第八話 さあ、選択の時だ! 異世界に残るか、元の世界に還るかか。心して選べ、ホストよ!


「おりゃあ!」


 気合の入った掛け声とは裏腹に、腰の入ってないパンチが繰り出される。

 いわゆる「見てから回避余裕」のへなちょこパンチである。


「んだこんなもん避けるまでもねえ、俺の鋼の肉体がへぶっ!」


 ケンカ相手のならず者は、ニヤケ顔のままかわそうともしない。

 力の差を思い知らせようと、受けてみるつもりなのだろう。

 だが。


「アニキー! テメェ、よくもアニキをごべぼぱぁ」


 レベルもスキルもステータス値もない異世界のため、「どれぐらい」かはっきりとわからないが、ケンジの身体能力は上がった。

 物理が効きづらいスライムを、一撃で粉砕するほどに。

 マッチョなならず者が、腰の引けたパンチ一発でぶっ飛ばされていく。

 驚いて止まった手下も、ボディに一発受けて奇妙な悲鳴を上げて崩れ落ちる。


「そこです! がんばれケンジくん!」


「すげえ、すげえッス! センパイかっけえッス!」

「俺をボコったヤツらを一発で……俺、センパイに一生ついていきまス!」

 

「一生、か。どうなるかはケンジの決断次第だろうなあ」


 異世界案内人のカイトとエリカは、新人ホスト二人とともにケンジの奮闘を見守っていた。一緒に戦わないのは薄情だから、ではない。

 店長として、オーナーとして、ナンバーワンホストとして、自分一人でオトシマエをつけたいというケンジの希望である。


「おりゃあ!」


「当たらなけりゃどうってことねえんだよ! おら喰らえ!……は? ゴブッ!」


 ケンジの拳の威力を知ったゴロツキが、パンチをかわしてケンジの頭に棍棒を叩きつける。

 と、棍棒が折れた。

 手元に残った棍棒の根元を見つめるゴロツキは、ケンジに反撃されて飛んで行った。文字通り。地面と平行に。


「コイツつえーぞ! どうすんだよコレ!」

「くそっ、んじゃ後ろのオンナを、なんだこりゃ!? 先に進めねえ!?」

「おい何してんだ道化かよ! 魔法に決まってんだろ! こんなん勢いよく突っ込みゃへぐ!」


 人質にとろうとしたのか、数人のならず者がケンジを迂回してエリカに迫る――ことはなく、何もない空間で遮られた。

 勢いよく突っ込んだ男は透明な壁にぶつかったかのように、べちっといい音を立ててから気を失う。


「一人でりたいってケンジの心意気には応えないとな。、あっちでケンジと戦ってくれ」


「なっ、なんだこりゃ! こっちも通れねえ!」

「に、逃げられねえってことか……」

「おいテメェいまなんて言った? 奥の方々を放って逃げるだと?」

「うるせえ! 俺はこんなとこにいられるか!」


 カイトの能力である。

 いつの間にかならず者の集団とケンジがいる空間は隔離されて、逃さないようになっているらしい。


「これは今日来れなかったゲストの分! これはせっかく譲ってもらえたお酒の仇! これはコーハイの仇ッス!」


 ケンジの身体能力は上がっている。

 筋力も頑丈さも、もちろん持久力も。

 いくらケンジに格闘技を習った経験がなく、喧嘩慣れしていなくとも、一発当たればKOで何発受けてもダメージはないのだ。それも、狭い空間で。


 戦いの結末はわかりきっていた。

 少なくとも、この戦いの結末は。


「あの、センパイ、俺べつに死んでないッスよ?」


「気にするな、あれは様式美みたいなもんだから。……いろいろ間違ってるけど」



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「この奥ッスね!?」


「はい、ケンジくん。けど――」


 4196z世界線 zsdc星、ストラ大陸セレナ神国、日も暮れた港町。

 とある倉庫の前で十数人のならず者を倒して、ケンジは木箱の隙間を進んでいく。

 倉庫の奥にはぼんやりと明かりが見える。


 ケンジの後ろを歩くエリカが口ごもった。カイトにちらっと視線を送る。

 目が合ったカイトは、小さく頷いた。

 新人ホストたちは、異世界案内人の様子を気にすることなく、センパイの活躍に目を輝かせて最後尾に続く。


「ケンジ」


「なんスか、カイトさん?……あれ? なんかコーハイ二人が止まってないスか? あれ? え?」


「いま、俺たちがいる空間をまわりと切り離した。この方がゆっくり話をできるからな」


「え、ちょっ! これから突っ込むところなんスけど! コーハイをボコったヤツらのアタマにオトシマエつけるとこなんスよ!?」


 空間を切り離す。

 チートじみたカイトの所業を聞いて出てきたケンジのツッコミはどこかズレている。

 異世界転移、「つきっきりの案内」を希望したためにカイトの能力とエリカの魔法の数々を体験してきたからだろう。ケンジはすっかり麻痺しているらしい。


「けど、大事なことなんです。ちゃんと聞いてくださいね、ケンジくん」


「は、はあ。それでカイトさん、エリカちゃん、なんの」


「俺たちは『異世界案内人』だ。案内は、いつか終わりが来るものだろ?」


「……え? マジスか!? コーハイにあんなことされて、このまま終われるわけねえッス!」


 叫ぶケンジにかけられる言葉はない。

 カイトはただまっすぐにケンジを見つめて、両手を広げた。


 ケンジに問う。


「さあ、選択の時だ! 異世界に残るか、元の世界に還るかか。心して選べ、ホストよ!」


「そんなん考えるまでもなく決まってるッスよ!」


 ノータイムである。

 そもそもカイトに問いかけられる前から応えている気がする。


「ちゃんと考えた方がいいですよ、ケンジくん。一度決めたら、おそらく二度と元の世界に還れないんですから」


 マジメに言い募るエリカの言葉が、切り離された空間に虚しく響いた。



 ところで。

 「心して選べ、ホストよ」て。せめて「青年よ」ではないのか。

 異世界案内人として定型の問いかけのはずなのに、案外カイトも適当らしい。


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