第七話 いくら『つきっきりの案内』でも、自ら進んで受けるトラブルには手助けできないぞ? それでもいいのか?


「そうッス! 何があったんスか!?」


 荒らされたホストクラブの前で、オーナー兼店長兼ナンバーワンのケンジが質問する。

 エリカに癒されたナンバースリーホストは、足元をふらつかせながら立ち上がった。

 伏し目がちにケンジを見る。


「アイツらは『セレナ信仰会』って言ってたッス」


「セレナ進行かい? 車のハナシッスか?」


「どう考えても違うだろケンジ。そもそもこの異世界に車はないぞ」


「この港町は『セレナ神国』の領地です。宗教的な問題でしょうか」


 異世界案内人のカイトとエリカも真剣な表情だ。

 ケンジは首を傾げてよくわかっていない様子だが。オーナーなのに。


「『俺たちの許しもなくこんな店やりやがって』って、囲まれて殴られて、店をぐちゃぐちゃに、けど俺、しがみついて止めようとしたんス、でもアイツら止まらなくて、俺、何もできなくて、ケンジさんに拾ってもらったのに俺」


 回復魔法で体の傷は治っても、心の傷は癒せない。

 ナンバースリーホストは語るうちにポロポロと涙をこぼした。


「店はまた作ればいいだけッス。俺はただ、コーハイが無事だったことが嬉しいッス」


「ケンジさん……」


 泣きじゃくるホストの肩を抱いて慰めるホスト。薔薇の香りはしない。壺や瓶ごと割られた酒の匂いがするだけだ。


「けど……かわいいコーハイにこんなことしたヤツらは、許せねえッス!」


 身を離して、ケンジがぐっと拳を握りしめる。

 自身がオーナーである店を壊されたことよりも、後輩であるナンバースリーがボコられたことに怒っているらしい。

 異世界に来て身体能力があがった体から、オーラのような揺らめきが立ち上る。

 マンガ的な表現ではなくて、実際に。


「カイトさん! コーハイをボコったヤツのとこに案内してほしいッス!」


「……そうなる、よなあ」


「どうするんですかカイトくん?」


「俺は『異世界案内人』だ。はっきり望まれたら、案内するしかないだろ」


 カイトは小さくため息を吐いた。乗り気ではないらしい。

 トラブルが待ち受けているのは間違いない、というか「依頼人自らトラブルに突っ込む」と宣言しているのだ。

 どんな業種の「案内人」であっても、ため息を吐くのは当然だろう。


「っしゃーっす! カイトさん!」


「いくら『つきっきりの案内』でも、自ら進んで受けるトラブルには手助けできないぞ? それでもいいのか?」


「もちろんッス! コーハイのお礼参りなんスよ、他人に任せるわけないじゃないッスか!」


「え? お店を壊されて、ケガさせられたのにお礼を言うんですか?」


「そこはスルーしよう。『お礼参り』って俗語の意味ともズレてる気がするし。それよりエリカ、頼めるか?」


「はいっ、任せてください!」


「よし。ケンジ、じゃあ案内しよう」


「ありがとうございまぁす! あっ、けどまたお店に何かあったら」


「それもそうか。なら――」


 エリカとカイト、異世界案内人の二人が目を閉じる。

 先に魔法を使ったのはエリカだった。


「世にあまねく在りし精霊よ、彼の者の行方を私に教えてください。コールスピリット」


 4196z世界線 zsdc星には魔力が存在し、目に見えない精霊が存在する。

 エリカは、精霊から「エレナ信仰会」の居場所を聞き出すつもりのようだ。

 言語は持たず思考も人間とは違う精霊ゆえ、難易度は高い。

 数々の世界を渡ってきたカイトでも、同じことができる人間はエリカしか知らない。


「誰も入れなければ、店が傷つけられることもないだろ。『次元隔離』」


 続けてカイトが目を開けて、荒らされたホストクラブに手を向けた。

 見た目に変化はない。

 不思議に思ったケンジが外壁に手を伸ばす。

 と、見えているのに外壁には触れなかった。

 住んでる「次元が違う」ために。


「あの、カイトさん、なんスかこれ……」


「店が在る次元をズラした。すまんケンジ、最初からこうしていれば」


「よくわかんねえッスけど、入れなかったらゲストも来られないッスよね?」


 もっともである。

 ケンジに突っ込まれるあたり、カイトも抜けている。

 実行していればホストクラブが荒らされることもホストが襲われることもなかっただろうが、店は営業できない。

 入れなければ開店準備さえできない。


「わかりました! こっちですカイトくん、ケンジくん! 私についてきてくださいっ! きゃっ!」


「大丈夫ッスかエリカさん!?」


「高難度の魔法を使えるのに、何もないところで転ぶのか……ほらパンツ見えてるぞエリカ」


「なななそんなこと言わなくてもいいじゃないですかカイトくん! もう! もう!」


 張り切って歩き出したエリカがすぐ転ぶ。

 差し出されたケンジの手を取って起き上がり、ぷくっと頬を膨らませてカイトの背中をぱんぱん叩く。

 しまらない二人である。

 とりあえず、入れ込みすぎたケンジの気合いは抜けたようだ。


 異世界案内人の二人が港町を歩いていく。

 うしろにケンジと、二人の新人ホストを引き連れて。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 4196z世界線 zsdc星、ストラ大陸セレナ神国、夕暮れに包まれた港町。

 港近くの倉庫街の一角に、カイトたちの姿があった。

 ホストクラブを破壊した「セレナ信仰会」が、この場所で会合を開いているらしい。


「ああん? なんだテメェら?」

「アニキ、アレっすよ、例の店の」

「はっ、そういうことか。んじゃ自殺志願者か? 俺たちがやさーしく教えてやったのに」


 扉の前に溜まっていた、強面で半裸の男たちが行く手を遮る。

 わらわらとその数を増やして半包囲する。

 リーダーらしい男は、ニヤけながら半歩前に出た。


「ケンジさん、コイツらッス!」


「あれ? 精霊さんは『違う人の命令だよー』って言ってますよ?」


「なるほど、コイツらが実行犯で、支持したヤツは別にいると。どうするケンジ?」


「全員とっちめるに決まってるじゃないスか!」


「さっき言った通り、俺とエリカは手を貸さないぞ?」


「それでいいッス! これは俺の問題ッスから! 二人も下がってろ!」


 カイトとエリカ、それどころか新人ホストの二人も下がらせて、ケンジが前に出る。

 たむろっていたならず者たちがケンジを囲む。

 ある者はポキポキと拳を鳴らし、ある者は棍棒を、またある者は壁に立てかけて青銅の剣を手にして。

 「信仰会」という名前なのに、ケンジに近づく男たちから敬虔深さは感じない。あえて言うなら暴力の信奉者か。


「コーハイをあんな目に合わせて! 俺の店をぐちゃぐちゃにして! 拳で反省させてやるッス!」


 多対一でも怯むことなくケンジが宣言する。暴力の信奉者か。


 『自分が必要とされて、夜のお仕事の理想を叶えられる世界』を望んだケンジの、譲れない戦いがはじまった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る