの顔を殴る。腹を蹴る。

 攻撃を受けながら、防ぎながら、ケンジは言葉を紡ぐ。口をまわす。


「鍛えたカラダがキレイッス。俺も多少は鍛えてるんスけどね、憧れるッスよ」


「フ、フン! 私ハ戦士ダカラナ!」


「日焼けした肌もいいッスね。白い部分とのギャップも魅力的ッス」


「フッ、傷跡ハ戦士ノ誇リダ!」


「それ虎ッスか? 顔付きでめっちゃかっこいいッス!」


「フハハハハ、コレハ私ガ倒シタ一番ノ獲物ナノダ!」


「けど、それで顔が隠れちゃうのはもったいないッスね。せっかくキレイなのに」


「ソ、ソンナコトハナイダロウ? 故郷デモココデモ私ノ顔ハ怖イッテ」


「えー? キリッとしてて俺は好きッスよ! イケメン女子ってヤツッスね!」


「ソ、ソウカ?」


 ケンジを殴る音は次第に小さくなる。

 ケンジの声は次第に大きくなる。


「ハハッ、アイツマジか! 殴られながら口説いてやがる!」


「の、のう、お主の護衛、ちょろすぎではないかのう」


「教育間違えたかしら……戦いなさいディアナ! 汚らわしい男に負けるなんて許さないわよ!」


「もうセレナ神関係なく私怨じゃねえか」


「ハッ! 危ウクマタ騙サレルトコロダッタ! 男メ!」


 護衛の攻撃がまた激化する。

 両足を揃えた飛び蹴り――ドロップキック――で、ケンジは倉庫の壁に叩きつけられた。


「セ、センパーイッ!」

「無理ッス殴られながら口説くって俺には無理ッス」


 我に返った護衛は、いっそう激しくケンジに殴りかかる。

 顔に浮かぶ怒りはケンジに対するものか、あるいは過去の男への怒りか。


 薄暗い倉庫に、肉を打つ音だけが響くこと十数分。

 苛烈な攻撃でケンジの顔は腫れ上がり、腕はぶらりと垂れ下がっていた。


「ハア、ハア。イイ加減、負ケヲ認メロ」


「イヤッス。まだ、コーハイに、謝らせてないッス……」


 ボロボロのケンジの声はかすれている。

 それでも負けを認めない。

 ふらふら揺れながら立っている。


「センパイ、もういいっす、俺のことなんて、それより自分を、センパイが」

「そうッスよセンパイ! もう傷だらけじゃないスか!」


「シブトイ男メ」


「それに、勝てば、ここで、ホストクラブやれるんス」


「ソンナニ金ガ大事カ?」


「金じゃねえんス。カブキチョーのホストクラブはそうかもしんないッスけど、俺は……」


 腫れ上がったまぶたの下、ケンジの瞳は力を失っていない。

 キッと護衛を、その後ろの三人を見つめる。


「俺は、女の子に喜んでもらいたいんスよ! 楽しませたいんスよ!」


 もつれる足で一歩前に出る。


「辛いことがあっても店に来たら楽しいって、だからがんばれるって、そう思ってもらいたいんスよ!」


 護衛は動かない。

 新人ホスト二人も、円卓に座る三人も無言だ。


「だから、負けらんねえッス。勝って、コーハイに謝らせてオトシマエつけて、ホストクラブやるんス」


 ボロボロのまま護衛に近づく。

 護衛の先、ホストクラブを荒らした三人を睨みつける。


「だから『異世界ここ』に来たんスよ! それに――」


 ケンジは護衛の目の前で足を止めた。


「ここにも、しんどそうな女の子がいるじゃないスか。こんなに強くてキレイですげえのに」


 痛みをこらえて手を伸ばす。

 『オンナの人は殴らない』と誓った手を、そっと護衛の頬に添えた。


「私ガ、キレイ、ダト? 女ノ子……?」


「おねーさんみたいな人は見たことないッスよ。強くてキレイでその魅力にやられちゃいました」


「センパイ……」

「たしかにやられちゃってますけど……体が。ボロボロッスけど……」


「再開したら、俺の店に来てくださいね? ご指名お待ちしてまッス!」


 ケンジはボコボコにされた顔で、ボコボコにしてきた相手に、笑いかけた。

 血と鼻水とよだれでグチャグチャのまま。


 薄暗い倉庫が沈黙に包まれる。

 やがて、パサっと軽い音がする。



「…………モウ殴レナイ。私ノ、負ケダ」



 虎の頭の毛皮を頭から外して、護衛が言った。


「ほら、キレイじゃないスか。隠してるのもったいねえッスよ?」


「男……」


 二人が見つめ合う。

 新人ホストと円卓の三人は、ぽかんと大口を開けた。

 なぜかピンク色の空気をまとう二人をよそに、円卓の三人が騒ぎ出す。


「くふ、ははっ! 負けだってよ! なあお前さっきなんて言った? くくっ」


「言っておったのう、『もしアナタが勝ったら、お店の営業を認めてもいいわよ』などと。射幸心は身を滅ぼすと忠告したのじゃがな」


「くっ! 教育が足りなかったわ!」


「そんでどうすんだなあ? 歪んだ欲望を叩き潰せなかったわけだけども?」


「……認めるわ」


「んんー? 儂はちと歳を取ってな、最近耳が遠くてのう。よく聞こえんのじゃが」


「女に二言はないわ! お店の営業を認めるって言ったのよ!」


 化粧をした女性がガタッと立ち上がって宣言する。

 ケンジは腫れ上がった顔で笑い、護衛の女性も微笑んだ。

 いまだ座ったおっさんと老人はニヤニヤ笑っている。



「ありがとうございまぁす!」



 第4196z世界 zsdc星、ストラ大陸セレナ神国の港町。

 薄暗い倉庫に、ケンジの大声が響き渡った。



「えっ単純すぎないスか? あの口説きで落ちるってあの子単純すぎないスか? これでいいんスかね?」

「おいやめろそれだけセンパイがスゴいんスよ。ホストがスゴいんスよ」



 新人ホスト二人のささやき声は聞こえない。ないったらない。




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