第九話 女の子を喜ばせるホストクラブの何が悪いんスか! こっちは誇り持ってホストやってんスよ!


「さあ、選択の時だ! 異世界に残るか、元の世界に還るかか。心して選べ、ホストよ!」


「そんなん考えるまでもなく決まってるッスよ!」


「ちゃんと考えた方がいいですよ、ケンジくん。一度決めたら、おそらく二度と元の世界に還れないんですから」


 両手を広げたカイトの言葉を受けて、ケンジはためらうことなく言い切る。

 慌ててエリカが忠告するほどに。


 いつか案内は終わる。

 当然のことだが、ケンジに驚いた様子はない。

 なにしろ、オーナーとなった自分の店を荒らされて、後輩を傷つけられて、仕返ししている最中なので。


「この異世界に残った場合でも、ケンジくんに使命はありません。自由に生きられます」


「え!? 指名なくなるんスか!?」


「その指名じゃなくてだな、俺たちからお願いすること、やらなきゃいけないことって意味の『使命』だ」


「はあ、ならいいんスけど……」


 いいのか。

 人生最大の決断なはずなのに軽い。

 さすが、異世界でホストクラブを新規開店した男である。


「還る場合は、異世界無料案内所に来た一時間後に送り届けよう。あとはそうだな、残るんなら家族や友人に宛てた手紙ぐらいは預かるぞ」


「じゃあ地元のツレには送りたいッスね! よっちゃんに自慢するんスよ! 俺、でっけえことやってるぞって!」


 暢気か。

 たしかに「でっけえこと」はやっている。

 異世界に行って、夜の店さえない街でホストクラブを開業したのだから。新たな概念を異世界に持ち込んだという意味ではでっけえ。

 いいか悪いかは別として、現地の民と揉めているのも別として。


 カイトとエリカの説明を聞いても、ケンジは考え込まなかった。

 応えは決まっている。


 第4196z世界 zsdc星、ストラ大陸セレナ神国、港町の倉庫、切り離された空間で。


 ホストは、自らの選択を告げた。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「行っちゃいましたね」


「ああ、あっさりな」


「なんでしょう、お別れの時なのにあんまり寂しくないです」


「あの明るさはケンジの魅力だな。そんなケンジの選択で、これも俺たちの仕事だ」


「はい。ケンジくんが選んだ道に、幸がありますように」


「どうだろ、ケンジなら、たいていの不幸は笑って流して、ポジティブにやってきそうな気がする」


「ふふ、ほんとですね。不思議な人です」


 切り離された空間に残ったのは、エリカとカイトの二人だけだった。

 エリカは動き出した倉庫の中にチラチラ目をやりながら、スタンディングデスクと筆記用具を片付ける。

 をそっと手にして、カイトに差し出した。



「カイトくん、私たちもがんばりましょうね!」


「そうだな」


 最後にカイトは、切り離した空間の先、ぼんやり映る倉庫の景色を眺める。

 積荷が並ぶ間の通路を抜けて、明かりに向かう姿が見えた。


「さて、俺たちも行くか。今なら、俺にも辿れるからな」


「はい! 準備はおーけーですぅ!」


 二人が言葉をかわして。


 異世界案内人の姿が消えた。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「そんなの決まってるッス! 俺は――」


 第4196z世界 zsdc星、ストラ大陸セレナ神国、港町の倉庫の切り離された空間で、ホストは自らの選択を告げた。


 異世界案内人のカイトが頷き、エリカが微笑んだのを見届けた瞬間に、止まった時が動き出す。


「うっし! んじゃ行くッスよ!」


「センパイ? どうしたんスか?」

「あれ? カイトさんとエリカさんはどこスかね? 急に消えて」


 カイトいわく「切り離した空間」が元に戻ったのだ。

 すぐにケンジの元へ、二人の新人ホストが駆け寄ってくる。

 が、ケンジは気にせず前に歩き出した。


「よくわかんねえけど、二人が俺をここに案内してくれたことには間違いねえッス」


 歩きながらケンジが言う。

 後輩二人はよくわかってないようで首を傾げている。


「とにかく俺は、ここに残るって決めたんスよ! 何にもない街で、店に来てくれた女の子を楽しませて、普段の生活が楽しくなるようにするんだって」


「センパイ……」

「それ『ほすとくらぶ』以外でもできるような気が、いやなんでもねえッス」


「こうしてコーハイもできたんスから!」


 カイトから突きつけられた選択。


 ケンジは、この世界に残ることを選んだ。


 決意を聞いた後輩二人が、ケンジの言葉に目を輝かせる。


「さーて、この先にいるヤツらにオトシマエつけるッスよ!」


 後悔など微塵もない。

 スタスタとなんでもないように進んで、やがて開けた空間に出た。


「お前らがエライ人たちッスね! コーハイに謝るまで許さねえッス!」


 テーブルを囲む面々に、ケンジは堂々と宣言した。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 港町の倉庫の奥。

 カンテラがぼんやりと開けた空間を照らす。

 円卓には三人の男女が円卓に座っていた。


 一人は老人だ。

 皺だらけの手で長いあごひげを触り、動揺することなく静かにケンジを見つめている。


 もう一人は40代ほどの男だ。

 スキンヘッドのコワモテで、筋肉を見せつけるように上半身は裸だった。

 顔の一部と体に広がる刺青とあわせた迫力に、ケンジの後ろの後輩二人はひっと息を呑んだ。その筋の人か。異世界流の。



 円卓についた最後の一人は、女性だった。

 麻の服にスリットを入れて、色鮮やかな装身具をつけている。

 この港町では珍しいことに化粧をして、すっとケンジを流し見る。


 この場にいるのは円卓の三人だけではない。

 もう一人。

 化粧をした女性の背後に、護衛らしき人物がいた。

 革の鎧を身につけて、その上に赤と黒、派手な色の毛皮を巻きつけている。

 古傷が見える浅黒い肌には、スキンヘッドの男とは違う刺青が入っていた。

 腰に下げたむき出しの剣は鈍く光っている。


「お前らがエライ人たちッスね! コーハイに謝るまで許さねえッス!」


「あら、見張りはどうしたのかしら?」


「けっ、倒されたんだろ。ウチの構成員より弱いんじゃねえかジジイ?」


「ふん、血の気の多すぎる船員ギルド員なんぞ使い物にならんじゃろ」


「ああ? ケンカなら買うぞ? なよっちい商人ギルドなんざ蹴散らしてやる」


「二人ともそこまで。いまはそれどころではないでしょう? セレナ神様の教えに背く店と、そこで働く汚らわしい男に神罰を与えなくては」


 老人とおっさんの口喧嘩をなだめる女性。

 だが、ケンジの排除を主導したのはこの女性のようだ。

 背後にちらっと視線を送ると、ゴツい護衛が動き出した。

 戦いを予感したケンジが拳をあげてファイティングポーズを取る。腰が引けてるのは怖いからではなく経験のなさゆえだ。あと運動神経。


「女の子に喜んでもらうホストクラブの何が悪いんスか! 誇り持ってホストやってんスよ!」


 叫ぶケンジに、護衛が接近して剣を振る。

 横薙ぎの剣戟を、ケンジはガードしようと腕を畳んだ。


 無謀すぎる、わけではない。

 ホストクラブの開店資金を稼ぐため、モンスターの討伐に励む際、ケンジは気づいたのだ。

 あがった身体能力で、ダメージをほぼ受けなくなってると。

 モンスターの爪や牙でも傷つくことはなかった体なら、切れ味の悪そうな剣の攻撃ぐらい防げるだろうと。

 事実、剣が直撃してもケンジに切り傷ができることはなかった。

 だが。


「んぐっ!」


 衝撃は殺せなかったらしい。

 ケンジが吹っ飛んでいく。


「センパーーーイ!!!」

「センパーーーイ!!!」


 カンパーイ! みたいなノリで言われても。


 薄暗い倉庫に、新人二人の悲鳴が響き渡った。



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