第十話 コイツを倒せば俺の勝ちってことでいいんスね? コーハイに謝ってくれるんスね?


「センパーーーイ!!!」

「センパーーーイ!!!」


 薄暗い倉庫に「乾杯の唱和」ではなく、「先輩」を心配する新人ホスト二人の声が響く。


 護衛の剣を防いだケンジは吹っ飛ばされて、壁際の木箱に突っ込んだ。

 円卓を囲んでいた禿頭のおっさんはやれやれと首を振り、老人はあごひげをしごきながら観察し、排除を命じた女性は満足げに笑う。


「センパイ、そんな」


「雑事渦巻く港町だからこそ、セレス神様の教えを守らなくてはね」


「はっ、よく言うぜ。『小部屋の秘事』はおまえの仕切りのクセに」


「あら、教えを守るために必要なことよ。セレス神様の目が届かぬ暗闇で、ね」


「船員ギルドこそ必要としているじゃろうに、よく言いおる」


 円卓を囲む三人は侵入者が片付いたことを疑っていない。

 ただ一人、護衛だけが崩れた木箱を油断なく見つめている。


「いた、くない……? これヤバいッスねカイトさん! はもういないんだった」


 どこか暢気で明るい声がする。

 ガラガラと音を立てて、ケンジが姿を現した。

 ケガはない。傷もない。


「それで、コイツを倒せば俺の勝ちってことでいいんスね? コーハイに謝ってくれるんスね?」


「……は? あれで無事、だと?」


「くははっ、こう言っておるが、どうするのじゃ?」


「ふふ、私の護衛が負けるわけないじゃない。けど、そうねえ……」


 紅を引いた唇を歪めて、女性がケンジを流し見る。

 ケンジは腰の引けたファイティングポーズを取って護衛と相対し、女性に視線を送る。


「もしアナタが勝ったら、お店の営業を認めてもいいわよ」


「マジッスか! よっしゃ全力で行くッス!」


「おいおい、いいのか? まあ俺ァ構わないけどよ」


「ふふ、歪んだ欲望をふくらませたところで叩き潰す。悲嘆をセレス神様に捧げましょう」


「射幸心は身を滅ぼすものじゃがの。お主の領分の話じゃ、まあいいじゃろ」


 話はまとまった。

 やる気を見せたケンジがキッと護衛を睨みつける。

 首をかしげる。


「…………あれ?」


「さあ、やりなさい。殺してしまってもかまわないわ」


 女性の指示を受けて護衛が頷いた。

 虎らしきモンスターの頭付き毛皮で、顔は見えない。

 殺した動物の毛皮をまとう風習でもあるのか。


 へっぴり腰のケンジに向けて、護衛は大きく踏み込んだ。

 大上段からの一撃。

 ケンジは、振り下ろされた剣を両腕で受ける。

 悲劇を予想して、新人ホスト二人は目を閉じた。


 だが、ケンジの腕に当たった剣が止まる。


「あ、ちょっと痛いッスねこれ!」


 ゴウッと風音を立てて振り下ろされた両手剣の一撃だ。

 いくら切れ味が悪かったとしても、骨折ぐらいはするはずだ。

 この異世界に転移して身体能力が上がったケンジは、「ちょっと痛い」だけらしい。チートが過ぎる。


 攻撃が効かないことにプライドが傷ついたのか、護衛が毛皮をはためかせて連撃を入れる。

 戦いの素人であるケンジの防御は間に合わない。

 足に、腹に、頭に剣を喰らう。


「いて、いてっ、あっ、チクっとした」


「セ、センパイ……?」

「な、なんスかコレ……ホストってすごいんスね……」


 一方的に攻撃されているのにダメージは少ない。

 理解できない光景に新人ホストは引き気味である。


 イラついたのか、護衛の攻撃は次第に力任せになる。

 それでもうっすいアザができるだけだ。

 衝撃を逃がされているとでも思ったのか、護衛はケンジを転ばせる。


「おわっ」


 仰向けになったケンジを足で押さえつける。


「んぐっ、くるし、くもないッスね!」


 剣を叩きつける。


「ん、ちょっと痛いッス!」


 ちょっと痛いらしい。

 護衛はムガーッ!と雄たけびをあげて攻撃を続けるが、あいかわらずケンジのダメージは少ない。


「センパイ! 反撃、反撃ッスよ!」

「そうッス! がんばってくださいセンパイ!」


 後輩に応援されても、ケンジは押さえつける足から逃れようと身をよじるだけだ。

 時おり、剣を掴もうと手を伸ばす。

 が、そう簡単にはいかない。

 ケンジは一方的に攻撃され続ける。


「ぐっ、いて、いてっ」


 これまでと違って、ケンジは無傷なわけではない。

 多少なりとダメージが通るならとばかりに、護衛は攻撃の手を止めなかった。

 次第に体が傷つき、商売道具の顔も腫れていく。


「なかなかしぶといわねえ」


「おいコゾー、なんで反撃しねえんだ? 武器がなくても、足を掴むなり拳を突き出すなりやりようがあるだろ」


「ふむ……」


 一方的にやられるケンジを見て、船員ギルドの関係者らしい禿頭のコワモテおっさんが声をかけた。

 護衛が手を止めて荒い息を吐く。

 偉い人の質問に応えさせるべく、護衛が手を止めた。

 よろよろとケンジが立ち上がる。


「はあ、はあ……もう、終わりッスか?ってことは俺の勝ちッスね……?」


「違うに決まってるじゃない。ほら、応えるのよ」


 化粧をした女性の発言を受けて、護衛はケンジの後ろに回り込んだ。

 ケンジの腕を掴んでひねる。

 んぎっと悲鳴をあげて、ケンジは円卓に座る三人を見つめる。


「な、なんの話ッスか?」


「さっきのは聞こえてなかったようじゃのう。ほれ、もう一度尋ねてみるがよい」


「あー、これはこれでめんどくせえな。コゾー、なんで反撃しねえんだ? 通用しなかったとしても、機会ぐらいあっただろ」


 コワモテのむきむき刺青おっさんはケンジの味方なわけでも、応援していたわけでもない。

 だがそれは、見守る新人ホスト二人も抱えた疑問だった。

 ケンジの腕を締め上げる護衛も。


 敵も味方もなく全員から見つめられて、ケンジが応える。


「俺、オンナの人は殴らないって誓ったんスよ」


 腫れ上がったまぶたの下の目はいつもと変わらなかった。

 ボコられて心が折れているわけでもなく、熱意に燃えているわけでもなく、ただ当たり前のように。


「だから反撃なんて考えられねえッス。けど勝ちたいッスから、耐えてれば疲れて俺の勝ちってことになるかなあって」


 第4196z世界 zsdc星、ストラ大陸セレナ神国の港町。

 薄暗い倉庫に、いつもと変わらないケンジの声が響く。


「…………は?」


「くははっ、見上げた根性じゃて」


「ふふ、そう、そんなことを言うの。ヘレン、本気でりなさい」


「センパイいまそんなこと言ってる場合じゃないッスよ!」

「かっけえ……これが、ホスト……センパイかっけえッス!」


 五者五様の反応が続き――


「舐メルナ男! 私ハ戦士ダ!!」


――怒声が、場を震わせた。


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